あいちトリエンナーレ2019の企画の一つである「表現の不自由展・その後」の展示作品の中で、天皇の写真を燃やしていると一部から問題視された映像作品がありました。
大浦信行氏の映像作品「遠近を抱えて PartⅡ」です。
作家自身、「天皇制を批判するために天皇の写真を燃やしたという、そういう政治的な文脈で受け取られたのかもしれませんが、それは全く違います」と言っており、作家が意図しない方向で騒がれています。
映像作品(「遠近を抱えて PartⅡ」)とは
この映像作品は、全20分程度あります。映像作品内で「昭和天皇の写真を燃やしている」と解されるのはそのごく一部です。映像作品の中で、燃えているのは、作家の版画作品(「遠近を抱えて」)です。
もともとあった映画に、当時公開予定だった映画の映像を加えたとしています。
映像の物語は戦争の記憶にまつわるものであり、映像作品の主人公である従軍看護婦に、皇民化教育によって抱え込まれた「内なる天皇」を見つめそれを「昇華」することを託したものである、ということのようです。
大浦氏の言う「内なる天皇」とは、戦前の皇民化教育によって日本人一人一人の心の中に培われたものを指しているようですね。それを燃やすことは「祈り」であるというのが作家の考えのようです。
版画作品「遠近を抱えて」を燃やしているのは作家自身なのですが、自分の作品を好んで燃やす作家はいませんよね。映像内で版画作品を燃やしたのは、過去の図録焼却事件と、物語中の戦争の記憶の昇華をかけたものとされています。
燃やされた版画作品「遠近を抱えて」はどんな作品か
映像作品の中で燃やされた版画作品「遠近を抱えて」は、あいトリでも版画作品単体として出品されていました。あいトリでは、この版画作品がメインで、問題となった映像作品は、版画作品の補助資料という位置づけでした。
「遠近を抱えて」は、作家の自画像とされており、作家自身の心の中にある「内なる天皇」がモチーフであるとされています。
作品解説を読んでもよく分かりませんね(笑)
あるインタビューでは、こんな風に語っています。
別のインタビューではこんな風にも語っています。
繰り返し出てくる「内なる天皇」については、こちらの動画で分かりやすく解説されています。
「天皇コラージュ事件」
映像中で燃やされた版画作品「遠近を抱えて」は、過去に検閲として事件にもなった作品です。
全14作品のうち一部が過去に富山県近代美術館にて展示されましたが、作品が「不敬」であるとして、右翼団体に「作品を燃やせ」と抗議されました。それを受け作品は非公開となり、全図録の焼却が行われてしまいます。
しかし初めに「作品を燃やせ」と言ったのは右翼団体であり実際に実行したのは富山県近代美術館なのに、そのことには批判がなく、作品を燃やした作家にのみ批判が集中するのは、おかしなことですよね。
また、作家自身も、愛知県による検証の際に、映像作品内で版画作品を燃やしたことと、この事件の関連性を述べています。
また、法を学ぶ方には、これは検閲事件として有名です。
その後、事件は、作家や県民による裁判へと場面が移ります。
結果は、第1審、第2審とも、作家と県民側の敗訴に終わりました。
しかし、第1審・2審ともに判決が共通して明らかにしている重要な点は、天皇も国民としてプライバシー権や肖像権を有するが、しかしながら公人としての地位や職務によってそれらの権利の保障は制約を受けることになるということです。
この裁判は上告はされませんでしたが、判決には多くの法曹関係者が疑問を投げかけています。いわゆる「検閲」をテーマにした「表現の不自由展」にはぴったりの作品だったと言えます。
また作家はこの裁判をきっかけに、美術作品の制作をやめ、映像作品の製作にシフトチェンジしています。
あいトリに版画作品出展のオファーがあった際、映像作品の出展もセットでないと出展しないと希望したのは作家の大浦氏です。
天皇を扱った作品に対する右翼団体の暴力的な抗議は、このころも、あいちトリエンナーレが開催された現代においても、変わっていない感じがしますね。
天皇の写真は雑誌の切り抜きだった
参考までに、映像中で燃やされた版画作品中の天皇の写真は、本(雑誌)からとられたもののようです。
「御真影」でもありません。
こうした雑誌の写真レベルなら、古紙回収に出したり焼却してしまった方、結構いらっしゃるのではないでしょうか。何とも不敬なことですね。
海外では評価も
展示映像の元になった「遠近を抱えた女」は、ベルギーで開かれた「ブリュッセル独立映画祭」のオープニングで上映され、高く評価されています。観客からは「物語をじっくり楽しめる」「主演女性が自分らしく生きていて、目が離せなかった」などと賞賛されたということです。
また、こちらの記事によれば、オランダでは優秀作品賞を受賞し、カメラマンも撮影賞を受賞したとのことです。
単に天皇憎しで写真を燃やしただけの作品なら、海外で公開されることも評価されることもありませんね。作品の持つストーリーとメッセージが純粋に評価されています。
まとめ
自分ならば、自分の内側を作品にしても天皇はあまり出てきません。そういう意味で、大浦氏は、むしろ天皇を敬愛している方だと言えます。
私自身、作品は好きではありませんが、理解しようとはしました。
しかしながら、作家の意図がどうであろうと、自分が天皇侮辱だと思えば侮辱なんだ!と声を荒げる方も多く、それは、過去の富山県美術館で右翼団体の圧力により暴力的に作品が見れなくなったケースと同じような暴力的な意見だと思います。
作品の見方は人それぞれあってよいとは思いますが、それを民主的に議論できる場があってほしいと思います。「作品に怒らないのは日本人じゃない」「反日だ」などというような意見はどうかと思います。
こちらに添付されている動画は全20分のうち一部を切り取ったものですが、解説は、事実に即しています。
民族派愛国団体である一水会は、作品に対しては怒りを感じているが対話は必要であるとコメントしています。