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温故知新(73)クロマニョン人 縄文人 ジェベル・イルード遺跡 棚畑遺跡 チャタル・ヒュユク カマン・カレホユック ギョベクリ・テペ ビーナス ラスコー洞窟 アルタミラ洞窟

 ジェベル・イルード遺跡(Grotte ighoud)と国生みの聖地であるおのころ島神社を結ぶラインは、約17万6000年前のストーンサークルが見つかったブルニケルの洞窟や、スカラ・ブレイやオリンポス山とレイラインでつながっているアインホルンヘーレ(Einhornhoehle)の洞窟メンフィスとレイラインでつながり、須佐之男命と関係があると推定されるサムハラ神社 奥の宮の近くを通ります(図1、2)。

図1 ジェベル・イルード遺跡(Grotte ighoud)とおのころ島神社を結ぶラインとブルニケル、アインホルンヘーレ
図2 図1のラインとおのころ島神社、サムハラ神社 奥の宮

 ジェベル・イルード遺跡と棚畑遺跡を結ぶラインは、クロマニョン人の骨が見つかったフランスのヴェゼール渓谷の洞窟近くを通り、真脇遺跡の近くを通ります(図3、4)。

図3 ジェベル・イルード遺跡(Grotte ighoud)と棚畑遺跡を結ぶラインとヴェゼール渓谷
図4 図3のラインと棚畑遺跡、真脇遺跡

 このラインは、ジェベル・イルード遺跡のホモ・サピエンスとクロマニョン人(Cro-Magnon man)と縄文人の関係を示していると思われます。クロマニョン人のヨーロッパ進出の第一波のY染色体ハプログループはC1a2で、犬を家畜としていたことは縄文人と似ています。日本列島ではおおむね5%の頻度で見られる縄文系のC1a1とC1a2の最も近い共通祖先は、およそ4、5万年前にさかのぼると推定され、日本列島に現存するC1a1の拡散は、ヤンガードリアス彗星の破片が衝突した時期に近い、約12,000年前と推定されています。これらのことから、ジェベル・イルード遺跡のホモ・サピエンスはクロマニョン人や縄文人の祖先だったと思われます。

 カマン・カレホユックとチャタル・ヒュユクを結ぶラインは、ギョベクリ・テペとクロマニョン人の骨が見つかったヴェゼール渓谷を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5、6)。このラインは、これらの遺跡がクロマニョン人と関係があることを示していると推定されます。

図5 ギョベクリ・テペ、カマン・カレホユック、チャタル・ヒュユクを結ぶ三角形のライン、ギョベクリ・テペとヴェゼール渓谷を結ぶライン
図6 図5のラインとギョベクリ・テペ、カマン・カレホユック、チャタル・ヒュユク

 ギョベクリ・テペとジェベル・イルード遺跡を結ぶラインはチャタル・ヒュユクやシラクサの近くを通り、アルメンドレスのクロムレックとエルサレムを結ぶラインもシラクサを通ります(図7)。このことから、アトランティス人とジェベル・イルード遺跡のホモ・サピエンスやクロマニョン人は関係があると推定されます。

図7 ギョベクリ・テペとジェベル・イルード遺跡(Grotte ighoud)を結ぶラインとチャタル・ヒュユク、シラクサ、アルメンドレスのクロムレックとエルサレムを結ぶライン

 アルメンドレスのクロムレックとエルサレムを結ぶラインの近くにあるネシェル・ラムラ遺跡(Nesher Ramla)(図8)では、約14万~12万年前のこれまで知られていなかった古代ヒト族集団の化石が発見されています。また、ミスリヤ洞窟(Misliya cave)(図8)では、19万4000~17万7000年前と思われるホモ・サピエンスの化石が発見されています。約17万6000年前のストーンサークルが見つかったブルニケルの洞窟もジェベル・イルード遺跡とレイラインでつながっていることから、これらは、ジェベル・イルード遺跡のホモ・サピエンスと関係があると推定されます。

図8 アルメンドレスのクロムレックとエルサレムを結ぶラインとネシェル・ラムラ(Nesher Ramla)遺跡、ミスリヤ洞窟(Misliya cave)

 モロッコ南部にあるタンタンという町の北東ドラア川北岸の堆積物中からは、タンタンのビーナスという水晶でできた小立像が発見され、紀元前20万年から50万年前の間のものであると年代推定されていて、世界で最も古い人型をした彫刻の一つであると考えられています。シリアとイスラエルの間にあるゴラン高原で発見されたベレハットラムのビーナス1)は、紀元前23万年~70万年頃のものとされ、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人の時代よりも以前に存在していた可能性が高く、ホモ・エレクトスなどの旧人類が作ったのではないかと推測されています。もしかすると、ジェベル・イルード遺跡のホモ・サピエンスとつながりがあるのかもしれません。

 クサール・ヌアイラチャタル・ヒュユクを結ぶラインは、マルタ島のタルシーン神殿の近くを通ります(図9)。マルタ島の巨石神殿群からは、チャタル・ヒュユクから見つかった母神像に似た「ビーナス」や「眠る女性」が発見されていますが、棚畑遺跡から見つかった「縄文のビーナス」とも似ています。

図9 クサール・ヌアイラとチャタル・ヒュユクを結ぶラインとタルシーン神殿(マルタ島)、ギョベクリ・テペ、バールベック

 クロマニョン人の骨が見つかったヴェゼール渓谷は棚畑遺跡とつながり(図3)、ギョベクリ・テペ、チャタル・ヒュユク、アルテミス神殿は、アテネのパルテノン神殿とつながり、カマン・カレホユックは、アララト山とアテネを結ぶラインの近くにあるので、クロマニョン人と縄文人が同族とすると、棚畑遺跡で見つかった「縄文のビーナス」の「ヘルメット」が、アクロポリス博物館所蔵の「ギガントマキア」のアテナの被っている「ヘルメット」と似ている理由がわかます。

 クロマニョン人は、同時代の他地域の上洞人港川人などと共に「化石現生人類」ともいわれ、精巧な石器や骨器を作り、動物を描いた洞窟壁画(ラスコー洞窟(Grotte de Lascaux)、アルタミラ洞窟(Altamira cave)など)などを残しています。ヴェゼール渓谷とアルメンドレスのクロムレックを結ぶラインの近くにラスコー洞窟があり、アルメンドレスのクロムレックとアルタミラ洞窟を結ぶラインの近くにポルトガルの史跡Anta do Vale da Figueiraがあります(図10)。また、アルタミラ洞窟とクサール・ヌアイラを結ぶラインは、ストーンヘンジとクサール・ヌアイラを結ぶラインとほぼ重なり、スペインの史跡Cabañas del Dragónの近くを通り、ジブラルタル海峡を通ります。これらのラインは、クロマニョン人や縄文人がアトランティスと関係があると推定されることと整合します。

図10 ヴェゼール渓谷とアルメンドレスのクロムレックを結ぶラインとラスコー、アルメンドレスのクロムレックとアルタミラ洞窟を結ぶラインとAnta do Vale da Figueira、アルタミラ洞窟とクサール・ヌアイラを結ぶラインとCabañas del Dragón

 2,000年あまりの人類の進歩を考えると、ヤンガードリアス彗星の破片が地球に衝突する以前に、ホモ・サピエンスの文明が発達する時間は充分にあったのではないかと思われます。

文献
1)コリン・ウィルソン 松田和也(訳) 2006 「アトランティスの暗号」 学習研究社