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#2:1000人規模の製薬会社から40名の印刷会社へ(時系列:2014年2月 手元資金など会社の状況が良くわかっていない頃)

部長職として部下のマネジメントをお願いします。「イヤです。あの人達とは関わりたくありません。」

2014年2月に15年勤めた前職の製薬会社を退職して、父の経営する印刷会社へ未経験ではありましたが後継者として専務と言う肩書で戻って衝撃を受けました。まず組織図がありませんでした・・・
えっ??どうやって役割分担、職務権限を渡しているの?

小さい会社ですが当時40名ほどの社員がおり、営業、製造(製版・印刷・製本)と実母が担当していた経理部門がありましたが、さすがに営業が取ってきた仕事を製造現場に回す【作業指示書】はありましたが、それも手書き複写の伝票で、情報伝達は口頭ベースが基本。作業予定表と言う名の案件管理表のみ唯一エクセルファイルが共有フォルダに保存されていましたが、その書き換えルールも一人の工務(生産管理みたいなポジション)があちこちに電話して出たとこ勝負で毎日予定を組んでいました。

とにかく出たとこ勝負、結果オーライ、どんぶり勘定体質で、当時43年目の会社でしたが、何か問題があれば全て社長や専務にそれぞれが聞いてくる状態で、当時の社長(父ですが・・)は「世間並みに良きにはからえ」しか言わなかったので、それぞれのその場しのぎの判断になってしまい、仕組みで事前対策するという形になるには程遠い状況でした。資材仕入れも現場のオペレーターがそれぞれ行っていましたし、とにかく情報も整理されておらず、ぐちゃぐちゃで売上や損益も社員が全く知らない状況でした・・・
そりゃ赤字になりますよね。売上も頭打ちでしたし。

こういう状態の会社だと声の大きい人が偉くなったりするんですよね。
まさにその状態でした(笑)
当時印刷の下請けしかしてなかったので顧客は基本的には印刷会社さん中心です。ですので顧客のニーズを聞くというよりは印刷知識があり指示通りに上手く社内で回せる営業が優秀と認識されていました。
6名営業がいましたが、一番声の大きい人が部長と呼ばれて社員では一番給料をもらっていました。たしか当時600万位払っていたと思います。印刷会社ではかなり高額だと思います。6名もいるのでチームワークを発揮できればもっと顧客も増やせるし、売上もあがると思い2人で話した時の第一声が
「イヤです。あの人達とは関わりたくありません」でした。
理由は、あんなに自分勝手に仕事してる人の面倒見たくありません。足手まといですという事でした。いやー、根が深いですよね(笑)
ここから切りくずしにかかるのですが、結局私と合わずにその後の営業部長は3名変わりましたし、その時の人達は今は一人もいなくなりました。

そんなことを繰り返しているから、会社はどんどん状況も悪くなっていったのでした。
さらに同じくらいの時期にアルバイトで入ったばかりの中年男性が社員のロッカーからお金を抜いていたことが発覚し、前職でも余罪があったようでそれも発覚したりと、会社を良くしていくどころか問題の火種がどんどん出てきていました。

今振り返るとわかるのですが、これが当時の会社の実力なんですよね。
こういう事って会社の管理レベルや社員のモラル、社風が関係してくるので
この時は単にこれが実力だったと今は良くわかります。
#3に続く。

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