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轢かれて死んだ猫を 「可哀想」 と言ってはいけない?
先日、バイトに向かっていたときのことです。
その日に限って、出勤時にはあまり通らない道を歩いていると、前方の車道に横たわっている猫が見えました。
(うわ、はねられたのかな?生きていたら遅刻してでも救済しよう)
そう思いながら近づいてみると、流血はなく外傷らしきものはほぼありません。よく見ると、口が開いたまま歪んでいます。恐らく、飛び出してすぐ顔面から車にぶつかったのでしょう。
手で合図をして車に止まってもらい、猫に走り寄って触れてみたところ、すでに息はなく死後硬直が始まっていました。
「お前、飛び出しちゃったのか。可哀想に」
可哀想・・・。
どこか気をとがめながらこの言葉を口にしたのは、子供の頃から母によく言われていたことがあったからです。
「猫が轢かれて死んでいても可哀想と言ってはいけない」
だからといって、猫を放っておくということではありません。可哀想という言葉だけ注意されていました。子供の頃だったので、あまり覚えていませんが、猫の霊が憑くとか恨まれるとか、そういう理由だったような気がします。
うちだけのことだったのか気になってネットで調べてみると、割と多くの方がそのように言われた経験があることがわかりました。
一体、実際のところは何故このような話が出るようになったのか、不思議に思います。何故、可哀想と言ってはいけないのか?
さて。
残念ながら既に亡くなっていた猫。車に踏まれてはいけないので、取りあえず歩道側の植え込みまで移動させ、ひとまず出勤しました。
その後、調べてみると、猫など生き物の死骸を路上で発見したときは市の清掃課に報告すればいいのだそうです(地域によって対応は分かれます)。
翌朝、猫の場所をもう一度確認してから清掃課に電話しようと再び同じ道を通ったところ、ちょうど植え込みの整理が行われていました。見ると、猫の姿はありません。既に発見され、適切に回収されたようでした。
首輪があれば飼い主さんを探してあげたいところでしたが、首輪もなく、野良と思われる猫。
可哀想と声をかけたものの、何かが憑いてきたとか嫌なことが起こったということもありません。