【ミトシャの植物採集】 第1話 ウスベニアオイ
作:石川葉 絵:茅野カヤ
植物採集を行っているミトシャは探検帽を三つの頭それぞれにかぶり、首からは立派なカメラをさげています。
植物採集とはいっても、相手は生きてその地に棲み着いた植物ですから、簡単に連れて帰ることはできません。それでミトシャは植物の元気な姿を写真に収め、エデンガーデンにいる神様に報告をするのです。
ミトシャの右首ラトが、くんくんと鼻をひくつかせます。
「いい匂いがするよ」
プラントハンターにとって鼻が利くというのは、とても大事な資質です。左首レトも真ん中首セトもいっしょにすんすんと匂いを嗅ぎだしました。
「うん。香りがするね」
「いい香り〜」
その匂いにひかれるままに、三つ首兎ミトシャは、ふらふらと森の木かげに入っていきます。
その先には、白い柵に囲われた、広い庭のお家がありました。その庭の白いテーブルには、様々な食器が並び、アフタヌーンティーの準備が整っていました。
それを見たミトシャは三羽とも、その口元からぼたぼたとよだれを垂らします。三つ首兎は甘いものに目がないのです。そして、ミトシャの足元をよく見てください。ちいさなスズランが咲いているのがわかりますか? ミトシャのよだれは、スズランを生み出すのです。不思議ですね。本当に神様はおもしろいものをお造りになります。
そんなミトシャの前に優雅に着飾った婦人が現れました。
「こんにちは」
口元をぬぐいながら、ミトシャが声をかけます。
「ごきげんよう、兎さん。よかったらあなたもお茶をしてはいかが?」
ぐいぐい進もうとするラトをおさえて、セトは探検帽を取り、
「わたしは植物採集者のミトシャです。あなたは、かつてエデンガーデンに住んでいましたか?」
婦人は、ゆっくりと紅茶をティーカップに注ぎます。すがすがしく、それでいて少し甘いような香りがあたりに広がりました。
「エデンガーデン、なつかしいわ」
さあ、どうぞとその婦人はミトシャをテーブルにうながします。ミトシャは席につきました。
「わたしは神様に命じられてエデンガーデンから旅立った人たちの行方を追いかけています。その人が元気で過ごしていることをお伝えするのが仕事です」
「わたくしはウスベニアオイ。エデンガーデンでは夜明けの準備をする仕事をしていましたの。わたくし、あなたのことを存じあげないわ。きっとわたくしよりずっとあとに造られた方なのね。
わたくし、ある明け方、夜明けの準備をしていた時に、うっかり夜をこぼしてしまいましたの。それで、夜がエデンガーデンの外に広がってしまいました。エデンガーデンは神様がいらっしゃるから、いつでも明るく朗らかですけれど、外の世界は、ほら、今も真っ暗な小夜色の世界。わたくし、神様が造ったこの世界を台無しにしてしまった。神様に合わせる顔がないので、この世界に逃げ込みましたの」
ウスベニアオイはさびしそうにうつむきました。
「神様はあなたのことを心配しています。エデンガーデンに戻りませんか?」
ウスベニアオイはゆっくりと首を振りました。
「いつか、わたくしのこぼした夜がすっかり枯れてしまって、昼の空が、淹れたてのこのお茶のような明るい青いものに戻ったら、その時には……」
ウスベニアオイ婦人はゆっくりとティーカップを口元に運びました。
「ほら、あなたも召し上がって」
ミトシャに出されたお茶は、最初、鮮やかな青色をしていましたが、時間がたつにつれて、この世界を覆っている空のような深い青色になりました。
ティーカップを取り、ラト、セト、レトの順番に紅茶を飲みます。
ふわあ、と香りが全身をめぐりました。
「こうすると、また素敵なのよ」
そう言って、ウスベニアオイはレモンの汁を数滴ティーカップの中にこぼしました。
するとどうでしょう。深い青色だったお茶が、みるみる赤みを帯びてゆくではありませんか。
「これが夜明けの色よ。あなたはまだ見たことがないでしょうけれど」
いつか、空がこの色に染められた時、とつぶやいて、ウスベニアオイは色の変化したそのお茶を飲みました。
ミトシャは、こくんとお茶を飲んだあと、こうお願いをしました。
「あなたの写真を撮らせてください。神様にあなたの元気な姿をおしらせします」
「はい、チーズ!」
「もしよかったら、あなたに会ったしるしとして、花びらか葉っぱか種をいただきたいのですが」
「乾燥させた花びらを差し上げましょう。たくさんあげるわ。時々、煮出してお茶にして飲むといいわ」
ミトシャはその庭を去り、そして空を見上げました。
小夜色の空は太陽の姿は見えますが、おぼろで昼でもうす暗く、毎日が皆既日食の日のようです。
「さあ、次の人を探しにゆこう」
探検帽をかぶりなおし、ミトシャは森をあとにしました。
ミトシャの植物採集 第1話 おわり
***
ミトシャの植物採集、お楽しみいただけましたか?
さて、小夜色の世界でのウスベニアオイはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。
このように可憐な草花です。探してみるのもよいでしょう。
また、ミトシャたちが飲んでいたマロウティーはこのような飲み物です。
ぜひ、実際に飲んでみてくださいね。
そして、マロウティーと同じようにアントシアニンへの反応の実験をミトシャもやってみました! こちらのリール動画をご覧ください。
バタフライピーという植物のシロップにレモンを搾ると色が変化する様子がわかると思います。近くの輸入食材屋さんなどで見つけることができるかもしれません。ミトシャのように実験してみてくださいね。
次回の『ミトシャの植物採集植物採集』は
アザミ
お楽しみに!
それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。