【ミトシャの植物採集】 第6話 アネモネ
作:石川葉 絵:茅野カヤ
ミトシャは色とりどりのドレスが風に吹かれているのを見ました。
小夜色の空の下でも、それは、とても色鮮やかに見えました。
ミトシャはドレスが提げられている方へ向かって歩いてゆきます。
風に吹かれるドレスの下では、これまた色とりどりの花の姿をした植物たちが、かしましくおしゃべりをしています。
「誰か来たよ〜」
そのうちのひとりが、大きな声をあげます。
花たちはいっせいにミトシャの方に向きました。
また別のひとりがミトシャを指差して言います。
「三つ首の兎なんて初めて見た! かわいい!」
たちまちミトシャは花の姿たちに囲まれました。
ミトシャは軽く咳払いをして(実は注目されて、ちょっと緊張していたのです)しゃべります。
「わたしはミトシャです。神様のお使いで、エデンガーデンから出ていった人を探しています。あなた方はエデンガーデンに住んでいましたか?」
「あらあ、わたしたちを知らないの?」
「ソロモンの栄華よりもまさっていると言われた花よ」
「明日は炉に放り込まれるゆりよ」
(クスクス)
「あなた方はゆりですか」
「ううん、違う。わたしたちはアネモネ」
アネモネたちは一斉にお辞儀をしました。今までばらばらにしゃべっていたのに、お辞儀はぴったりと揃っています。
そして顔をあげると、はじけるように笑い出すのでした。
「アネモネさんたちは、エデンガーデンで何をしていたのですか?」
「わたしたちのおばあちゃんね、エデンガーデンにいたのは。わたしたちは、もうこの薄暗がりの世界にしか住んだことはないわ。でも、常昼の世界だというエデンガーデンには憧れるわ」
「わたしたちの作るドレスも、さぞかし映えるでしょうね」
「わたしたちはお針子よ。みんなが着るドレスを仕立てているの。ほら、もうすぐ常夜の収穫祭でしょ」
「今年の収穫祭にはユニコーンバレエ団が招待されているって」
「えっ、そうなの! ぜったい観たい!」
「わたしたちは、その収穫祭に出かける人たちのドレスを仕立てているってわけ」
「あなたも収穫祭にゆくでしょう?」
ミトシャはその収穫祭のことを知りませんでしたから、お互いの顔を見合わせました。
「きっとエデンガーデンを出ていった人たちもたくさん集まると思うよ」
それを聞くと、ミトシャはすぐに収穫祭にゆくことを決めました。
「収穫祭にゆくなら、あなたもドレスを着なくちゃ」
「えー、三つ首のドレスなんて仕立てられる?」
「大丈夫。体はひとりだから襟ぐりだけ気をつければなんとかなるでしょ」
「帽子も、そんな探険帽じゃだめよ」
そして、あれよあれよという間に、ミトシャは体を採寸されているのでした。
テキパキとアネモネたちは作業を行います。デザイン画を描くもの。それをもとに型紙を作るもの。それから布を切り出しパーツを作るもの。帽子を作るもの。その手際の早いこと早いこと。あっという間に仮縫いのドレスが仕上がりました。
アネモネたちは、近くの湖に連れてゆきます。風もなく穏やかな湖面にミトシャの姿が映り込みます。その姿を見て、ミトシャはうっとりとして、とてもいい気分になりました。
「うん、とっても素敵だわ」
「ドレスも帽子も似合ってる」
ミトシャはおしゃれをするのが大好きです。こんなに心が高鳴ったのはいつ以来でしょう。
ドレスの裾を広げるように、くるっと回ってみせました。
写真に収めたいなあ、と思って、はた、と自分の仕事を思い出しました。慌ててカメラを撮りに戻り、そのあとは、アネモネたちに1列に並んでもらいました。
「はい、チーズ!」
笑顔が、みんな素敵です。
「あなたのドレス姿も撮ってあげるわ。三つ首兎さん」
ミトシャの持っているカメラはなかなか難しい使い方なので、少し心配になりました。
アネモネがカメラを構えます。
「はい、チーズ! ……あれ? シャッターが切れないなあ」
そのあと、ガシャンガシャンガシャンと聞いたことのない音が続きました。ミトシャは慌ててカメラを取り戻します。
ミトシャがシャッターを切ると、カシャン、と小気味よい音が響きました。みんな、それで、ちょっとほっとしました。
とにかく今、撮影した写真は残さなくてはなりません。うまく現像できているでしょうか?
「では、今度は収穫祭でお会いしましょう」
仮縫いのドレスを預けて、ミトシャはアネモネたちにいったん、別れを告げました。ドレスのことで、心は浮き立ちますが、カメラのことを考えるととても心配になってきます。
神様以外で、誰がこのカメラを修理してくれるかなあ。
ミトシャの植物採集植物採集 第6話 おわり
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ミトシャの植物採集プラントハント、お楽しみいただけましたか?
さて、小夜色の世界でのアネモネはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。
聖書でイエス様が言う「野のゆり」はアネモネのことだと言われています。清楚なイメージのある百合とは違って、色とりどりのアネモネがもったりと風に揺れる様子を思い浮かべると、また別の印象を受けると思います。聖書の世界が、もっとずっとカラフルな世界に感じられるのではないでしょうか。
アネモネには、人にとって特別な薬としての効用は特にありませんが、目を喜ばせることは間違いありません。
たとえば、今日、アネモネの花を一輪、お花屋さんで買ってくるのはどうでしょう? あのソロモンよりも着飾っている花というものをじっくり観察してみるのは、なんだか遠く不思議な気分になるかもしれません。
次回の『ミトシャの植物採集植物採集』は
トケイソウ
お楽しみに!
それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。