「さわやかな自己表現」

アサーションという言葉を知っているだろうか?
端的に言えばコミュニケーションの一種である。アサーションとは直訳では「自己主張」「断言」という意味になるが、これでは本来の意味からは隔たったきつい言葉に捉えられがちである。アサーション・トレーニングの第一人者である平木典子はアメリカの大学で、とある雑談に参加をした。すると終わり際に「本日は参加してくださってありがとう」という言葉をかけられた。実はアサーション・トレーニングの実習の場で、彼らは一人一人雑談に加わった人たちに同じような言葉をかけていた。平木にとって、これがアサーションとの出会い、アサーティブなコミュニケーションとの出会いであったと振り返っている。
アサーティブなコミュニケーションとは、自分も相手も大切にするコミュニケーションである。これを平木は「さわやかな自己表現」という。
そもそも人間のコミュニケーションは3種類ある。攻撃的なコミュニケーション、非主張的なコミュニケーション、その中間の黄金比ともいうべきアサーティブなコミュニケーションである。
例えば大切にしているペンを貸して欲しいと友人に言われた時、攻撃的なコミュニケーションでは「これは大切なペンなの!あなたはなんて非常識なの!」となる。相手は怒るかもしれないし、傷つくもしれない。そして言った方も後で自己嫌悪に陥るし、その後の2人の関係も微妙なものになるだろう。一方非主張的なコミュニケーションでは「……いいけど」と本来の気持ちを押し殺して友人にペンを貸すが、ちゃんと返ってくるのか、どうしてちゃんと言えなかったのかもやもやとした気持ちが晴れることはない。これに対しアサーティブなコミュニケーションは、「このペンはとても大切なもので貸してあげることはできない。でもこっちの方のペンならいいですよ」というように、自分の気持ちもきっぱり述べ、しかも相手の心情にも配慮したものになる。
アサーティブなコミュニケーションが注目されるのは、現代社会と人間関係が攻撃的なコミュニケーションか、非主張的なコミュニケーションか極端な方に偏りがちであるからだ。自分も相手も大切にするコミュニケーションと関係性はこうした複雑な現代であるからこそ求められるものだ。
平木はアサーションを「基本的人権である」と主張する。自己表現を基本的人権として認め、「自他の権利を犯さない限り、自己表現をしても良い」ということだ。以下に挙げるものがアサーション権と言われるものである。


1.私たちは、誰からも尊重され、大切にしてもらう権利がある。

2.私たちは、誰もが、他人の期待に応えるかどうかなど、自分の行動を決め、それを表現し、その結果について責任を持つ権利がある。

3.私たちは誰でも過ちをし、それに責任を持つ権利がある。

4.私たちには、支払いに見合ったものを得る権利がある。

5.私たちには、自己主張をしない権利もある。


こうして改めて見ると、人間が人間らしく、固有の「私」という存在であれる権利である。
特に過ちと、自己主張をしない権利については現代では特に「許されざる」行為として私たちを苦しめている。
またアサーティブ行動の10のポイントとして以下を挙げることができる。


1.自己を表現する。
2.他者の権利を尊重する。
3.正直。
4.直接的で凛としている。
5.より平等にしようとする。自分にも関係にも有益になる。
6.言語行動。
7.非言語行動。
8.一律でなく、人と状況に応じる。
9.社会的責任を持つ。
10.生まれつきではなく、学習するもの。


自己主張・自己表現とは単なる自分のための主張にとどまるものではないことが分かる。主張とは、相手がいてこそ成立するものである。相手を大切にすることは、そのまま自分自身を大切にすることである。
自己と他者について正直であり、利害を大切にする。そこに責任を持つこと。
これはできそうで、なかなかできないことかもしれない。
現代の人間関係は複雑だ。特に職場の人間関係は一筋縄ではいかない。微妙なパワーバランスと、組織内独特のルールとコミュニケーション文化も存在する。私が今アサーション・トレーニングを学んでいるのも人間関係について、やはり思うことがあるからだ。


アサーティブなコミュニケーションについて学んでいくと、いかに自己表現について私たちが極端な方法しか知らないのかが理解できる。自分の行動は、そのまま相手から自分への態度へと返ってくる。その意味で人間関係は相互なものであり、写し鏡といえるものだろう。

お勧め参考文献
「アサーション入門 自分も相手も大切にする自己表現法」平木典子 講談社現代新書

「アサーション・トレーニング さわやかな<自己表現>のために」平木典子 日精研

「自己主張トレーニング 人に操られず人を操らず」ロバート・E・アベルティ マイケル・L・エモンズ著/菅原憲治 ミラー・ハーシャル訳

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