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「これしかできない」は、才能

この世の中たくさんの数えきれない職業がある。
その中で、管理栄養士になることを選び、子どもの心理発達に特化したお料理サロンで独立するに至るまでの背景を振り返ってみました。

あなたは、今の職業。今就いているお仕事は、いつ決めましたか?
私は、小学校の時が始まり。

保育園の時、大きくなったら何になりたい?
「けーきやさん」と卒園アルバムに書いていた私。

小学校の1/2成人式の時、大きくなったら何になりたい?
「給食を作る人?栄養士?」←その時は、調理士・栄養士・管理栄養士
なんていう言葉の意味は知らなかった。

とにかく、給食を作る人になりたかった。その時、母に、言われた言葉
栄養士よりも管理栄養士になりなさい。国家資格だから。
栄養士なんてみっともない。

今でも鮮明に覚えている。だから、1/2成人式のアルバムには
管理栄養士になる そう書いた。
管理栄養士がどんな仕事をする人なのかも具体的に理解してなかった。

子どもって、自分に可能性がある!!!なんでもなれるぜ!!!!!!
って、いい意味で世間に無知で、見える世界で物事が成立している。
だから、子どもたちがなりたい職業は?と問われると
学校の先生、看護師さん、保育士さん、車掌さん、YouTuberなど
どれも自分の世界の中で見えている中から選ぶ。

私は、保育園の給食、学校の給食がとても印象深く記憶に残っている。
好きな遊びと言えば、砂でおままごと。
鼻水垂らしも、蚊に刺されようと泥遊びしていた。

実家の玄関前、砂とその辺の木の実で作ったケーキを披露する私


小学生になると、平日の夜
母から言われることは「〇〇さん家は、仕事から帰るとごはんができて食べらるように並んでるんやって。なんで、この家は、ごはんができてないんやろうな。」

これ、マジで言われ過ぎて、父に、他の子は、学校から帰ったら夕飯を作って両親を待つのか?と相談したこともある。

中学校は、完全お弁当。
中学受験をしなかった私は、母の目の敵www
中学3年間弁当は作らない、自分でつくれ。公立中学なんてみっともない。と言われ、すがすがしい顔して「わかった。自分で作るので大丈夫です」といって火に油注いだのもいい思い出w🤣
結局、高校受験前の1週間だけ作ってくれた記憶がある。
父が、さすがに高校受験前勉強の追い込みだから作ってあげたらと言ってくれたらしい。父、感謝💓

そして、高校へ。
安定のお弁当は自作。ついでに夕飯は完全に、父と私の担当になった🤣

そんな生活をしていると
いつしか、「私には、これしかできない」になっていた。

ここまで来ると後戻りできない
今、思うとできたのだろうけれど、その時は、目に見える世界が思考のすべてで、見えない部分に対しては、不安が大きくて違う世界に行く。という選択肢は全くなかった( ̄д ̄)

なので、栄養士になる。が目標に。
とにかく、食の道へ。だかしかし、母の「バカだから管理栄養士なんてなれないだろう」と言われていたことが腹立たしく、ぜってええええ国家資格とってやる🔥と魂燃えていた!

大学生になり、高校とは違い、同じ年齢ではない仲間・学びたい分野が似ている仲間と学びを築く中である発達心理の講座で「機能不全家族」という言葉を知った。
衝撃波💨だった。

機能不全家族
☑親の過干渉・不干渉
☑親子による共依存関係
☑子どもへの条件付きの愛情
☑家庭が常に緊張状態
☑親による役割放棄
☑褒めることが少ない
☑兄弟や友達と比較される
☑身体的・精神的虐待
タイプは上記のものだが、基本的にタイプが複合している。

機能不全家族で育った子どもは、
心の発達に影響がでる。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

完全に我が家!!!!!!!!!!

ちなみに、私は4人姉妹の長女なのですが、
一つ下の妹は、家を出た過ぎて考えた末「妊娠すれば家追い出させるから、物理的に家でれるやーーーん!」と😳
完全に、思考回路終わっとるw

そんなわけで、
心理学にめちゃくちゃ興味が湧き、いろいろと学んだ。
でもね、私には、料理しかできない
どうしようと思っていた時、ある悟りに至った。

年齢を重ねてくると、自分の限界が見えてきて、できることできないことがなんとなくわかってくる。
ましては、仕事選びとなると、いきなり新しい分野に飛び込むのは勇気もいる。
「自分には、これしかできないから」という言葉。
諦めの印象もある言葉だけれど
「自分はこれしかできないって思えるってすごくない?これができる!という才能見つけられてるんだから
💓」と
自分には何ができるかと考えたとき、
自分には、これしかできないしな……と少し暗さも漂う考えだけれど
角度を変えてみると、とても強い、自分を貫く言葉だと思う。

自分にとって当たり前で普通のこと
「料理しかできない」の料理ができることは自分の才能であり
そこに、やってみたい、心理学かけ合わせたら最強じゃね?!と思い、お料理を通して、子どもたちの心の発達に寄り添う仕事に就こうと思い今現在の私に至る。

BeautyJapan大会Bayエリア インスペクションの時
主催のゆりさんは、自分のお葬式にここの参加しているみなが参列しに来てくれればそれでいい。自分の生きた証を残せたんだと満足だと。

私は、生きた証として、お葬式の時、ひとり息子が喪主となり弔辞で私のことをどのように話してくれるのか。どんな言葉でも嬉しいけれど、こう言われたいという考えもある。きっとそれは、今私が目指す母親像なんだと思う。機能不全家族は、日本の約80%だと言われている。
育児は育自。と呼ばれるように、自分育てなのだ。

「これしかできない」
そこには、自分の個性が詰まっている。

これしかできないと思わせてくれた母にも感謝。
それができるのだから!と背中を押してくれた父にも感謝、
これしか、と限定できるのは、才能だ。


東急東横沿線情報誌 SALUS 7月号 に掲載中です
これしかできない私を最高に表現してもらいました








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