10. FETを用いるバッファ回路

本節では、FETを用いたバッファ回路を、いくつか紹介します。まず最初に、KORG Nutubeの基本回路図に使われている、接合型FET(ジャンクションFET、J-FET)を用いたバッファ回路を説明します。次に、この回路においてJ-FETをパワーMOS-FETに変更した簡単なバッファ回路を紹介します。最後に、パワーMOS-FETを2個用いた、省電力で高パワーが出力可能なバッファ回路を、MOS-FETを替えて2種類示します。

J-FET (J211)を1個用いるソースフォロワ回路

本節では、接合型FET(ジャンクションFET、J-FET)を用いたバッファ回路について述べます。

まず、KORG Nutubeの使用ガイドのWebページhttps://korgnutube.com/jp/guide/に掲載されているNutube 6P1の増幅回路を次の図に再掲します。

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この回路図の中で、真空管の増幅回路そのものは、R9、VR1、V1、R8から成ります。真空管の増幅回路の入力部(R1、R3、C1、Q1、R6、C3、R5、VR1)および出力部(Q2、R4、C2、R2)に挿入されているのが、次の図に示すJ-FET (接合型FET)を用いたバッファ回路です。

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ただし、出力部のバッファ回路においては、真空管V1と負荷抵抗R8によって決まる電圧を入力バイアス電圧として用いているので、バッファ回路の入力側の抵抗およびコンデンサーによる電圧のシフト回路(ハイパスフィルター)は省略されています。上の図のうち電圧シフト回路を除いたバッファ回路そのものは、NチャネルJ-FETのJ1と抵抗R3です。

この回路の各場所の電圧を次の図に示します。

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グラフに描画されているものは、上から順に、入力信号の電圧、J-FETのゲート電圧、J-FETのソース電圧、出力信号の電圧です。R1、R2、C1およびC2、R4から成る回路はそれぞれハイパス(ローカット)フィルター回路です。ここでは、周波数0Hzの電圧をカットすることによって、正弦波の中心電圧を抵抗で決まる電圧にシフトさせるために用いています。R1、R2によって、J-FETへの入力信号の中心電圧は、電源電圧12Vを二分した6Vになっています。これにより、信号の中心電圧を、入力信号の0Vから6Vに持ち上げてJ-FETに入力しています。一方、R4によって、出力信号の中心電圧は、グラウンドと同じ0Vになっています。こにより、信号の中心電圧を、J-FETのソース電圧(約8.4V)から0Vに下げて出力しています。

J-FETでは、ソース電圧に比較してゲート電圧が低くなっています。これは、ちょうど真空管のカソード電圧とグリッド電圧の関係と同じような関係です。ただし、この電圧はトランジスタのエミッタ電圧に対するベース電圧が約0.6Vとほぼ一定であるのと異なり、同じ型番のFETであっても固体や流す電流によってばらつきます。これが、トランジスタに比べてFETの使用が面倒な理由でもあります。グラフを見ると、ソース電圧が中心8.4V、ゲート電圧が中心6Vとなっており、このモデルでは2.4Vの差となっています。

この回路の電流を次の図に示します。

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グラフに描画されているものは、上から順に、入力信号の電圧、J-FETのドレイン端子に流れ込む電流、ソース端子に流れ込む電流です。2番目のグラフに描画されているドレイン電流は正で中心が0.84mA、一番下のグラフに描画されているソース電流は負で中心が-0.84mAなので、ドレインから電流が流れ込み、ソースから同じ量の電流が流れ出ています(ソースに流れ込む電流が負であることから、この符号を反転したものが、ソースから流れ出る電流になります)。この電流に回路図の抵抗R3の抵抗値10kΩを掛けたものが、ソースにおける電圧となり、その中心電圧が8.4Vとなっています。

一般に、FETは電圧によって電流を制御する素子であると言われます。これは、ゲート電圧の値が増減すると、ドレイン端子からソース端子に流れる電流が増減するということを表しています。この図のグラフにより、このことが分かります。また、その仕組みより、ゲートにはほとんど電流が流れ込まないため、入力インピーダンスは高いです。また、抵抗R3の大きさによって、ソースから流れ出る電流の大きさが決まりますので、この値によって、出力インピーダンスを低くすることができます。以上の理由により、この回路が、インピーダンスを下げる、バッファ回路として働いていることが分かります。

ただし、この回路はJ-FETを用いているため、出力電流をあまり多く取ることができず、この節の最初に示したように、回路の途中で真空管から他の回路への出力バッファや、真空管への入力バッファに用いられます。

パワーMOS-FET (2SK1056)を1個用いるソースフォロワ回路

前節のバッファアンプはJ-FETを用いているので、流せる電流が余り多くありませんが、パワーMOS-FETを用いることで、多くの電流を流すことができるので、これを真空管の出力バッファに用いたヘッドフォンアンプもあります。本節ではこのパワーMOS-FETを用いたバッファ回路について述べます。

前の回路図のNチャネルJ-FETをパワーMOS-FETである2SK1056に変更したものが、次の図に示すバッファ回路です。実際の真空管ハイブリッドプリアンプやヘッドフォンアンプの製品では、MOS-FETとしてIRF510を用いたものが多いようです。

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この回路では、出力にヘッドフォンのダミー負荷32Ωを入れてあります。変更点は、抵抗R3の値を10kΩから100Ωに変更しただけです。これによって、MOS-FETのゲートからソースに流れる電流が決まります。入力信号は2Vppとしています。

この回路の入力信号と出力信号の電圧を次の図に示します。

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入力電圧より出力電圧の振幅が若干小さくなっていますが、32Ωという負荷に対してきれいな波形を出力できていることが分かります。

この回路において、回路の入力信号の電圧に合わせて、ドレインからソースに流れる電流をプロットしたものを次の図に示します。

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MOS-FETに流れる電流は100mA以下であることが分かります。この電流は、抵抗R3の抵抗値と負荷抵抗の合成抵抗によって大きく変わり、負荷抵抗にどれだけの電流を出力できるかが変化します。ざっくりとした説明をすると、交流信号に対してはコンデンサC2は無いものとして見ることができるので、抵抗R3の値はR3、R4、ヘッドフォンのダミー抵抗の合成抵抗の値となり、実際にはR3の抵抗値よりもずっと小さくなります。

MOS-FETを2個(2SK1058と2SJ162)用いるプッシュプル型ソースフォロワ回路

ここでは、パワーMOS-FET 2SK1058と2SJ162を用いた、プッシュプル型バッファ回路を示します。

前節の、MOS-FETを1個だけ用いた回路では、上の図のグラフに示すように、ドレインからソースに流れる電流の中心値が60mA弱です。これは、ゲートへ信号が入力されていないとき(無音であるとき)、60mAの電流が常に流れていることを示します。また、図では最小でも20mA以上の電流が流れています。このような回路をA級アンプと呼びます。この形式の回路は、無音の時に無駄な電力を消費しており、無駄な発熱が多いというデメリットがあります。本節では、ゲートへの入力信号が無いとき、ドレインからソースへ電流が流れないB級アンプ、もしくはA級とB級の間に相当し、信号が入力されているとき電圧の値によっては電流が流れないAB級アンプを上下対称で用いたプッシュプル型のバッファアンプについて述べます。

本節で示す回路は、窪田登司氏の著書で提案された0dBパワーアンプの回路を簡略化したものです。元の回路においては、出力のMOS-FETが2個ずつ並列に用いられていましたが、本書では余り大きい出力を想定していないこともあり、それぞれ1個ずつ用いることにしました。また、電源電圧も異なります。

このアンプでは、用いているパワーMOS-FET 2SK1058と2SJ162のしきい値電圧が低いことを利用して、入力信号をコンデンサーでシフトせずに用いているのが特徴です。また、温度が上昇すると流れる電流が下がる、温度特性が負であるという特徴を有しているため、温度上昇による電流変化を補償するための回路も必要ありません。

そのため、この回路ではMOS-FETを他の種類になんでも交換できるというわけではありません。この手の回路を用いることができるMOS-FETは、2SK1058と2SJ162のペアの他に、定格違いで特性が同じ2SK1056と2SJ160、2SK1057と2SJ161、缶型の2SK134と2SJ49、それと定格違いで特性が同じ2SK133と2SJ48、2SK135と2SJ50などがあります。2SK405と2SJ115のペアは、バイアスの小さい所では温度特性は正(温度が上がると流れる電流が増える)ですが、しきい値電圧が低いので、同様の回路が使用可能です。発熱の少ない小出力アンプであれば用いることができると思われます。

他の、しきい値電圧の高い一般のMOS-FETを用いたバッファ回路については次節で示します。

このバッファ回路の回路図を次の図に示します。ここで用いている2SK1056Cと2SJ162Cは、Cordell Audioから入手したモデルから、該当するモデルをファイル「lib/cmp/standard.mos」に追加したものです。2SK1056、1057、1058と2SJ160、161、162のそれぞれ三種類のMOS-FETは耐圧が異なるのみで特性は同じなので、ここでは入手できる2SK1056と2SJ162という組み合わせでそのまま用いています。シンボル名の最後のCは、Cordell氏が他のモデルと区別するために追加した文字です。

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この回路の入力信号と出力信号の電圧を次の図に示します。

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振幅の大きい方が入力信号の波形で、振幅の小さい方が出力信号の波形です。出力信号の電圧の振幅は入力信号に比べて小さくなってしまっています。これは、20kΩと3kΩの抵抗で構成したR3からR6の回路のためです。抵抗R3とR4の上半分について考えると、抵抗R3の上端は6Vに固定されており、入力電圧は抵抗R4の下なので、抵抗R3とR4の間の信号の振幅は、抵抗R4の下の位置における入力電圧に対してR_3 / (R3+R4)倍に下がり、出力電圧は結果としてVout = 6 - (6 - Vin) × R3 / (R3 + R4)になります。この信号がFETのソースフォロワ回路に入力され、オフセットつきでコピーされて出力されます。抵抗R5とR6の下半分についても同様です。

これを細かく見てみると、次の図となります。

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上のグラフのうち、上側に描画されている波形が2SK1056のゲート(入力)電圧、下側に描画されている波形がソース(出力)電圧です。一方、下のグラフのうち、下側に描画されている波形が2SJ162のゲート(入力)電圧、上側に描画されている波形がソース(出力)電圧です。このように、各FETのゲートに入力されている時点で、抵抗によって既に信号の電圧の振幅が小さくなっていることが見てとれます。

同じ回路において、8Ωの負荷抵抗を出力に付けて、入力電圧の最大値を4Vにしてみたものの回路図を次の図に示します。

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また、この回路の入出力波形を次の図に示します。

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上のグラフが入力信号の電圧、下のグラフが出力信号の電圧です。FETを用いた出力バッファ回路には、一般的にエンハンスメント特性を持ったパワーMOSFETが用いられますが、その中でも2SK1056-8および2SJ160-2は、ゲート-ソースしきい値電圧が小さいため、このような回路でも出力電圧の低下は少ないです。

また、このMOS-FETの特徴として、温度が上昇するにつれて、同じ電圧をゲートに掛けたときの電流が減少するという、温度特性が負であるという特徴を持ちます。これにより、温度が上がったときにゲートにかける電圧を減らして流れる電流を減らし、温度を下げるという調整のための回路が不要であるというメリットがあります。生産は終了していますが、現在でもWeb通販で購入できるようなので、使用をお勧めします。

一般のMOS-FETを用いたプッシュプル型ソースフォロワ回路

本節では、前節のようにゲート-ソースしきい値電圧が小さいMOS-FETではない、一般のMOS-FETを用いたバッファ回路について述べます。

前節で用いた2SK1056-8および2SJ160-2は、ゲート-ソースしきい値電圧が小さいので、入力信号に対する出力信号の振幅の低下の度合いが少ないという特徴があります。しかし、例えばLTspiceにモデルが含まれているIRF240とIRF9240のように、ゲート-ソースしきい値電圧が大きい(温度25度のとき4V程度ある)NチャネルFETと、負に大きいPチャネルFETを用いた場合には、この低下の度合いが大きくなります。これらのMOSFETを用いて同じような回路を作成してみます。IRFP240のゲート電圧が4V、IRFP9240のゲート電圧が-4Vとなるように、次の図のような回路を組みます。

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このとき入力波形と出力波形を観察してみると、次の図のように、出力電圧の振幅は入力電圧の振幅の3分の1になります。

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そこで、次の図のように、コンデンサーで入力信号をゲートの電位にシフトしてみます。

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このとき、入力電圧と出力電圧は次の図のようになり、ちゃんとバッファ回路として作動していることが分かります。

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この回路では、信号がコンデンサーを通過しており、これはハイパスフィルターを通過していることを意味するので、この回路の周波数特性と位相特性を測ってみます。回路のSPICE directiveを次の図のように書き換えます。

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シミュレーションを実行して表示された周波数特性と位相特性を次の図に示します。

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グラフには出力信号の周波数特性と位相特性が表示されています。実線が周波数特性、点線が位相特性です。周波数特性では、最大値-3dB以上の範囲を見ると、3Hzから1MHz近くまでの帯域を持っています。また位相特性では、低周波数の部分で位相が進み、高周波数の部分で位相が遅れていますが、10Hzから100kHzの範囲で、ほぼ10度以内に収まっていることが分かります。

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