【感想】曇天ガエシ【観劇】
はじめに
『曇天ガエシ』を観た。
梅棒、ずっと観てみたかった。
半分くらいは多和田さんの演技を観に。
しかし思った以上に、惹き込まれて充実感のある舞台だった。
観て良かった。
中野zeroで観て、衝撃を忘れられず国立劇場へ足を運んだ。2回観たけれどもまだ観たかった。
円盤にならないそうなので、感想を思い出せるだけ書き連ねていきたい。
おすすめしたい!(ネタバレなし)
これは刺さる人には刺さる舞台、表現だと思う。
現にずぶずぶ刺さっている私がいうのだ、間違いない。
台詞がほとんどない、ダンスパフォーマンスだけでここまで細かなストーリーを紡げるのかと感動した。衝撃を受けた。
帰宅後、パンフレットのセットリストを見てさらに驚愕した。
120分で使う曲の多さ、密度。しかも休憩のない120分。
観劇中も、大して曲を知らない自分でさえ「この曲知ってるな」と感じるものはあった。けれどもすぐに舞台に惹き込まれ、自分が持っていた曲のイメージなどすぐに吹き飛んでいった。
素晴らしいと思う。
どんな曲でも個々でなにかしらのイメージを持っていることがあり、アニメや映画などの主題歌にいたっては完全に別の作品を想起させるものだが、それを一瞬にて舞台に戻す圧倒的パフォーマンス、空気感。
今まで感じたことのない感覚、また味わってみたいと思った。
また梅棒の舞台を見に行こう。
どこがよかったとかあんなことこんなこと(ネタバレあり)
まずは、ストーリーが分かるのがすごい。
台詞は最初のNewtube2人が世界観を説明する時だけ。そのときもYouTuberを模したようにテンポ良く説明がされる。
そして、そのまま台詞はなくなる。でも伝わるストーリー。
一瞬見失ったとすれば、メツがクニクズシに与した時、なぜマサゴと対立したのか。マサゴとヌューダの側近たちがグルになってる? と迷子になりもやついたものの、2度目の時にキャラクターをしっかり認識した上で観たら納得した。
初見で情報量に負けてしまったのは無念。
ダンスすごい
身体表現もすごいし、ポールダンスかっこいい!
IGさんのダンスは魅惑的で、上西隆史さんのダンスは迫力があってクニクズシたる魅力的な凶悪さがあった。
メツもダンスの動き、技がイイエモンのもとで育ったと感じられるやんちゃさ粗雑さと繋がっていて良かった。
他にも全体的に揃った動き、一人を目立たせる動き、皆々楽しそうで見ていて楽しくなった。
ダンスのあれやこれやは分からない故、そのすごさへの語彙力がなんとも足りず歯がゆいが、つまりはすごかった。
舞台装置がすごい
大道具が動くのは人類の浪漫。
特に、人が乗ったまま動くのは最高に好き。加えて、動かす人たちが黒子ではなく役つきなのでキャラを保ったまま魅せながら動かすの好き。最高に好き。もっとやれ。
また、幕を挟んで動きを揃えるのも好き。超好き。イイエモンとメツという2人がここぞのシーンでやるのが最高にいい。照明が消えてイイエモンが見えなくなった幕の前で佇むメツ、彼の喪失感が痛いほど伝わってくるのはこの演出しかないと思えるほど。
キャラクター皆々かっこいい、良い。
かっこいいだけじゃない、味わい深い。
関係性も尊い。特にメツとイイエモン、メツとヌューダ、メツとアヤトビ。アヤトビに関しては後述するが、ほかの2組は変化していく関係性がとても嬉しい。
イイエモンとメツは最初肩アタック(言い方わからない……)をしておらず、ひたすらメツがスルーしている構図。育ての親たるイイエモンへの気恥ずかしさなのか、反抗期なのか、生まれのわからない不安なのかは分からない。けれどその反骨がやがてほどけ、最後やりとりするのを見れば涙が止まらない。カーテンコールでメツがちゃんとイイエモンに向き合い丁寧さもありつつ受けるのが大変によい。メツの成長の一端を感じられる動き。とても好きである。
対してメツとヌューダ。観客には最初から生き別れの兄弟だとわかっている。知らぬは本人達ばかり。なれど、相手の素性を知っていく過程、相容れぬ立場、そして和解。その一連の流れに見ているこちらがひやひやしてしまう。何度口出ししたいと思ったことか。とはいえ、兄弟であったからなんだというのだろう。彼らはあのようにして出会い、知っていくのがいいんだろう。尊い。
マチャナ王妃の生歌は、初見は最初気づかず、気づいた途端鳥肌が止まらなかった。生歌での声量、表現力、おちゃめさ。特に「はさみはだめよ」とヌューダ王子とのやりとりはクスッと微笑ましささえ覚えたものだが、部下へのあたりの強さも同時に歌い上げられ、そのギャップが1曲で伝わるのが良かった。
そしてスピカ。ヌューダの世話係として苦労する姿は同情を覚えつつもなんともやりとりが可笑しくつい笑ってしまいそうになる。同時に、ヌューダの理解者として閉じ込めたマサゴを解き放つシーンは彼が只一人の考える人でありその覚悟が伝わってきた。どんなに撒かれようとも、彼はヌューダの世話係なのである。
演出がめっちゃくちゃに良い
最後の金テープ吹雪(?)のばら撒きへの繋げ方は最高。ただの盛り上げではなく、物語のキーたるオウゴンの見せ方としても良かった。爆破によってオウゴンの採掘するのは途中でも描かれているが、それを最後に繰り返し、金吹雪で表現するのは物語の筋にも合い、最後内心では最高に盛り上がった。
照明も凝っていて良かった。気づいたのは2度目の国立劇場だったが、最初やマサゴのアジトでも照明は床に模様が入っており、なんとなく暗さ、汚らしさ、国の貧しさを感じさせるものだった。他にも工夫を感じたものの目と頭が足りなかった。無念。
そして懐中電灯を使うのは最高。クニクズシを順番に照らし、そしてサスがついていくのは見せ方としてなんともかっこいいではないか。暗闇の中、懐中電灯に照らされるクニクズシ。凶悪な面々をみたジョアンの恐怖と言ったら想像に難くない。だがしかし、2度目なればその恐怖は内なる歓喜に変わる。クニクズシの登場としてこれ以上なくかっこいいのだから。そして最後に照らされるアヤトビ。超かっこいい……。
また、歌詞の聞かせ方も素晴らしかった。2回目の時はセトリを何度も聞いて歌詞も確認した上で観たのだが、歌詞を聴かせるところはストーリーに合っていて、しかし動きに目を奪われた時には歌詞に囚われない見せ方でそのさじ加減がなんとも絶妙。ただ曲を順番に流しただけではこのようなストーリーにならないのに、聞かせるところの強弱があることでつながりを持たせてそれぞれのキャラクターの心情・状況をしかと伝えるのはむしろ勉強になった。
余談
国立劇場の2階席で観たが、蓄光のバミリが暗転中に光るのがとても綺麗だった。暗転中に舞台装置が動いているのが分かったとき、役者陣を応援したくなった。
多和田さん演じるアヤトビ、かっこいい!(妄想含)
今回、多和田さんを観に行ったといっても過言ではない。
なぜなら以前観た多和田さんのお芝居(2.5次元舞台だった)が気になっており、それは単にキャラクターが好きだからか、それとも多和田さんだから良かったのかが分からなかった。それを確かめたかった。
結論。多和田さんが好きだ。
動きの緩急の付け方、ターンの綺麗さ、手の伸ばし方。とても好みな動きだった。
アヤトビの側近時代では実直な青年だったのに対し、クニクズシになった際の姿勢の変わりよう。最高。
クニクズシとしての立ち姿からしてどれほど絶望し、牢の中で時間を過ごし、身を落としたのだろうかと想像した。
クニクズシたちを解放するシーンでは、大道具の手摺の隙間から上の段に行くのが最高にかっこいい。身軽すぎる。
M19のラップの曲に合わせて、マチャナ王妃との対立の表現もかっこよかった。このシーンに限らないが、他のクニクズシたちが動く中で屹然と前を見据えて立つ姿はかっこいい。全てを背負って、全てをかけている覚悟を感じた。
一方でメツとの再会。
一度目、アヤトビはメツの正体を知らずすれ違い、二度目は印籠に気付き、メツに気付く。しかしメツはアヤトビのことを全く知らない。自分の出自もたったさっき知ったばかりなのだから。
このときのアヤトビの心情、状況を察するに、15年前に少しの間に拐われた王子がすくすく育って目の前にいる。失われた地位、忠義は彼のもとで果たせるかもしれない。それは潰えていたはずの希望。しかし結局果たされず、最終的にヌューダ王政の元では釈放される。クニクズシの仲間は捕まったまま。メツはマサゴにいる。失われた15年。彼はその後どのように生きていくのか。考えるとなんとも切ない。何も残っていない彼は、絶望のまま立ち直れるだろうか。誰か、手を差し伸べてやって欲しい。
多和田さんだから余計にアヤトビが気になるのかもしれないが、それでもアヤトビの闇深さはとても気になるところ。あのままジュウロクと刺し違えた方が幸せだったのではないかとさえ思う。むしろそこで死んだとさえ思った。が、結局生きている。生きている限り、なんとか生を紡いでいつかアヤトビ自身の幸せを掴んで欲しい。でなければ、なんとも切ない。
演ずる多和田さんご自身がとても笑顔が素敵な方なので、余計にアヤトビの表情の消えた顔が悲しげに見えて辛い。
コートの裾の翻りや刀の構え方がかっこいいなあ凶悪さが素敵だなあなどと何度も萌え散らかしてはいたものの、アヤトビの幸せはこの舞台では叶えられていない。むしろ完全に失った。
アヤトビ、幸せになってほしい。
彼がまた笑える日が来ることを願ってやまない。
さいごに
それぞれの名前が飲料にちなんでいることを後で知った。
気づいた人すごい。
それを知って、2度目の観劇後には綾鷹を買った。
推し。
しばらく綾鷹を目にする度に切なさを胸中に秘め、彼に思いを馳せるだろう。
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