【ミトシャの植物採集】 第2話 アザミ
作:石川葉 絵:茅野カヤ
ミトシャは小夜色の空を見上げました。
厚い雲がむくらむくらとわきあがり、空には星のひとつも見当たりません(小夜色の世界では、いつでも空が暗いですから太陽がのぼっていても星がまたたくのです)。
その時、空に大きな光る矢印が閃きました。
それは、空を縦横に走る稲妻でした。
すぐにドドーンという大きな音が響き渡りました。近くに雷が落ちたようです。
そして、すごい勢いの雨まで降ってきました。
雨の合間をぬって、ドドーン、ドドーンとその轟音は鳴りやみません。
どうやら、同じ場所に矢印のような雷は落ちているようです。
三つ首兎のミトシャはお互いに顔を向け合います。
「なんだか、不思議なことが起こっているよ」
「雷が一か所に集まっているみたい」
「行ってみよう」
降りしきる雨の中、セトの探検帽にカメラをくるみ、三つ首兎は、雷が集まっている丘の方を目指しました。
ドドーン、ドドーンと音はまだ続いています。
ビカビカとあたりが雪の日のように光り、矢のような稲妻が、丘の上に刺さります。
さすがのミトシャも落雷のすさまじい音に恐れをなして、三つの頭を抱えて、地べたに這いつくばりました。その時、また大きな稲妻が丘の上に落ちます。雷に打たれた誰かのシルエットが浮かびました。
やがて雷はやみました。
頭を抱えてうずくまっていた三つ首兎のミトシャも、おそるおそる、丘の上を見やりました。
そこにいた人は、すっかり焼け焦げてしまっただろうとミトシャは思いました。それなのに、その丘の上から、音楽と歌声が聞こえてくるではありませんか!
ミトシャはいそいで丘の上へと駆け上がりました。そこでは陽気な宴が行われているのでした。
似たような姿をした植物たちが、煙りを立ち上らせて踊っています。
「ねえ、セト。彼らはいったい誰だろう?」
レトが声にします。
「聞いてみよう」
とラト。
セトはすぐさま
「こんにちは!」
と声をかけます。すると、輪になって踊っている人びとの中からひとりの植物が気がついてこちらにやってきます。
「やあ、こんにちは。旅の兎さん。来るのがひとあし遅かったなあ。楽しい宴はもう終わるところだよ。雷たちが去ってしまったからね」
青い衣をまとい、細い花弁をきゅっとまとめたような顔の植物が答えました。
「あなたたちは雷に打たれても平気なの?」
「もちろんさ。僕たちは稲妻の草と呼ばれているんだ」
「へえ、すごいね。わたしはミトシャ。植物採集者です。あなたたちは?」
「僕らはアザミ。おっと、握手はしないよ。君の柔らかいその手が傷だらけになってしまうもの」
なるほど、確かにその手足は稲妻のようにギザギザで棘を持ち、触ったら引っかき傷をたくさん作ってしまいそうです。そのくせ、あれだけ雷に打たれただろうに、ほんのり花弁の頰が赤いだけで、焦げたところはひとつもありません。
アザミは丁寧にお辞儀をしました。
ミトシャも同じようにゆっくり深くお辞儀をしました。
彼らの向こうでは、アザミたちがまだゆらゆらと踊っています。
「あなたは昔、エデンガーデンにいましたか?」
そのひと言を聞いて、ゆらゆらと踊っていたアザミたちが、いっせいに立ち止まって、ミトシャの方を向きます。
「わたしは神様のお使いで、エデンガーデンから出て行ってしまった植物を探しています。いっしょに故郷に帰りませんか?」
しばらく沈黙をしていたアザミでしたが、ミトシャの目の前にいるアザミが口を開きました。
「そうだなあ。帰りたい気持ちもあるけれど、僕ら、けっこう、この世界の人たちの役に立っているんだよ。それは、とても嬉しいことだし、その方が神様は喜ぶんじゃないかなあ」
そういうとアザミは、ふわっとした白い綿毛をミトシャの手のひらの上に乗せました。
それはアザミの種子でした。
「僕らの種子は、人の薬になるんだってさ」
綿毛を手のひらに乗せ、ミトシャはしげしげとながめました。ためしに口で吹いてみると、その種はふんわりと宙に浮かびます。ゆっくりと降りてくるその種を捕まえ直して、ミトシャは言いました。
「それでも、神様は心配しています」
アザミは、空を少し見上げた後で、答えました。
「うーん、そうだなあ。いつか、こちらの世界から憂鬱な気分の人がひとりもいなくなったら、その時に帰るよ。エデンガーデンにはそういう気分を抱えた人はいないだろう?」
そう言って、今度は綿毛のついていない種をパラパラとこぼします。
「君たちは旅をしているんだろう。疲れた時は、この種を煎じて飲むといいよ。他に、疲れた人がいたら分けてあげるといい。元気になるから」
ミトシャはアザミのポートレイトを撮影し終わると、丁寧におじぎをしました。アザミたちもみんなおじぎをします。
そうしてミトシャは、アザミたちに手を振りながら丘を下りるのでした。
アザミたちも並んで、ミトシャに手を振っています。
神様、素敵なものを携えて、いつかあなたのもとに帰ります。エデンの外の植物たちは、とても頑張っていますよ。
祈りながらミトシャは、種をひと粒もこぼさないように革の袋にしまいました。
ミトシャの植物採集 第2話 おわり
***
ミトシャの植物採集、お楽しみいただけましたか?
さて、小夜色の世界でのアザミはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。
こちらのボタニカルアートはPrairie Thistle -ソウゲンアザミ-と訳されるでしょうか。物語に登場したのはMilk thistle -オオアザミ-、マリアアザミとも呼ばれる種類のアザミです。アザミにはたくさんの種類があるので、もしかしたら、また別の種類のアザミなのかもしれません。
アザミの種子には薬効のあるものも多いようです。いったい小夜色の世界のアザミの種子はどんな薬になるのでしょうね。
世の中にはドラマチックなことがたくさんあります。みなさんも、とても恐ろしいことですが、雷の矢印が見えたら、それがどこに向かうのかをカーテンの隙間からのぞいてみましょう。けれど、くれぐれも外に出たりしてはいけませんよ。得体の知れない植物になるくらいならよいですが、黒こげになって死んでしまっては、もう取り返しがつきません。
次回の『ミトシャの植物採集』は
マンドラゴラ
お楽しみに!
それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。