共作小説【白い春〜君に贈る歌〜】第5章「永遠」⑤ 最終話
上野さんが亡くなってから一ヶ月後、坂本さんに居酒屋へ誘われた。佐々木さんを含めて、三人で酒を飲むことになったのである。
「それにしても、三浦くんがSeijiさんと歌うなんて、ホントにびっくりしたな」
坂本さんが二杯目のビールを飲みながら話し始めた。このメンバーで集うということは、上野さんやSeijiさんの話が出てくる。それは覚悟していた。
佐々木さんがやや興奮した調子で反応した。
「そうそう。あのSeijiですよ! 知り合いだったなんて。どうして早く言ってくれなかったんですか!」
「ああ、なんとなく……すいません。Seijiさんのことを隠してたって言うか……音楽やってたことを隠していたので。すいません」
そう答えながら、後でスミノフアイスを注文しようと考えた。しばらく飲んでいなかったあの味を思い出した。
「まあいいよ。Seijiさんを呼んだのは、紗良ちゃんだったんでしょ? あの子も、すげえよ。紗良ちゃんって、何者だったんだろうね」
坂本さんが上野さんの名前を口にした途端、空気が変わった。佐々木さんは少し目を細めて、何かを思い出すように話し始めた。
「私、お花見のときに、紗良ちゃんの歌声が聴こえてきて……どこかで聴いたことのある声でびっくりしたんです。音楽番組だったかなあ、ラジオだったかなあ。何か似てる歌手でもいるんですかね?」
「何それ」
「いや、私もよくわからないんですけど。紗良ちゃんの歌声が、あまりにも魅力的で。そしたら、後で気づいたんです。どこかで聴いたことのある声だって。まあ、一回聴いただけだし、たまたま似てただけなんでしょうけど」
坂本さんが眉間にしわを寄せて、口をぽかんと開けている。
「三浦くん、何か知ってる?」
「いや、なんにも……」
「そっかあ。あ、そう言えば。俺もずっと気になってたこと、訊いてもいい? 佐々木さんが預かってた小箱って何が入ってたの?」
「あ、それ私も知りたいです!」
二人が興味津々に身を乗り出すように訊いてくる。僕の答えを期待しているのは明らかだった。
「ただの日記ですよ」
「なーんだ」
僕は、飲んでいたワイングラスを見つめながら続けた。
「いつか、何かの形で知ることができるかもしれません。今は言えませんけど」
「何それ。かなり意味深なこと言うね。あの、三浦くん。正直言って、秘密が多すぎてめんどくさいから……」
坂本さんに呆れるように言われ、みんなで笑った。ああ、こんなに笑ったのは、なんだか久しぶりのような気がする。
駅から家への帰り道。暗闇の中、狭い道路の端を一人で歩く。
だいぶ酔っていて、足がふわふわと浮いているようだった。
上野さんの残した詩が、ふと頭に浮かんできた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
あなたがそう望むかぎり
私はいつだって あなたの光になりたい
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
君は私の光
この世界に生きるべき人
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
忘れないで 本当の自分の姿を
君は光の天使
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
この先に 希望があるなら
私も 希望の光になりたいの お願い
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
光、光、光……。
どの詩にも光が溢れていた。
上野さんの目には何が映っていたのだろう。
僕が光だと言うのか?
影を消す場所を、ずっと探し続けていたのに。
かつて、自分が考えていた光とは、生きていること、愛されていることだった。
でも、もしそうだとしたら、上野さんのように、もうこの世にはいない人たちは、光ではないのか。あるいは、誰からも愛されずに孤独に生きる人間には、光がないのか。
そうは思いたくない。
今まで、光に対して受け身な捉え方をしていた。自分の外側にあるものだと思い込んでいたのだろう。
光って、なんだろう。
デッサンスケール越しに覗いた桜の花と、ステージから見た彼女の涙が、鮮やかに思い出される。
……このとき、ようやく気がついた。
光とは。
愛する心に灯るものなのだ。
ある夜。
ギターを抱えて、隣町の駅前に出かけた。
会社帰りの疲れた人々が、流れるように歩いている。
何年ぶりだろうか。久々の路上ライブである。譜面台に歌詞とコード譜の書かれた用紙を広げて、昔よく唄っていた曲を数曲歌う。
そして、上野さんがデモテープに残してくれた歌を、初めて人前で披露した。
彼女との思い出が甦ってきて、涙が溢れそうになる。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
人には、夢を描く力がある。
その人が強く願った通りの人間になれるんだよ。
あなたの夢を、形にしてみせて。
芸術で人を幸せにしたい。
その夢、叶えてみせて。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
上野さんの残した手紙の言葉が、僕の心を鼓舞する。
君に見せたかった景色。
今、ここにあるよ。
すると、酔っ払っているサラリーマンたちが目の前で足を止めた。曲が終わると、拍手するでもなく、
「結構いい歌じゃねぇか」
「歌うまいね」
と、調子いいことを言って、肩を抱いてきた。笑顔を返す。こんなやりとりも懐かしい。
ぽつりぽつりと雨が降り始めた。サラリーマンたちは慌ててその場を去っていく。
僕ももう帰ろうかと思い、演奏を辞めようとした、そのとき。
視界の隅に、こちらに身体を向けながら俯いている人がいることに気がついた。
あれ?
君は……
僕の心に光が灯る。
大丈夫。
君は、光だよ。
君に贈る歌、聴いてくれるかな?
僕はギターを構えた。
これは君の、白い春にまつわる物語なのだから。
〈了〉
前回の物語はこちら↓↓
【白い春~君に贈る歌~】全編まとめはこちら↓↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?