早朝バイトのロッカーに息づくヤドリギ|ショートストーリー
もしわかっててやっているなら本当にずるい。
「おはよお。」
眠そうな目をこすりながら、寝ぐせのついたあたまをむりやり帽子に押し込んでいる。
まだ夢の中にいる英利は、2人だけのロッカール―ムの中で、ふらふらしながらエプロンを探している。
果子はというと今日は英利と早朝シフトがかぶる日だと1か月前からわかっているので、朝3時には起き、シャワーを浴び、フェイスマッサージ、保湿にメイク、ヘアセットまで完璧に整えてきた。
しかも完璧に整えてきたことがわからないよう完璧にナチュラルなやつだ。
「おまえはいつも、朝から元気すぎ。お肌もつやつやで可愛くみえちゃってるじゃん。」
英利は、すぐこうゆうことをいう。
細かい所をちゃんと見ていて、相手のよいところを伝えてくれる。その対象は果子だけじゃない。
手際もよく、よく気が付き、人懐っこい笑顔にちょっとしたファンもいるスマートな印象の英利が、早朝のロッカールームで見せる気の抜けた姿は、果子のご褒美だった。
3人入ればぎゅうぎゅうになる1畳ほどのロッカールームは、入って正面の壁に、上下8つに分かれたロッカーが設置されており、果子のロッカーは、右端の上、英利は、右端の下だった。
制服に着替えるといっても、エプロンとロゴの入ったキャップを身につけるだけなので、男女共用のロッカールームに仕切りなどはない。
同じ列の上下で、荷物を取り出すときにはどうしても接近してしまう。
180㎝弱ある英利がじゃがみこんで、ロッカーの荷物を漁っている上から果子は、ロッカーをのぞき込むかたちになる。
このままこの広い背中に抱きつきたい!
という衝動を毎回抑えつつ、デカくてじゃま。などといいながらクールに荷物をとりだすのだ。
じゃがんだままの姿勢で、見上げながら発せられた「お肌つやつや可愛い発言」は、果子の3時起きが報われた瞬間である。
こうしていつも下から話しかけてくるので、あごや首のあたりのケアも気を抜くことができない。
ばさり。
急な「お肌つやつや可愛い発言」に驚いた果子は、動揺して持っていた本をロッカーに入れそこねた。
本は、英利の肩にぶつかって、さきほどまで開いていたページを上にして落ちた。
落ちた本のページをのぞき込みながら、英利が読みあげる。
「幸運を呼ぶもの? ヤドリギの下でキスをすると、永遠に結ばれる……。へええ、これがヤドリギ?」
本に書かれているイラストを見ながら、左手で本を持ちあげ、立ち上がって頭の上まで高く掲げた。
「じゃあ、今ヤドリギの下に2人がいるってことだよね?」
そういって英利は果子の目の前まで迫って、キスの真似事をした。唇は触れないぎりぎりのところ。
「もし本当の恋人同士ならこんなかんじ? 彼女とだったらロマンチックだよなあ。」
いつもの顔をくしゃくしゃにする微笑みを向けながら、本を果子へ返し、また座り込んでスマホをひらいている。
そうなのだ。
果子がいくら想いを募らせても、英利には彼女がいる。諦めなければならない。前から知っていたのだし。優しさもみんなにしていることだとわかってる。こんなじょうだんに悪気がないことも。
でもまだもうすこしだけ好きなままでいてもいいよね。
そう心のなかでつぶやき、英利の頭を軽く小突きながら、精いっぱいの強がりを集めていった。
「それ、私のセリフだから」
【あとがき】
先日誕生日にもらった「小さなてのひら事典/幸運を呼ぶもの」の中に出てくる「ヤドリギ」をテーマに短いお話を書きました。
本のレビューはこちら↓
じつはヤドリギにインスピレーションを得たというより、今朝こちらのお話を読んで、もうキュンキュンしちゃってですね!勝手に想像してお話を書いちゃった次第です。
よくみたら2019年のことだったからもう過去の話になっているのかな。
それでもこうしてnoteにその時のリアルな気持ちが刻み込んであるのって生きた証というか、我ここにありみたいなかんじでいいですね。
あとほんとに勝手にキュンキュンでした。ありがとうございます!
……
いつも登場人物の名前を迷うのですが、今回は、本の中のエピソードにでてくるものから名前をつけました。
冬でも青々としていることから、生命力のシンボルだったヤドリギは不幸を避けると考えられていて、イングランドの見習い水夫はクリスマス前にマストに結び付けていたのだとか。
そこで今回の二人の名前は、
英吉利(イギリス)
かこ(水夫)
からとってみました。
かこってかわいい名前だな。
最後の一言がもっと簡潔で切ない言葉なんかないかな。。
ここはちょっと考えて、また変えよう。
好きってことを匂わせつつ、強がっていて、果子の気持ちを知っている人なら切なくなるやつ。
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