ピザ屋のズル休みを手伝う
高校生の頃に交際していた彼女Мは、ピザ屋でアルバイトをしていた。
私の部屋で睦言を交わしている最中、彼女は急に「あっ」と言った。一時間後にアルバイトの予定であることを思い出したのだそうだ。
だが、今から支度しても遅刻は確定だ。Mは「今日はもう休みたーい」と嘆く。しかし、休むにしても、出勤時間の直前すぎて迷惑がかかるのは間違いない。今から休みの連絡を入れるなんて気まずい行為だ。そこで、彼女はある提案をした。
「みつるが私のお父さんのふりして、お店に電話をかけてよ。店長に、私が風邪で声が出ないから、代わりに電話しましたって言ってくれれば大丈夫だから」
彼女に言われた流れを、頭の中でシュミレーションする。私は声がやや高めなので、お父さんのイメージに相応しい低い声、そしてドラマで観るような威厳ある雰囲気を演出することにした。二、三回程度練習した後、例のピザ屋へ家の固定電話からかける。
プルルル………プルルル。
「はい、〇〇ピザ、〇〇店です」
「あのー、Мの父ですが、店長いらっしゃいますか?」
「えっ……? あ、はい。少々お待ちください」
何か不自然だったのだろうか。電話に出たスタッフの対応に不思議な間があった。
「はい、お待たせ致しました。〇〇です」
「えー、Мの父です。娘がお世話になっております」
「……あ、はい。こちらこそ、お世話になっております」
店長の反応もさっきのスタッフと同様に、何か釈然としないものであった。私を訝しむようであり、私は自分の演技に自信がなくなってきた。緊張が増していく中、立派そうな父を演じ続けた。
「えーとですね。今日なんですけど、娘が風邪をひいてしまいまして。声も出ないもので、代わりに電話させていただきました」
「はあ……そうなのですか。それで、どういったご要件でしょうか?」
このまま、「それではМさんはお休みということですね。お大事にしてください」という返答が来ると思ったら、そうはならなかった。想定していた展開と違い、焦って声が上ずってしまう。
「あのー……えーと、そういうことでして。申し訳ないのですが、娘は今日お休みします」
「……はい?」
「え、ですから、Мはお休みしますので、お願いします……」
「あのー……」
「なんでしょうか?」
「〇〇さん(私の苗字)ですよね?」
「えっ……違いますよ!」
なぜ、私の名前を知っているんだ、この店長。まさかエスパーか? 私は驚きのあまり、演じていたはずの父親らしい声から地声に戻ってしまっていた。
「電話番号に〇〇さん(私の苗字)のお宅で登録されておりまして。わかるんですよ。本当にМさんのお父様でお間違いないですか?」
えっ、何それ。そんなシステムあったの? まさか、最先端技術を取り入れているのか? ピザ屋、おそろしや……。窮地に立たされてしまった私は、どういう立場で話したらいいのか。かと言って、今更、お父さん役を撤回する選択肢はなかった。
「え……あ……はい、間違いありません。私はМの父ですっ」
「そうですか、失礼しました。では念のため、本人のケータイにかけて確認させていただきます。〇〇さん(私の苗字)、この度はご連絡ありがとうございました。」
ちーん。
その後、彼女は店長に、父でない男を利用して嘘をついたことを告白し謝罪した。
私は、これまで時折そのピザ屋を利用することがあったが、それ以来もう二度と注文することはなかった。
あのお店のピザ、美味しかったなあ。