優勝できなかったスポーツマン
例えば、銀杏BOYZのbaby babyが流れてる車内。GWあたりに大学時代の友人達と多摩川でBBQした帰りに、送って行ってよみたいな流れで乗せた女の子が助手席にいて
「当時本当に少し間だけあなたのこと好きだったんだよね」
みたいな台詞があったら、仮にそこまで好みではなくても、それをした後にかなり気まずくなるとしても、多摩川に夕陽が差し込んでいて、赤信号で止まっている時に見つめられでもしたら、もうシチュエーション的に半ば強制的にキスしてしまうと思う。それはもう空気を読む力に限りなく近い。
BGMや匂いやなんやで半ば致し方なくしてしまうことというのも事実あると思っていて、勘違いになってしまえばただ痛い人になってしまうので、かなり慎重かつ大胆にシチュエーションを判断して関係性を進めることがある。
21歳の冬、僕はそういうもので溢れていた。
行きたいイベントがある、そんな連絡があって、渋谷のクラブに2つ年上の職場の元同僚の人と行ったことがある。
岡村靖幸がメインのイベントで、たしか僕らは他にもSIRUPやらファッキングラビッツ、YUC'eなんかも目当てでタイムスケジュールを見ながらフロアを移動していた。
彼女は性に奔放だということをその少し前に僕に明かしてきた。したいと言われると断れないということ、顔が好みではなくても身体の相性が良ければ付き合うし或いは良くなければどうせ続かないので付き合う前にする方が互いの為だというような理論を聞かされた。
それ自体には僕は同感で、ずっと頷いていた。
イベントが終わり、始発までも微妙な時間に僕達は街に出た。彼女は埼玉方面に住んでおり、始発を待つには1時間程度、取り敢えずタクシーで僕の家に行って少し飲んで、電車を待とうということになった。
クラブでもある程度飲んでいたので気分も高まり、お互い今日何かがありそうな気配を感じながら切り出すタイミングが分からず、た タクシーの車内で僕らはただ手を繋いでいた。
彼女を僕の部屋にあげると、明るくなりつつある空を見ながらタバコを吸った。
彼女は気ままでやけに物分りが良く、しばしば突然性について語る人物で赤マルを吸っていた。
「ねぇ、みつばくんにはある程度なんでも話しておきたいと何故か思ってしまうから、暫く私の話をしたいんだけど、いい?」
もちろん
「ついこの前ね、彼氏が出来たの。あなたも知ってる人よ。でもね、出会う順番やタイミングや相手の気持ちで付き合ったり、その先に結婚があるとして、そういう関係になると決心した後にそれが揺らいで、何もかもに縛られずにこの人に抱かれたいと思った時、私は多分その衝動を抑えられないと思うのよ。そういうのって、男性からして嫌よね?」
「もちろん、気持ちのいいものでは無いと思うよ。それでも、僕達はそういう衝動に必ず翻弄されるし、完全に自分の中で完結させられるなら誰に抱かれてもいいんじゃないかな。でも、僕は相手に伝わらないよう、悟られないようにする努力と衝動を抑える努力は後者の方が精神的負荷が少ないから僕はしないつもりでいるよ」
「やっぱり、みつばくんは何事も断言しないし、否定もしないわね。ねぇ、携帯で音楽かけていい?iMusicで今日聴いた曲のプレイリスト作ったの」
構わないよ。
「私、岡村靖幸本当に好き。OL KILLERも好きだけど、ベタに岡村靖幸のカルアミルクが好きなの。高校の時にね、付き合ってた彼氏がいたんだけど、それとは別に部活の後輩とね浮気してたの。彼氏とはあんまり音楽の好みが合わなくて、後輩くんとよくそういう音楽の話をしてて、部活終わりに彼の家でよくCDかけて、MDに焼いたりしてたのよ。その時にカルアミルク聴いてその後輩くんと盛り上がっちゃったのよ。ねぇ、みつばくんカルアミルク聴かない?」
僕は黙って頷いて、彼女とキスをした。