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東大出身であることを隠したがる東大生・卒業生の存在について

今朝、Twitterやブログ、Noteのプロフィールにひとつの変更を加えることにしました。

出身大学が東京大学であることを足すこと。

「なんだ、そんなこと」と思うかもしれません。自意識過剰だと思われる方もいるかと思います。

ただ、私にとってはこれまで2年以上の間、自由にコンテンツを作るために、そして自分のコンテンツを先入観なく見てもらうためには、意外と大事なことでした。

本名でブログをかいていた頃、「東大生なのにこんなことを言うんだね」「東大出てもこんな失敗をするんだね」といった声をもらうことに悩んだことがあったからです。


書いている言葉より大学名が先に走るなら、要らないや。どうせ落ちこぼれだったし。

そう思っていました。

実際、経歴不明の怪しい人間のコンテンツにも関わらず、Noteやブログの4コマやエッセイを楽しんでくれる方の存在には、とても救われています。


これからもそのスタンスを変える予定がなかった私の気を変えたのは、この記事でした。

▶「東大生を見世物にしてあざ笑う」TV局の軽率 – コミュ障、変人、アスペいじりはもう要らない – 東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net/articles/-/376471

記事を読んでとても悲しくなるとともに、驚きました。私自身、とても身に覚えがある言葉が並んでいたからです。

「東大なのに、こんなところで働いているんだね」

「東大出てるのに、こんなことも知らないの」


ああ、まだこんなことを言う人がいて、偏見やプレッシャーに苦しむ東大生がいるんだな。

そう思うと、ひとりの元落ちこぼれ東大生として、私が実際に4年間見てきた「東大生たち」について、少し書いてみたくなりました。


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東大生を雑学クイズ王か何かと混同する人

まず、「東大出てるのに、こんなことも知らないの」に関して言いたいことがあります。

東京大学の生徒は、人生に関する知識が豊富なわけでも、皆が雑学に詳しいわけでもありません。

東大生は、「その年の東京大学の入試問題を、一定以上解けた人」の集まりです。

E判定しか出ないところから無我夢中で勉強して受かった人もいれば、淡々と努力して問題なく受かった人もいれば、何年も浪人した人もいれば、帰国子女で英語がほぼ満点だった人もいれば、めちゃめちゃ運が良かった人もいれば、天才としか言いようがない人もいます。

そして、受験ではエクセルの使い方や飲み会でのマナーは学びません。

さらに、クイズ王選手権に出てくるような問題は、ほとんど学ぶ必要がありません。

実際私はクイズ番組の問題にまともに答えられたことがほとんどありませんし、それが良くないことだとも思っていません。

テレビに出ている東大生、特にクイズ番組に出ている東大生は、大抵そういったクイズ問題に対策するための特別な勉強をしています。

もしくは、さっき言った「天才としか言いようがない人」のどちらかですが、落ちこぼれの私から見ても、あまりこのタイプの人は見かけません。


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テレビや本が作り上げたバイアスを鵜呑みにしてしまう人

10年ほど前、「東大合格生のノートはかならず美しい」という本が出たのを知っていますか?

私はそのタイトルを見て、自分のぐちゃぐちゃで汚いノートに目をやって、吹き出しました。

そして仲が良い友人のノートは、レイアウトやまとまりが綺麗・汚いの次元ではなく、そもそも字が汚すぎて読めませんでした(失礼)。


「東大生は○○だ」の99%は、ただのバイアスです。

本のタイトルに書いているのであれば、それは本を売るために、テーマに合うデータを集めてそう言っているだけです。

東京大学には、1学年に約3,000人もの生徒がいます。そんな大勢の人間に100%あてはまる「東大生は必ずこうだ」なんてものは、ほとんど存在しないと思っています。

テレビに出ている東大生を見て「東大生ってプライド高いし、イヤミだよね」「東大生ってコミュ障だわ」「東大生って変人ばっかり」と思っている方。

それは、ほんの一握りの東大生が、テレビに求められてそういうキャラに見せているだけです。

もちろん、プライド高い人やイヤミな人、コミュ障、変わった人がいないとは言いません。

私自身、自分を「隠れコミュ障」だと思っています。

ただ、どんな人生を送っていようが、性格が素晴らしい人は素晴らしいし、人を見下す人は存在します。

東大出身かどうかは、その人の人格に関係ありません。

たとえば入学した時のクラスメイトたち(「同クラ」と呼ばれます)とは今でも仲がよく、卒業してもうすぐ10年になるのに、LINEグループでたまに皆がやり取りしています。が、内容は大体本当にくだらないことばかりです。

ほとんどの東大生は、ごく普通の人で、身構える必要すらないということを知ってほしいのです。


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面接では得しがち、職場では損しがちな東大ブランド

就職活動や転職活動で、東京大学という肩書がある程度得をすることは否定しません。

ただ、年を取れば取るほど、その後の経験のほうがよっぽど重要です。

そして、職場ではむしろその肩書によって悩まされたり、損をしたりすることの方が多いと私は思っています。

まず、東大卒だからと何故か高い期待値を持っている人。

何か小さなミスをするだけで、何故かがっかりする人。

さっきも言いましたが、受験や東大は仕事のやり方を学ぶ場ではありません。

バランス良く割と何でもできる東大生もいれば、特定の仕事だけ異様に得意な東大生もいれば、働くこと自体が向いていない東大生もいます。音楽に秀でている人もいれば、プロのダンサーとして活躍している東大生だっています。

メンタルが弱く、すぐに体調に影響が出てしまう人もいます。

HSPの私もそうですが、長時間の勉強は頑張れても、対人関係のストレスには耐えられない人だっています。

「何を言ってもネガティブに取られる」「何を言っても東大フィルターがかかった状態で見られる」ことに疲れてイヤになってしまっているのは、私だけではないと思っています。


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学歴なんかより、自分の人生を生きているか

数日前、こんな記事を書きました。


読んでいただければ分かると思いますが、私は受験勉強をしていた頃、「良い大学に入ることが人生において大切だ」と思い込んでいました。

そして、その考えが大きな誤りで、甘い考えであることを何度も思い知らされました。

私が尊敬している方の多くは、学歴どうこうではなく、自分の人生をしっかり生きている人です。

東大生だろうとなかろうと、信じられないミスを犯すことはよくあります。

私は手の施しようがない「おっちょこちょい」なので、アメリカで家賃詐欺にあったこともあれば、フライトの日付を1日間違えてお金を無駄にしたこともあります。

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長々と書きましたが、一番言いたいのはこれ。

周囲に東大出身者がいる場合、「東大生の〇〇さん」の「東大生の」を外して、ひとりの人間として見てほしいのです。

何度も言いますが、その人の性格や仕事のパフォーマンスは、大学と関係ありません。

この文章を書くに当たっては、「ゆるいコンテンツをやたら書いてる健康オタク」としてではなく、「ひとりの元落ちこぼれ東大生」として書く必要があると感じましたが、プロフィールに「落ちこぼれ東大生」と入っていようがいまいが、私は私です。

そもそも10年近く前の話ですしね(遠い目)。


ネガティブなバイアスのせいで、「東大出身」だという目で見られることが嫌な東大生、隠したがる東大生もいること。

東大どうこうに関わらず、変なバイアスで見られることって意外としんどいこと。

少しでも伝わっていれば嬉しいです。

みつはぶろぐより転載

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みつは
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