【ミトシャの植物採集】 第12話 エデンガーデン
作:石川葉 絵:茅野カヤ
小夜色の世界にも春がやってきています。植物たちも春の装いをして、仄暗い昼間の世界にあっても華やぎが見られます。
その春の気配の中、小走りに草原を駆ける姿がありました。三つ首兎のミトシャです。カメラを提げて、どうやら急いでいるようです。
「もう、ラトのせいで遅刻しちゃう!」
「神様に会うのだから、ちゃんと髪型をセットしなくちゃ」
「走っているから髪型なんてボサボサだよ!」
ミトシャはそのまま駆け足で川のほとりまでやってきました。
そこには炎の剣を振りかざしたケルビムが勝手に入ってくる者がいないか睨みをきかせています。
ミトシャは洋服の襟を正してあいさつをします。
「こんにちは!」
「ようこそ、ミトシャ。神様がお待ちです」
ケルビムが炎の剣をくるくると回すとそこに門が現れました。とっても狭い門です。ミトシャは顔をくっつけあって、ぎゅうぎゅうとその門をくぐり抜けます。
門の向こうにはとこしえの春の景色が広がっていました。エデンガーデンには太陽はありませんが、神様から放たれる光でいつも明るく満たされています。
あまりのまぶしさにミトシャは瞳を開くことができませんでした。
そんなミトシャに優しい声がかけられました。
「ミトシャ。よく帰ってきました」
ようやく目を開いたミトシャは声の主の方を見上げます。けれどもその顔はさらにまぶしく光っていて、見ることができません。でも、ミトシャはすぐにその方が神様だと分かったので、ひざまずき礼拝をしました。
「ミトシャ、よい仕事はできましたか?」
ミトシャは顔を上げます。昔は神様のお顔を見ることができましたが、罪を犯してからは見ることができなくなってしまっているのでした。でも、ぼんやりとお顔があることは分かるようになってきました。それでも、眩しいですから、ミトシャは顔を下げたまま答えます。
「神様。お名前を賛美します。神様の導きによってたくさんの植物に会うことができました」
「誰かを連れては来なかったのかい?」
ミトシャは、また深く頭を下げます。
「誰も一緒に来てくれませんでした」
「そうか。でも話はできただろう。聞かせてくれるかい?」
ミトシャは目をつぶったまま顔をあげ、この一年の間に出会った植物のことを話し始めました。
「最初に出会ったのはウスベニアオイでした。今は、こんな姿をしています」
ミトシャは自慢のカメラで写したポートレートを神様に順番に見せるのでした。
ひとりひとりのエピソードを聞いて、神様はなんだか愉快そうにしているな、とミトシャは感じました。けれど、誰ひとりも帰ってこないことを知って寂しそうな顔をしたように思いました。
「みんな、まだ神様にお会いできないそうです」
「それでは、ミトシャ。お前はわたしのそばにいるのは嫌かい?」
ミトシャはぐっと首を伸ばしました。
「私は悪いことをしたので罰を受けています」
「植物採集も、その罰だと考えているのだね」
ミトシャは小さくうなずきました。
ああ、とミトシャは、今すぐ神様に飛びつきたい気持ちになりました。エデンガーデンにいた頃には何も考えずにそういうことができていたのです。しかし、知恵の実に触れてしまったミトシャには、それがとても恐れ多いことだと思うようになりました。
「ミトシャ。わたしを恐れることはよいことです。でも飛びついてもよいのですよ。お前の罪はすでにわたしがその罰を代わりに受けているのだから」
そう言って神様は両手をミトシャの前に差し出しました。
その手は傷だらけで、真ん中には深い深い傷が残っています。ミトシャは神様がそんな傷を負っているなんて知らなかったのでびっくりしてしまいました。
「その傷はどうなさったのですか?」
「ミトシャ。お前はわたしのことを愛していますか?」
「はい。もちろんです」
ミトシャはすぐに答えました。
「お前は罪を犯しました。それゆえ、この傷を持つわたしに会うことができました」
「以前の神様とは違う方なのですか?」
「ミトシャ。神はひとりです。お前の元々知っている神は父なる神で今も生きています。そして聖霊なる神は、これからお前と一緒にいるでしょう。それとこのわたし。そのどれもが同じ神なのです」
ミトシャははてな? というぽかんとした顔をしました。神様は三人いるのにひとりなのです。
「ミトシャ。お前もセト、ラト、レトの三人でひとりではないか。もちろん、それとは大きく違ってはいるのだが」
神様の顔が笑うように輝きました。
「ミトシャ。お前の罪はわたしが代わりに罰を受けています。しかし、お前の頭の上には、まだたきぎがくすぶっています。そのたきぎがすっかりなくなるまでは、エデンガーデンにいることは許されません」
ミトシャはそう聞いて、がっかりして肩を落としました。
「しかし、そのたきぎが燃え尽きるのはそう遠くありません。だからミトシャ、その間に、もっと多くの植物に出会いなさい。そして、ひとりでも多くわたしが許していることを伝えなさい。いつでもエデンガーデンに、神の元に立ち返ることを伝えなさい」
ミトシャは神様のことをもう一度見上げました。お顔は輝いて見ることは叶いませんでしたが、その頭にイバラの冠が乗せられているのが見えました。イバラはエデンガーデンに帰ってきていたのです。
「神様。分かりました。私、神様のお使いをすること、好きです」
「ありがとう。ミトシャ。では、また世界に散らばっている植物たちのことを探してきなさい」
神様は、その傷だらけの手のひらでミトシャの三つの頭を、それぞれ撫でました。するとミトシャの心に、また旅に出る気持ちがぐんぐん湧いてくるのでした。体中に力がみなぎるのでした。
エデンガーデンは常春の園です。そこには、ミトシャが出会ったことのない植物たちが楽しそうに笑っています。だから、とミトシャは思います。この輪の中に外に出た植物たちを呼び戻してあげたい。常夜の世界も美しいけれど、やっぱりエデンガーデンが最高のパラダイスです。
また新たな一年を頑張るために、狭い門をくぐり抜け、ミトシャはエデンガーデンからぴょんぴょんと駆け出してゆきます。
ミトシャの植物採集 第12話 おわり
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ミトシャの植物採集、お楽しみいただけましたか?
エデンガーデンにたどり着き、一年の冒険を終えたミトシャです。たくさんの植物に出会って、ミトシャはまた大きく成長しました。そして、もうミトシャは新しい旅へと出発しています! みなさんにお届けする物語は、一旦ここで終了となりますが、また、きっとお目にかかれる日がくると信じています!
一年間の長旅へのお付き合い、本当にありがとうございました。
また、この場所でお会いしましょう!
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