【ミトシャの植物採集】 第7話 トケイソウ
作:石川葉 絵:茅野カヤ
今宵、小夜色の世界では「常夜の収穫祭」が行われています。昼夜まる一日をかけて一年の実りをお祝いする、大きなお祭りです。
小夜色の世界は太陽が薄暗いため、あまり植物が育たないような気がしますが、この世界の植物は立派な体を持ち動き回るので、実や種がぐんぐん育ちます。それで、みなさんが思うよりもたくさんの実りを収穫することができます。
「常夜の収穫祭」には、たくさんの植物が集まると聞いていたものですから、ミトシャももちろん参加しています。アネモネにもらったドレスを纏って、さぞかし楽しそうにしているだろうと思ったら、どうしたのでしょう、暗い顔をして、俯いて歩いています。せっかっくの素敵なドレス姿なのに、もったいない!
ミトシャにいったい何が起きたのでしょうか? 実は、神様のお使いのための大事なカメラが壊れてしまったのです。かろうじてアネモネの写真は撮れていましたが、アネモネに手渡した後の写真にはなにひとつ写っていませんでした。ミトシャは三羽とも声をあげて、わんわんと泣きました。ほんのりピンク色だったお目目が真っ赤になりました。
ですから、こんなにたくさんの植物たちがいるのに、神様のお使いをすることができなくて、ミトシャは落ち込んでいるのでした。
とぼとぼと歩いているミトシャの後ろから声がかかりました。
「やあ、ミトシャじゃないか! とっても素敵なドレスだね」
声をかけたのは、アザミたちでした。いつもの衣装ですが、蝶ネクタイを締めています。
「こんにちは」
ミトシャは、ゆっくりとお辞儀をしました。
「あれ? せっかくおめかしもして、お祭りだというのになんだか元気がないね」
ミトシャは三つの顔のお互いを見つめてから言いました。
「カメラが壊れてしまったんだ」
「へえ、それは大変だ!」
アザミは、あんまり大変そうではなく言いました。
「でもそれなら、屋台広場の端っこに出店している『トケイヤ』に行くといいよ。機械の修理ならなんでもしてくれるよ」
ミトシャの六つの耳がピンと立ち上がりました。
「ありがとう!」
とアザミに声をかけるとビュンと駆け出しました。早くはやく直してほしい。ミトシャの頭の中はカメラのことでいっぱいです。
アザミに教えられた屋台広場は、隙間なく並んだたくさんの食べ物の屋台とたくさんの植物たちでごった返していました。ミトシャは頭をつっかえつっかえしながら、ようやく広場のはじの方までやってきました。その辺りは人通りも少なくなっていました。屋台も食べ物ではなく、日用品を売るお店や、なんだか気味の悪い干物をぶら下げているお店が並んでいます。さらに進むと、チクタク、という音が聞こえてきました。
その屋台には、たくさんの時計が飾られていて、その時間はみんな違う時間を指していました。
ミトシャは、奥の方にうずくまっている人影に声をかけました。
「あの! トケイヤさんですか?」
「いかにも」
長いお髭を生やした植物が現れました。
「あの! このカメラ、修理できますか?」
ミトシャはトケイヤの主人にカメラを手渡しました。
トケイヤの主人は、丸い片方だけの眼鏡をかけて、カメラをしげしげと見つめました。そして、慎重な手つきで、フィルムケースの部分を開けたり、覗いてみたりしました。
「直せるよ」
「やったあ!」
ミトシャは思わずバンザイをしました。
「しばらくかかるから、お祭りを楽しんできなさい」
ミトシャはトケイヤの主人にうながされるまま、お祭りに繰り出しました。真っ先に向かったのは野外円形劇場です。そこではユニコーンバレエ団がバレエの舞台を演じるのです。
ミトシャは六つの目で舞台を見つめました。
「いた!」
優雅なアラベスクを見せてくれた、あのアニスがパパドゥを決めています。どうやら白鳥の一羽になって羽ばたいているようです。
「すごい! オーディションに受かったんだね」
「素敵なステップ!」
「ブラボー!」
ミトシャはユニコーンバレエ団のバレエを堪能しました。カメラのないことが、本当に残念なことでしたけれども。
演目が終わり、ミトシャはすぐにトケイヤの屋台に向かいました。そこにはミトシャのカメラが置かれていました。
「金具がひとつ外れていたのじゃ。無理に動かさなかったから、そこだけの交換ですんだ。よかったの。モルト(光の漏れを防ぐための素材)が少しこぼれていたから、それを張り替えておいたよ」
ミトシャはすぐにフィルムを入れて、シャッターを巻きました。
シャッターボタンを押すと、カシャン、と小気味のよい音が響きました。ミトシャはほっとしました。フィルムを巻き上げて、現像するまではまだ分かりませんが、機械自体は直っているようです。
「こんな立派なカメラ、いったいなにに使うんだい?」
トケイヤの主人がミトシャに尋ねます。
「わたしは、神様のお使いでエデンガーデンから出て行った人たちを追いかけているのです。元気な姿を神様にお伝えするために写真を撮っているのです。
トケイヤの主人は、「ほお」と目を丸くしました。「それは、とっても大事な仕事じゃないか」
「そうなんです! だからカメラが直ってとっても嬉しい! トケイヤさん、ありがとうございます。お代はいくらですか?」
「いらないよ」
ちゃんと修理をしてもらって、お代がいらないなんてことがあるはずはありません。ミトシャは、互いの顔を見やった後で、言いました。
「それは困ります」
「神様の仕事をしているのに、そんな大事な人からお金をもらうわけにはいかない」
「そんなのダメです!」
ミトシャとトケイヤの主人は押し問答になりました。
「わしが、エデンガーデンにいたころは」
トケイヤの主人が話しはじめました。
「エデンガーデンに時などなく、永遠を満喫し、本当に楽しかった。でも、外に追い出された人というものが、永遠を追い出されて時間に追われているというのを聞いて、助けたくなって出てきたのだ」
「ご主人はどなたなのですか?」
「わしはトケイソウ。刻まれた時を表すのが仕事じゃ。小夜色の世界では太陽が見えにくいから時計が必要なんじゃ。わしは、時を伝えることで神様に養ってもらっている。機械いじりも好きだから、こんな仕事をしている。その分をほんの少し、お返しするだけじゃ。ミトシャといったかな。あなたはしっかりと神様のお仕事をこなしなさい」
トケイソウは頑としてお金を受け取りません。ミトシャは深々とお辞儀をしました。
「では、あなたの様子を神様にお伝えしたいので、写真を撮らせてください!」
トケイソウを写した写真は綺麗にプリントができました。
そのあと、アネモネの一団にも会いましたが、お互いのドレス姿を褒めあって、カメラのことには、なんにも触れずにすむことができました。
ミトシャは、修理のお代をタダにしてもらうのが申し訳なかったので、屋台に並んでいた、古い懐中時計をひとつ買いました。トケイヤのご主人の顔になんとなく似ています。
ふとした時に手に取って、時の流れを見つめます。チクタクと陽気な音を刻んでいます。
ミトシャの植物採集 第7話 おわり
***
ミトシャの植物採集、お楽しみいただけましたか?
さて、小夜色の世界でのトケイソウはあのような姿をしていましたが、わたしたちの住む世界ではどんな姿をしているのでしょう。
お庭の生垣に這わせているのをよく見かけます。開いた花を覗き込んでみれば、なんだか本当に不思議な気持ちになります。こんな植物が存在するというのは、とても神秘的ですね。
パッションフルーツという果物の名前を聞いたことがあるかもしれません。それはクダモノトケイソウの実のことです。ここでいうパッションとは「受難」という意味で、上にも引用しましたが、イエス様の十字架での苦しみ、ということです。花を見たり、実を食べたりする機会があったら、そのことも少し思い出してみてくださいね。
手元にあった写真も載せておきますね。どうです? チクタクと音がするようですか?
次回の『ミトシャの植物採集』は
ヒイラギ
お楽しみに!
それでは、また小夜色の世界でお会いしましょう。