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【展覧会】夜の海で濡れずに波を浴び続けるような体験~大巻伸嗣「Interface of Being 真空のゆらぎ」

国立新美術館で12/25まで展示されている大巻伸嗣さんの「Interface of Being 真空のゆらぎ」、やっと行けた。

国立新美術館前の看板

まず、「Gravity and Grace」

「Gravity and Grace」

花瓶のようなやわらかな曲線の塔。刻まれている模様は、切り絵のよう。美しい草花が一番に目に入るけれど、人類の進化も刻まれていたり…。そして、その中からは、強烈な光が、ゆっくり上下して模様を床に壁にと映し出す。ゆっくりとした動きは、視点によっては自分自身がゆっくり動いているような、大きな塔がゆっくりと動いているような、どちらが動いているのかわからなくなるような不思議な感覚にもつながる。明かりに吸い寄せられてくる人々も含めて、観客も含めて完成するというアート。

人類が進化する様子も刻まれている

中から照らす光(外へ映る影)がゆっくりと動くことによって、自分がゆらいでいるのか、塔がゆらいでいるのかわからなくなる不思議な感覚が面白かった。

壁に映る影がゆっくりと動いていく

また、12/21のダンサー白井剛さんによるパフォーマンスで、塔をボウリングのピンと見立てたり、電柱に見立てたり…というのは、そういう鑑賞のしかたのあるのか?と作品の様々な見方に気づかされ、よかった。

白井剛さんによるダンスパフォーマンス
「Gravity and Grace」
「Gravity and Grace」~床には様々なフレーズが、うっすらと見える

「Liminal Air Space-Time 真空のゆらぎ」
まず、この暗闇で展示をする、という環境が整えられたことが素晴らしい。そして、広々とした空間。「運動態としての彫刻」という考え方も面白い。
というのは後付けの感想で、一歩入った時から、その世界にひきこまれる。

「Liminal Air Space-Time 真空のゆらぎ」

人それぞれ想像するものは違いそうだけれど、私は夜の海のようだと思った。実際には体験できない、自分の身長をゆうに超えた大波に対峙する体験。決して濡れない波を浴び続けるような感覚。同じ波は二度とない。作られては消えていく美しさ。ただただ素晴らしかった。

「Liminal Air Space-Time 真空のゆらぎ」

「Rustle of Existence」
映像作品。小鳥のさえずりのような、風のうなり声のような、美しく、時に不安定な調べ。「ゆらぎ」といえるような震え。

木漏れ日が宇宙の星々のように見えてくるところが、すごく好き。
一方で、内臓のように見えたり、木々に木々の映像を重ねていくことで気持ち悪い映像にもするあたり、「綺麗は汚い、汚いは綺麗」と示唆しているようで、面白かった。

私としては、この作品が一番好きだった。あまり「音がいい」と感じることはないのだけれど、この作品は、この音をずっとこの空間で聴いていたいと思わせられた。映像と音の共鳴度合いも心地よかった。無音も含めて音だと、実感させられた。

「Rustle of Existence」

総じて、「鑑賞する」というより「体験する」という感覚の展覧会。展覧会なのに、観終わった感覚としては、良質な舞台を観劇した後のような。私が鑑賞できたのは、白井剛さんのダンスを1回のみだったけれど、ダンスと相性のよい作品だとも思った。
あまりの感動に、私は時間を作って2回行ってしまった。最初に行ったのが遅かったので2回しか行けなかった、ともいえる。もっと早く行き始めたらよかった、と後悔している。明後日12/25まで。入場無料。

額の大きさが微妙に違うところ、ゆらぎ感があって好き~ちょうど人が途切れ、この画角で全体を鑑賞できたのはラッキーだった☆
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