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山本リンダ

2018年に書いたものですがすっかり忘れていて、久しぶりに読んで「これは相当面白い!」と自画自賛してしまった。これほど下らない話をよく考えたなぁ〜。
身体文章塾の講師、故・水城ゆう氏は「知念さんが苦しむ姿が僕は快感なんです。次回のテーマは『山本リンダ』です。このテーマで小説を書いてきてください」と言って、その返しがこの物語でした。
極東軍事裁判(東京裁判)の映像を見たことがない方は「??」と思うので、最後に20秒の短い動画のリンクを貼っておきますので見てください。それを見た後にもう一度読むと面白さが倍増しますよ!!

「え〜、それではこれより臨時閣議を始めたいと思います。閣議の議題は山本輪蛇…失礼致しました。山本閣下の秘密文書に関する事案です」
「大川君、待ちたまえ。なぜ君が臨時閣議の進行をやっているんだね。君は内閣の一員でもないし民間人ではないか!といってもここに集められた六人の中で内閣の一員は私だけなんだが」
「広田殿。それは私も分かりません。私は総理より臨時に特命を受けまして、総理秘書官よりこれから読み上げる総理が書かれた文書の説明を受けただけですので、そのご質問は後ほど来られる総理にお聞き下さい。私自身、まだこの文書を読んでいないのです」

 その言葉に総理室がざわついた。国会議事堂近くのビルの地下に設けられた総理室には七人が呼ばれていたが、最も戸惑っているのは進行役の大川かも知れない。他の六人は大まかではあるが緊急に召集された理由を知っていたが、大川は全く知らされていなかったのだ。

「大川君、山本閣下の文書を読むのではなく総理の書かれた文書を読むのかね?一体どういうことだ?」
 広田の質問に他の五人も大きくうなずいている。
「広田殿。もちろん山本閣下の文書に関することです。それは私も聞きました。総理は『私が来るまでに読んでおいてくれれば話しが早い』と、そうおっしゃっておられたそうです」
 広田はこの六人の中で最も目を赤くしている向かいの木村を見た。木村もそれに気づき、
「話しが早いということであれば早々に読んでくれたまえ。それにしても総理はいつ来られるのか?」
「おいおい来られるでしょう。秘書官の話しではかなりお疲れと言う事です。では」
 大川がテーブルに置かれた木箱を手前に引き、ふたを持ち上げると六人のつばを飲み込む音が聞こえた。箱の中にはこげ茶色の風呂敷で包まれた厚みのある物体があり、包みをほどくと白い文書が出て来た。それを見ている六人の顔はまるで、餌を待っているひな鳥のようだと大川は思った。

「それでは読みあげます。一、武藤殿には『参っちゃう』を受け持っていただく。この言葉は、天から垂れ降りる一筋の蜘蛛の糸と同じであることを認識していただきたい」
「えっ?おぉ〜」と言う疑問符から小さなどよめきの後、五人はいっせいに武藤を見た。
 武藤を含め六人とも、もっと長い文章を想像していたようで、忘れないようにと手帳をテーブルに出しペンを持っていた。
「私は『参っちゃう』のみですか。果たして、それで……。いや、総理が熟慮を重ねた結果ですから、深い理由があるのでしょう」
 武藤の言葉に五人がうなずいたが、それぞれ自分はどういう言葉を託されるのか不安しかなかった。しかも、その言葉は自分自身の生き死にに関わる事なので彼らの背筋は、真っすぐ立つ事が出来ず、ふにゃふにゃと小刻みに揺れている冷たいこんにゃくのようだった。
 大川は、廻りの一切を目に入れぬように続きを読んだ。

「二、広田殿には『つねっちゃう』を受け持っていただく」
「えっ?おぉ〜」
 またも先ほどと同じく疑問符からどよめき
に変わった。
「この言葉も、天から垂れ降りる一筋の蜘蛛の糸と同じであることを認識していただきたいとありますが、これ以降はこの言葉は省かせていただきます」
「私は『つねっちゃう』ですか。果たしてそれで……」
 大川は無表情で続けた。

「三、木村殿には『弱っちゃう』を受け持っていただく」
 その言葉を聞き木村はテーブルに数滴の涙を垂らした。もはや誰も声を出すものはいなかった。

「四、松井殿には……」
 大川が言葉を飲み込んだので松井は思わず耳をふさいだが覚悟を決め背筋を伸ばした。
「四、松井殿には『泣いちゃう』を受け持っていただく」
「なんと……」
 誰かの悲しげな低い声が、薄暗い総理室に響き、松井がすすり泣きながら言葉を絞った。
「幼少の頃より父や祖父に男として常に強くあれ、と育って来た私が『泣いちゃう』ですか。それはあまりにも、あまりにも。いえ、総理が私のことを思って考えていただいた言葉ですので、喜んで受け賜ります」

「五、土肥原殿には『いやんなっちゃう』を受け持っていただく」
 土肥原は微動だにしなかった。

「六、板垣殿には……」
 大川がまたも言葉を飲み込んだ」
「六、板垣殿には『そんなこと言うなら死んじゃう』を受け持っていただく」
 板垣は思わず立ち上がり、他の五人はうめき声と共に天井を見上げた。板垣は膝の力が突然抜けたようにどすんと椅子にへたりこんだ。
「そんなこと言うなら死んじゃうでは、なんの効果もないのではないだろうか。『だからそのように言っておる』と言われて終いではないか」
 扉が開き総理秘書官が入って来た。

「総理が来られました」
 七人が起立する中、秘書官に帽子を預け、たくわえた口ひげをさすりながら東篠英機総理が入って来た。
「どうやら、全員に言葉が行き渡ったようだな。あの言葉はここにいる全員の命を救う言葉であれと、私が考えに考えた言葉である。
中には憤慨しているものもおるかも知れんが、私なりに熟慮した結果である」
 大川が椅子をひくと東條はゆっくりと座った。服の内側に入れてある巻物を取り出し読み上げようとすると大川がまだ後ろにいることに気づき、
「貴様は私の後ろに立つんでない!」
 急に大声で怒鳴った東條に全員が硬直した。
いきなり「貴様」と怒鳴られた大川は飛び跳ねるように自分の位置へ戻った。

「では詳細を述べる。大まかには聞いていると思うが、私の元に連合艦隊司令長官、山本五十六輪陀閣下の遺言書が届いたのが一昨日である。その内容は恐るべきものであった。これまで、そしてこれからのことが書かれているのだがその全てが的確に当たっているのだ。サイパン陥落の日付から昨日長崎に落とされた原子爆弾まで全てにおいて正確に予言されている。そして敗戦国となった我が国の中で、大川以外のここにいる全員が極東軍事裁判において死刑を言い渡され絞首刑に処されると書かれている。この遺言書には疑いの余地がない。広田殿、何か意見があるはずだ、述べたまえ」
「そうはおっしゃっても、一つくらいは外れることもあるかと思いますが」
「広田殿、貴殿は今朝出がけに庭の柿の実を三つ取り、妻女に渡しながら短い接吻をしたであろう。いかがかな?」
 広田はうろたえ、うなずいた。
「貴殿が、そう言うのでこう答えよ。とまで書かれているのだ。これで完全に疑う余地がないことが分かった。それで、諸君らに何故一言づつを振り分けたのかと言うと、それはそこにいる大川君の言動がきっかけなのだ。

 全員が矢を射るような目で大川を見た。大川は矢で喉を突き刺されるような痛みを感じ、真っ赤な顔で反論した。
「私が、私が一体なにをしたと言うのですか!私はただただこれまで日本の為に善かれと思うことをしてきただけであります」
「大川君、山本五十六輪蛇閣下の預言所に君は、君は、君は……」
 東條が突如大粒の涙を流したがそれは屈辱の涙だとその場にいる全員が感じた。大川をのぞいて。

「君は極東軍事裁判の最中において、こともあろうに私の頭を後ろの席からペシャリ、と叩いたというのだ。これほど愚弄される経験があるだろうか。この行動によって君は脳が梅毒に冒されているからと無罪放免になったのだ。だが、君は梅毒ではなかった。なぜなら君は戦後も生きながらえてイスラムに関する本を出版することになるのだ。私の、私の頭を叩いただけでね。しかし、君以外のここにいる真面目な七人は皆、絞首刑にされるのだ。こんな理不尽なことがあって良いのか!い〜や、よくない。それで私は君以外のこの七人の命を救うべく言葉を考えたのだ。そのきっかけが君が私の頭を叩く時に言った言葉なのだよ」 

 六人が息をのんだ。大川も呑んだ。私は何を言ったのだろう。私はまだ何も言っていないが、それでも私は何かを言ったような気がしていた。
「大川君、君は私の頭を叩く前にこう言ったのだ。『叩いちゃおう〜』ってね」
「え〜〜〜」
大きなざわめきだった。

「『叩いちゃおう』で絞首刑が免れるなら、似たような言葉でも免れるはずだ。だから私は類似した言葉を考えたのだ」
 ざわめきが続く中、板垣が手を上げた。
「総理、しかし私の言葉はあまりにも直球ではありませんか?『そんなこと言うなら死んじゃう』では『だから死刑と言っておるではないか』と言われると思うのですが」
 東條の眉が動き、大川を睨んだ。

「何?私はそんなことは書いていないぞ。どういうことだ大川!」
 大川は体を震わせながらも下卑た顔をさらに卑屈な顔にしてみせて、
「へへ、いやね、ついね、いじってみたくなったんですよ。意味のない言葉にいちいち皆さんが大げさに反応しているもんでね。へへへ、板垣さん、陸軍では偉そうにしているあなたの狼狽ぶりは面白かったですよ。そういうことだったんですか。全く意味が分からなかったんですけどね、死刑を宣告された人物が『そんなこと言うなら死んじゃう』ですか。いや〜、我ながら最高の返しですね」

 大川の下品さにもはや誰も興味を示さなかった。自分の命がかかってるからだ。板垣は、
「では、総理、私の言葉はなんでありましょうか?」
「板垣君、君の言葉は『困っちゃう』だ。できるだけ舌足らずに話すと効果があるかと思われる。英米の裁判官たちが『困っちゃうと言っているのだから助けてあげようではないか』と思われるようになれば良いのだがな」
 板垣は深々とお辞儀をし、東條に聞いた。
「それで、総理のお言葉なんでしょうか?」
 全員が東條を見ている。

「わたしは、私は、叩いちゃおう、と言おうと思っている」
 大川が飛び上がった。
「泥棒だ!私のをとらないで下さいよ。それは私のだ」
 広田が蔑む目で大川を見ながら東條に言った」
「な〜るほど、それは名案ですね、総理」
「私なりの反撃だ。大川君、覚悟したまえ」
「冗談じゃない。私のほうが先に総理の頭を叩いてやる」
「い〜や、私が先に叩く」
「よ〜し、こうなったら法廷に入場するときからず〜っと叩いてやる。ぽんぽこぽんぽこ、ず〜っと叩いてやる」
 東條が立ち上がった。大川を睨みつけ軍刀を抜き始めると、
「今ここで貴様の頭をこの軍刀で叩いてやる。さぁ、頭を出せ!」
「ひゃぁ〜」
 大川は一目散に逃げて行った。追いかけようとする秘書官を制して軍刀を納め座り直した。

「総理、一つだけお聞かせ下さい。山本五十六輪陀閣下とお呼びしておられましたが輪陀閣下とはどのような意味なのでしょうか?」

 広田の質問に東條は全員の顔を見て、そして天井を見上げて答えた。
「輪陀とは、天使の輪があり、且つ仏陀のような尊いお方という意味です。私を始め諸君らも、生き死にに関わる事であるから全身全霊でしなを作り、裏返った声で媚びる心構えは出来ているはずだが、もし絞首刑に処されても後生の人々から『輪陀』と呼ばれるような死に方をしようではないか」
 静かな総理室が、キリスト教と仏教がミックスされた聖なる空間になっていった。

                           完

https://www.youtube.com/watch?v=DiXcg36Oa-M


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