「『家族の幸せ』の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実」山口慎太郎 光文社新書
結婚、出産、子育てに関しては誰もが「一家言」を持っている。特に出産と子育てに関しては3歳児神話や母乳神話、最近だと無痛分娩は母性を育まないなど姦しい。
だがこうした俗説の数々に、果たして科学的根拠(エビデンス)はあるのだろうか?著者の山口が問いたいのは、根拠の有無は当然なのだがエビデンスに基づかないまま俗説に惑わされる私たちの姿勢そのものを暗に問うている。
本書は結婚、出産、育休、イクメン(個人的にこの言葉大嫌い)、保育園、離婚と家族に関するライフイベントを総覧する構成となっている。
結婚に関する分析で面白かったのは、人は自然と自分と釣り合うような異性とカップルになることだ。それも自然な出会いよりも、マッチングサイトなどでの出会いの方が似た者同士に収斂されていく傾向があるという。
赤ん坊に関する分析では、世界中のほとんどの国で赤ん坊の体重が減少していることが指摘されている。日本は世界で2番目に低体重の赤ん坊が多い。低体重は出産後の入院期間が長くなり、慢性疾患や障害に繋がる可能性があるためだ。興味深いのは、妊娠中に母親が仕事をしていると赤ん坊が低体重になる可能性が増すことだ。出産1年前にフルタイムで働いていた場合は、そうでない場合と比較して出生体重は43グラム軽くなり、低出生体重となる割合は2.4パーセント上がるという。また医療技術の発達により、以前は死産となっていた赤ん坊が誕生できるようになったことも大きい。もう一つ、不妊治療技術の発達も低体重の赤ん坊の増加と関係があるとされる。母親の年齢が上がるほど、赤ん坊の体重は減少する傾向がある。不妊治療により出産年齢は上がる。そして、体外受精を行う場合は妊娠率を高めるために受精卵を複数個子宮に移植するが、これも双子など多胎妊娠に繋がり、多胎妊娠は出生体重の低下をもたらすのだ。
低体重の懸念は、生涯に渡って影響があるとの指摘もある。中年以降に糖尿病や心臓病を発症しやすくなるという。さらに低体重で産まれた子供は幼少期に問題行動が多く、学力面で問題を抱え、成人後も所得が低くなりがちであることも報告されている。ただ、注意したいのは低体重の原因の一つには母親の喫煙や飲酒が挙げられている。こうした母親の問題行動と、低体重との相関関係は明確に区別がなされていない。ノルウェーでは、同じ遺伝子を持つ一卵双生児による研究がある。これにより出産時の体重が重い方が健康状態もよく、生後1年の生存率も高いことが分かったそうだ。出生体重が10パーセント増えると、20歳の時点でI.Qは0.60高く、高校卒業率と所得は1パーセント上がるそうだ。遺伝や家庭環境という要因を排除しても出生体重が子の将来に大きな影響を与えることが分かったのだ。
他にも色々な研究が各章で紹介されているが、山口が指摘をするのはこうした科学的知見を踏まえた上で、社会の中で私たちがどのように子どもや妊婦に接するべきなのかという点だ。妊娠中の女性が置かれている客観的な現状を知ると、例えば電車で席を譲るといったことでも大きな意味を持つかもしれないのだ。
これは、出産を個人的なことと捉えるのか社会的なことと捉えるのかで違ってくるだろう。産まれて来た子どもは、人的資源となってやがて社会の中で働き、サービスを生み出し消費し、税金を納める。こうした循環を前提として社会保障制度は作られている。
一方で結婚や出産についての社会環境は、エビデンスに基づかない俗説によって窮屈なままだ。よりタチが悪いのは、なまじ自分が経験をしていることであるがゆえに、人は「分かっている」意識が強い。こうした意識が無意識のうちに社会の中で醸成され、人々を縛る。だが、結婚や子育ては人の一生に関することであるから根深い問題である。思い込みでは済む問題ではない。
日本人はよく、論理的な思考力が弱いと指摘されるがそんなことをここであげても仕方がないだろう。人の過去の記憶は美化されるものだし、経験に基づく知見は強化されていく。そうした前提を踏まえた上で、客観的な事実と自らの経験とを区別する能力をまず身につける必要があるだろう。エビデンスにも、ある種のバイアスはある。そして、結論も捉え方によっては全く別の未来が見えてくることもあるだろう。
一貫して平易な山口の筆致は、まず私たちの姿勢をこそ問いたいのではないだろうか。
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