おじいちゃんが教える世界一たのしい経済の教科書5
第3章 貿易ってなんだ?
◉為替レートは貿易で大きく動く
いやぁ、死ぬかと思ったよ。
何言ってるの? とっくに死んでるじゃん。
言葉を選びなさい、領太。いくらおじいちゃんが本当に死んでいるからって、傷つくじゃないか。それより、三途の川をもう一度泳ぐことになるかと思った……。あんな川、二度と泳ぎたくない。
三途の川って本当にあるの? ねぇねぇ、どんな川?
それは……いや、やめておこう。ほら、それより授業の続きだ。
わかったよ……。具合はもう大丈夫?
あぁ、冷たい水がこんなにおいしいものだったなんて、生きてるうちに気づきたかったなぁ。
そういえば、ママがアイスキャンディーを買っておいてくれたよ。
本当かい? そりゃーうれしいね。領太、バルコニーで一緒に食べようではないか。今食べたらきっと最高においしく感じる気がする。
そうだね。風呂上がりにアイスを食べるなんて最高の贅沢だよね。
そうだよ。最高の贅沢だ。領太はまだ小学生だから、これからもっともっと幸せを味わえるね。若いっていいなぁ~、素晴らしいなぁ~、生まれ変わったら、冷凍庫いっぱいにアイスをストックするとしよう。いや、いっそアイスに生まれ変わるのも……って、領太? 領太や~、どこだーい?
おじいちゃん! チョコ味とバニラ味どっちがいい?
えっと、おじいちゃんはバニラ味が……って、ええ! 冷蔵庫まで瞬間移動しとる! 幽霊におとらぬ移動の速さ!
ねぇねぇ、おじいちゃん。さっきの話だけど、円高・円安が動くのには、旅行よりももっと大きな原因があるって言ってたじゃん? その原因って何?
それは、貿易だよ。
ボーエキ?
初めて聞いた言葉かい? 貿易とは、外国とモノのやりとりを、いやモノといっても漠然としてるな。そうだ、商品だ。商品のやりとりをすることだよ。外国の商品を買ったり、日本の商品を外国に売ったりすることを貿易というんだ。
ふーん。お隣のナユちゃんのパパは、ボーエキの仕事をしてるって聞いたことあるけど、ナユちゃんのパパはいろんな国の商品を買ったり売ったりするのがお仕事ってこと?
そういうことだね。
じゃあ、お仕事で中国へ行ったお土産にってパンダの貯金箱をもらったんだけど、その貯金箱も円をドルに替えて買ったのかな。
中国のお金は、ドルじゃなくて「元」という単位なんだ。
ゲン?
そう。さまざまな国のお金はそれぞれ違う名前をしているんだよ。ドイツやフランスといった欧州のお金はユーロ、イギリスのお金はポンド。
ゲンとかユーロとかポンドも、日本の円と交換する時は、毎日金額が変わるの?
為替レートの話だね。うん、そうだよ。ドルだけじゃなく、他の国のお金も毎日毎日、価値が変わるんだ。領太、需要と供給の話をしたのを覚えているかい?
もちろん。需要は「ほしい」という意味で、供給は「与える」という意味だよね。
グレイト! ナユちゃんのパパのお仕事の貿易は、日本の商品をたくさん外国に売ったり、逆に外国からたくさん商品を買ったりすることなんだ。つまり、たくさんの通貨交換が行われるってこと。そのため、貿易によって為替レートはいっそう大きく動くんだ。
すごっ! ナユちゃんのパパすごっ! 世界のお金を動かしてるんだね。
そう言っても過言ではないだろう。よし、領太、今からナユちゃんのパパが働いているところへ行ってみようではないか。
え? これから?
そうだよ。為替レートが大きく動くこととなる横浜埠頭へ行こう。
横浜に? どうやって? 電車で?
電車でもバスでもタクシーでもない。領太、そっと目をつむってごらん。
ちょ、ちょっと待った? あの世に連れてったりしない?
するわけないだろ。ほら、早く。
わかったよ……これでいい?
よし、三つ数えたら目を開けるんだ。
1……2……3……。
さぁ、目を開けてごらん、領太。横浜港から見る景色がきれいだよ。さて、何が見えるかな?
わぁ~! 船……船がいっぱい! あ、すごく大きな客船もある。かっこいい!
客船もかっこいいけど、ほら、あそこに大きな船が見えるだろう? あれは貨物船という種類の船なんだけど、いったい何をしていると思う?
カモツセン?
あそこに見える貨物船は、商品を輸出したり輸入したりしているんだ。輸出とは、日本の商品を外国に「出す」こと。輸入とは、外国から日本に商品を「入れる」こと。それらを合わせて「輸出入」というんだ。
そっか。国境を越える大きな買い物、つまり、輸出と輸入の取引のことを「貿易」っていうんだね。
その通り。例えば、日本から輸出するもので多いのは車や電気機器。日本に多く輸入されるものは原油や衣類といった感じ。
へぇ~、日本は海外にたくさんの車を輸出してるんだね。
そうだね。じゃあ領太、ここで一つ質問。アメリカから商品が輸入されたら、日本の会社はそれをどうやって買ったらいいと思う?
えっと……アメリカのものを買うなら、ドルでお金を払わなきゃいけない……ってこと?
正解! 円で払われても、アメリカでは使えないからね。輸入して支払う円は、アメリカの人のためにドルに替えてあげなければならないってわけ。反対に、日本の商品をアメリカに輸出した場合、ドルを受け取っても日本じゃ使えない。輸出して得たドルは、円に替えなければいけないんだ。
そうなの? アメリカの会社はドルを円に替えて支払ってくれないの?
日本製品をアメリカに輸出した場合、代金として円が送られてきたら、それでおしまいだよね。その場合は、アメリカの会社が為替の取引所で、円に替えてから支払ってくれているからね。でも、ドルで支払われることもあるんだ。
なんで?
それはね、ドルが世界中で最も有名で、使いやすい通貨だからなんだよ。ドルでもらっておけば、また、アメリカの商品を買う時に使えるしね。
確かに。便利な感じはするね。
そうなんだよ。そんな感じでドルは便利で強いから、アメリカの会社はドルで支払いをしてくることも結構な割合であるんだよ。でも、基本的に日本ではドルを持っていても使えないから、円に交換することになる。
なるほど。だから貿易という国境を越えて買い物を行うと、為替レートが大きく動くんだね。
そうなんだ。輸出入という貿易で取引されるお金は巨額なんだよ。だから、為替レートは貿易によって決定されると考えてもいいくらいさ。ちなみに、日本の輸出入額は、それぞれ年間約80兆円にもなるんだ。
80兆円! 輸出と輸入を合わせて160兆円! たしかに海外旅行とは規模が違うね。
◉貿易収支はプラスとマイナス、どっちがお得?
領太。ちなみにだけど、アメリカの商品を日本に輸入した場合、ドルに替えてから代金を支払うって話をしたよね?
うん。
このことを、お金を受け取るアメリカ側にとっては「収入」というんだ。そして、お金を支払う日本側から見ると、「支出」っていうんだよ。支出とは、ある目的のためにお金を支払うことだね。
お金を受け取ることを「収入」といって、お金を払うことを「支出」っていうんだね。
そう。そして、収入と支出のことを合わせて「収支」といい、貿易による収支を「貿易収
支」というんだ。
国境を越える買い物によって、出たり入ったりするお金のやりとりを貿易収支っていうんだぁ。
その通り。外国から輸入した商品のお金を払うために、その国の通貨に替えたり、逆に、日本が外国に輸出した商品を買ってもらうために円に交換してもらったり。お金の需要と供給が大きく動くよね。そうしたお金のやりとりの合計を貿易収支っていうんだ。ちなみに、輸出額が輸入額を上回る状況を「貿易黒字」といい、逆に、輸入額が輸出額を上回る状況を「貿易赤字」というんだよ。貿易収支の黒字・赤字は通貨に対する需要の増減につながるから、為替レートにも影響が出るのさ。
赤字って、お金が足りなくなることだよね? ママが家計簿を見ながら「今月も赤字だわぁ~」って言ってるのを聞いたことがあるよ。
それそれ。その赤字と同じ。貿易赤字は、外国から製品を輸出して日本が稼ぐお金より、輸入して外国に払うお金の方が多いことをいうんだ。黒字はその反対ね。
なるほど。そういうことなんだ。けどさ、外国から輸入された商品って、ぼくの身近にもあるのかな。そういえば、ママと一緒にスーパーへ行くと、いつもお肉のコーナーでアメリカ産にするか国産にするかでママは悩んでるなぁ。
たしかに、身近なスーパーにも海外から輸入されたものが数多く並べられているよね。
ママは悩んだあげく、結局安い方を選ぶんだ。
ということは、アメリカ産のお肉かな?
そう。ぼくは、たくさん食べられるなら、どっちでもいいんだけどね。
輸入したお肉は、国産のお肉より安いからねぇ。
だったら、もっともっと海外からお肉が輸入されるといいな。そしたらみんなお肉をたくさん食べられるじゃん。
お肉が安く買えるのはうれしいけど、輸入されたお肉だけがスーパーで売られたら、日本で牛や豚を育てている農家の人は困ってしまうんだ。
どうして? あ、そうか。海外から輸入されたお肉だけがスーパーで売られたら、日本で育てた牛や豚が売れなくなって、農家の人にお金が入らなくなっちゃう……ってことだよね?
そうだよ、領太。自分で考えて答えを出せるなんてすごいね。領太の言う通り、海外から輸入されたお肉は安くて手に入りやすいけど、日本の農家の人の暮らしを守るためにも、輸入された商品には「関税」という税金がかかる仕組みになってるんだよ。
カンゼイ?
うん、税金って分かるかな? 消費税とか国民健康保険税とかいろいろな種類があるけど、一言でいうと「国民みんなから集めたお金」のこと。そのお金は、みんなの暮らしが豊かになるために使われるんだよ。税金については、また今度ゆっくり教えてあげるとして、そんな税金の一つに「関税」というものがあるんだ。
◉貿易はWin-Winで
その関税って、貿易にどう関係するの?
関税とは、国内の産業を守るために、海外から輸入する低価格の商品と国内産の商品の金額に極端な違いが出ないよう、輸入品に税金をかけてわざと高くする仕組みのこと。貿易とは切っても切れない関係なんだ。
え!? 価格をわざと高くするの!? せっかく安いお肉を輸入したのに!?
まぁ、買う側としては安く手に入る方がうれしいけど、生産者さんたちのことを考えると、海外から輸入したものばかり売れたら生活が困ってしまうからね。価格のバランスを取ることが大事なんだ。
そういうことならしょうがないね。じゃあさ、輸出と輸入のバランスが悪いと国同士がケンカになっちゃうこともあるんじゃない?
いい質問だね、領太。例えば、アメリカが日本の車をたくさん輸入したとすると、アメリカ国内の自動車メーカーの車は売れなくなって困るよね。逆に、アメリカの安いお肉を日本がたくさん輸入すると、日本の農家の人たちが困ってしまう。そういったことで産業に関わる人が失業したり、会社が倒産してしまったり、貿易収支のバランスが悪くて経済に悪影響を及ぼし、両方の国の関係がチグハグになってしまうことを「貿易摩擦」というんだ。
貿易マサツ?
「摩擦」という言葉を聞いたことあるかい? ほら、車が急ブレーキをかけた時、道路にタイヤの跡が残るだろう? あれはタイヤと道路が急激にこすれ合ってしまったことで跡ができるんだ。要は、物体と物体がこすれ合うことを摩擦というんだよ。
じゃあ、原始人が火を起こす時に、木と木とをこすり合わせるあれも摩擦?
すばらしい例えだね。それと同じだよ。輸入と輸出のバランスが悪いと、物体と物体がこすれ合ってしまう現象と同様の問題が起きてしまうというわけ。人間関係がうまくいかない時の例えでも「摩擦が起きる」と表現するよね。そういう困った状態にならないよう、お互いの国が「何をどれだけ輸出、輸入しましょうか」と話し合うことが大切なんだ。
その話し合いがうまくいったら、Win-Winだね!
領太、Win-Winなんて言葉よく知ってるね。輸出と輸入の双方がバランスを保って、両方の国が良好な関係をきずいていけたら、Win-Win(双方が利益を得られる形)だよね。
なるほどね~。貿易についていろいろ知れば知るほど、やっぱりナユちゃんのパパはかっこいいなぁと思う。ぼくもナユちゃんのパパみたいに大きなお金を動かす仕事がしたいな。
夢を持つことは、とてもいいことだよ領太。 おじいちゃんは領太を応援するぞ!
ありがとう! すっごく心強いよ。じゃあ、応援資金ってことでおこづかいをちょうだいよ。
へ?
夢を叶えるためには、資金が必要なんでしょう? パパがそんなこと言ってるの聞いたことあるよ。だからおじいちゃん、ぼくにおこづかいをちょうだいよ。
よし、じゃあこれをあげよう。ほれ、受け取るがよい。
うわっ! なんだこれ? 死んだイカじゃん!
それでスルメジャーキーを作って、売ってお金に替えるがよい。
くっさ! 生ぐさっ! ちょっとおじいちゃん! 死んだイカを持ち歩くのやめてよ! それより、転校してきたマイク君に今日ぼくが覚えたことを教えてあげなきゃ。まずは、マイク君が持っているお金を交換するんだよって。
教えてあげるのはいいことだが……領太よ、君は英語が話せるのかい?
あ、そうだった……。ねぇ、おじいちゃん、英語を教えてくれる? 大学の先生だったんだから、英語も話せるよね?
……。
おじいちゃん? 肝心なところで消えないで! ぼく、おうちに帰れないじゃないか!
アイムソーリー、ひげソーリー。
ひ……げ?
どうだ。英語を使った面白いギャグだろう? 遠慮せずお腹を抱えて笑っていいぞ、領太。
ふーん……。それを英語と言っていいのか……マイク君に聞いてみるよ。
いや、それは勘弁してくれ! おじいちゃんは、本当は英語ペラペラなんだ。ギャグでごまかそうとしているわけじゃなくて、領太を笑わそうと思って……。
言い訳はそのくらいにしておきなよ、おじいちゃん。
今度の風呂上がりのアイスは、おじいちゃんの分もあげるから! マイク君には言わないで!
やった! ラッキー。じゃあ、夢を叶えるための応援資金も考えといてね!
次回、第4章 「銀行ってなんだ?」へ続く