9. トランジスタを用いるバッファ回路

本節ではトランジスタを用いたバッファ回路として、エミッタフォロワ回路、プッシュプル型エミッタフォロワ回路、ダイヤモンドバッファ回路を紹介します。特にダイヤモンドバッファ回路は、部品点数が少ないこと、電力消費量が少ないこと、調整があまりシビアでないことなどの理由から、良く用いられています。

トランジスタを1個用いるエミッタフォロワ回路

まず、エミッタフォロワ回路の回路図を次の図に示します。トランジスタとしては2SC5200を用いました。

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トランジスタのベースに入力する信号は、抵抗R2とR3でバイアスを掛けています。また、入力信号をこの電圧にシフトさせるために、コンデンサC2を通しています。出力信号はトランジスタのエミッタから取り出しています。この信号も0Vを中心とした信号になっていないので、これを0V中心の信号にするために、コンデンサC3を通しています。

この回路の入力信号と出力信号の電圧ををプロットしたグラフを次の図に示します。

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入力信号の電圧が出力信号にそのままコピーされていることが分かります。

トランジスタを2個用いるプッシュプル型エミッタフォロワ回路

本節では、NPNトランジスタとPNPトランジスタ両方を用いるプッシュプル型エミッタフォロワを示します。トランジスタとしてはコンプリメンタリ・ペアの2SA1943と2SC5200を用いています。この回路の回路図を次の図に示します。

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トランジスタにはダイオードでバイアス電圧を掛けています。この回路では、前のエミッタフォロワ回路と違い、正負の電源を用いているため、0V中心の信号をそのまま入力することができ、また、0V中心の信号が出力されるというメリットがあります。前のエミッタフォロワ回路で用いているような、入出力にコンデンサを用いて電圧をシフトさせると、このコンデンサがハイパスフィルター(ローカットフィルター)として働くため、純粋な直流成分だけでなく、ある程度低い周波数もカットしてしまい、信号の低音成分が低下してしまうというデメリットがあります。また、十分低域まで通すように設計したとしても、信号がコンデンサを通るため、音質が影響を受ける可能性が高くなるというデメリットがあります。その点、このプッシュプル型エミッタフォロワ回路では信号がコンデンサを通らないため、音質が影響を受けないというメリットがあります。その代わりに正負の電源を準備する必要があり、後で述べるようなレールスプリッタを用いて仮想的に正負電源を構成するなど、追加の回路が必要となります。

この回路のトランジスタU1、U2のコレクタ電流、ダイオードD1に流れる電流、入力信号の電圧、出力信号の電圧ををプロットしたグラフを次の図に示します。

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出力には8Ωの負荷を掛けています。これでスピーカーを接続した状態を仮想的にシミュレートしています。回路に流れる電流を確認してみると、トランジスタに流れる電流が500mA程度で、定格の15Aと比べてだいぶ余裕があることが確認できます。また、ダイオードには最大44mA程度の電流が流れていることが分かります。また、入力信号が出力信号にコピーされていることが分かります。

ダイヤモンドバッファ回路

次の図に示すバッファ回路をダイヤモンドバッファ回路と呼びます。この回路は、2段目のトランジスタのバイアス電圧を、前節のダイオードの代わりに初段のトランジスタで作っていると見ることができます。また、初段も2段目もエミッタフォロワ回路であることから、エミッタフォロワを二段に重ねたものとして見ることもできます。

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トランジスタは、LTspiceに最初から組み込まれているもののうち、日本で入手可能な2K3904と2K3906を使用しました。

この回路の入力電圧と出力電圧をプロットしたグラフを次の図に示します。

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入力信号の電圧が、出力信号の電圧にそのままコピーされていることが分かります。

ダイヤモンドバッファ回路のヘッドフォン用バッファ回路としての能力

上のダイヤモンドバッファの回路の出力端子とグランドの端子に負荷抵抗として32Ωを追加します。この回路を次の図に示します。これはヘッドフォンの代わりのダミーロード(仮想的な負荷)です。このとき最大値0.8Vの正弦波の信号を入力したとき同じ信号が出力できれば、この回路がヘッドフォン用の0.1Wのバッファ回路として使用できることになります。

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この回路の入力電圧と出力電圧、トランジスタQ5とQ6に流れる電流をプロットしたグラフを次の図に示します。グラフの上から順に入力電圧、出力電圧、トランジスタQ6のコレクタ電流、Q5のコレクタ電流です。

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グラフより、入力波形が出力にきちんとコピーされているので、この回路は32Ωのヘッドフォンに10mW(0.01W)の信号を出力するヘッドフォンアンプ用のバッファ回路として使用できることが確認できました。また、入力電圧が正のときは上にあるトランジスタQ6に、入力電圧が負のときは下にあるトランジスタQ5に電流が流れ、片方のトランジスタだけが使われていることが分かります。

ダイヤモンドバッファ回路のスピーカー用バッファ回路としての能力

次に、上記のダイヤモンドバッファ回路が、スピーカーに音を出力するパワーアンプ用のバッファ回路として使用できるかどうかシミュレーションで確認します。

ダイヤモンドバッファの回路の出力端子とグランドの端子に負荷抵抗として8Ωを追加した回路を次の図に示します。これはスピーカーの代わりのダミーロードです。このとき最大値4Vの正弦波の信号を入力したとき同じ信号が出力できれば、この回路がスピーカー用の1Wのバッファ回路として使用できることになります。

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この回路の入力電圧と出力電圧、トランジスタQ5とQ6に流れる電流をプロットしたグラフを次の図に示します。グラフの上から順に入力電圧、出力電圧、トランジスタQ6のコレクタ電流、Q5のコレクタ電流です。

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この結果を見ると入力信号をきちんとコピーして出力できています。

LTspiceによるシミュレーションの問題点

前節の結果では、入力信号の電圧を出力信号の電圧にコピーできていることが確認できました。しかし実は、SPICEを用いたシミュレーションでは以下のような問題があります。

LTspiceにおけるトランジスタのモデルのパラメータの中に、最大コレクタ-エミッタ電圧Vceo、最大コレクタ電流Icrating、製造会社名mfgという三つのパラメータがあります。トランジスタの上にマウスカーソルを置き、カーソルが指差しの形になった時点でマウスを右クリックすると、次の図のようにパラメータが表示されます。

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2N3904の場合はVceo=40V、Icrating=0.2A、mfg=NXPです。これらはLTspiceがオリジナルで追加したパラメータなのですが、モデルを選択する際に表示させるためのもので、LTspiceを作成する元となったオリジナルのSPICEプログラムには含まれていません。なぜなら、回路シミュレーションでは実際の部品の定格と異なり、いくらでも電流を流すことができるからです。そのため、モデルのパラメータでは最大コレクタ電流がIcrating=0.2Aであるにもかかわらず、シミュレーションでは0.4A以上の電流が流れています。これでは、実際の回路を作成したときに、部品が過熱するか、壊れてしまいます。

このような流せる最大電流に関係する部分のシミュレーションはできないので、SPICEで回路のシミュレーションを行う場合には、部品を選択する際に上記のような定格に気を付ける必要があります。

以下では、二つの解決方法を示します。

ダイヤモンドバッファでパワーアンプを実現する方法(その1)

まず最初の解決方法が、トランジスタQ5とQ6を並列に複数個用意するもので、回路は次の図のようになります。

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この回路の入出力電圧と、トランジスタQ7、Q8のコレクタ電流をプロットしたグラフを次の図に示します。

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前の回路と異なり、ダイヤモンドバッファの後段の電流が120mAに減少しており、定格の0.2Aより小さくなっていることが確認できます。

ダイヤモンドバッファでパワーアンプを実現する方法(その2)

次の解決方法が、ダイヤモンドバッファの後段を最大コレクタ電流の大きいトランジスタに交換する方法です。ここでは、東芝のWebから入手した2SC5200と2SA1943のLTspice用のモデル2SC5200.asyと2SC5200.mod、2SA1943.asyと2SA1943.modを使用します。もしくは、PSpice用のモデル2SA1943.lib、2SC5200.libを用いて、これ用にシンボルファイル2SA1943.asy、2SA5200.asyを作成することもできます。

これらのトランジスタの最大コレクタ-エミッタ電圧は230V、最大コレクタ電流は15Aです。これらの値はモデルのパラメータには書かれていませんが、メーカーから提供されている規格表や販売店のそれぞれの部品のWebページで確認できます。この場合の回路を次の図に示します。

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この回路のトランジスタU1、U2のコレクタ電流をプロットしたグラフを次の図に示します。

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ダイヤモンドバッファの後段の電流が400mA程度で、定格の15Aと比べてだいぶ余裕があることが確認できます。

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