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旅立ついぬが、教えてくれた

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いぬ。ケンタ。13歳。名付け親は母さん。

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元気で2時間も散歩していたけれど、なんとなく予感はしていた。ずっと前からどこかで覚悟はしていた。彼には心臓の病気が出ていたし、これ以上薬を飲んでつらそうなのも、いやだった。
15日はオンラインの用事と仕事が立て続けに入ってた。彼はいつも私が出かけることを悟ると、離れて遠くからじっと帰りを待つ体制になる。身支度を整えると離れていくので、今日は家だよと声をかけると、つかず離れずのところで同じ部屋にいた。席をたつと、一緒に寝ようご飯食べようと誘ってくる。しかしその日はほんとに慌ただしくて、昼に二度目の散歩に連れていけなかった。めずらしく彼がおしっこをもらした。そしてまた、夕方にもおしっこをもらした。二度ももらすことは今までなかった。息切れが増している様子があった。ご飯を上げるといつもより少なめだが食べる。病院に行くか迷った。一緒に寝たが、寝ても落ち着かないという感じがあった。かかりつけ病院に電話するともう閉まっており、昨年いちど「散歩中に骨拾って食べちゃった後、ゲホゲホしているかも」事件で一泊入院したことのある24時間救急に、オンラインの用事を一つキャンセルして行った。

その時はいつもより元気が無くても自分でてくてく歩いてた。肺にすこし影があるので肺炎かもしれない。一泊様子を見ましょうということになった。その時、延命治療についての意思確認もあった。心肺蘇生等どうするか。そこまでしなくていいとNoとした。でも、病室に連れていかれて別れた時に、私を追うケンタと目があって、もう会えないのではと感じ、ここで離れてしまったことを後悔した。

ふだん、夜中は電話が鳴らないようにしているが、その夜は鳴るようにして寝た。午前3時半に電話がかかってきた。酸素を入れても改善しない。会いに来てください。

取るものとりあえず行くと、宇宙服のようにビニールのキャップを顔にかぶっているケンタが、はっはっはっはっと息を荒くしていた。しかしその表情はなんともいえない、赤ちゃんのような無垢さがあった。お互い目を合わせてしばらくいた。ケンタのことが大好きだよと念じた。声がでなかった。

息が苦しくて横になれないので、検査もできない状態だという。
急変するまでは、外に出たいとねだるなど元気にしていたと。

連絡を受けてから家族と相談して、挿管、つまり人工呼吸器をつけるという判断をしていた。動物病院からは、その措置をすると1日20万円かかりますと何度も念押しされた。

短い再会のあと、彼には麻酔が施され、へなへなと眠っていき、口に酸素の管が入れられた。

このような進行が速い状態は普通の肺炎ではない、おそらくARDS(急性呼吸促迫症候群)で、予後が悪いと説明を受けた。蘇生の確率は1%。また1日20万かかると念押しされ、いつまで続けるかご相談といわれる。

病室に泊まりますかといわれる。もうそういう状態ということだ。

翌16日は朝から仕事があった。もともと早くに出なくてはならなくて、ケンタの散歩の時間の工面をどうしたらいいかなと思っていた日だった。また来ると約束して、診察室を出て、ほとんど寝ずに仕事に行った。
携帯が鳴るのも怖い。
朝には動物病院に電話して、昨日食べさせた鶏肉がつかえてるとかないですかね、と医師に尋ねた。それが心配でしょうがなかった。鶏肉はケンタくんも嬉しかったと思いますよとフォローしつつ、そんなレベルの話じゃねえということがしみじみわかった。
その日の仕事は業務上の拘束が強く、電話かけるのも出るのも難しく、とにかくその場に時間いっぱいいないとならない。いや、絶対そうではならないなんてことはないのだ、なんでも投げ出そうと思えばできるのだ。でも仕事人としてどうしたらいいのだ。
その仕事後にもアポイントがあったが、家族急病を理由にこちらからキャンセルさせてもらった。とにかくこれを終えたら病院に行くのだ。

「昼休み」には、昼食もとらず、高層ビルの階段をぐるぐる下りて、ARDSだけでなく、イヌ 死なないで とか、イヌ 死んだらどうなるの ペットロスとかもうわけわからん検索をしてともかく記事を読んだ。

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そうこうしているうちに、仕事の手が空いた15時半に

さっきまで動いていたノートパソコンが起動しなくなって

壊れた。

ケンタが呼んでいると思った。

家で仕事ばかりしていると、ケンタは有線マウス時代には、マウスコードを引っ張って、ワンと吠えていたのだ。通称マウスアタック。

ノートパソコンが壊れたことを理由に30分早く「早退」。病院に向かった。家族に連絡したら、家族も買ったばかりのWEBカメラが壊れて仕事にならないというじゃないか。

再会したケンタは、機械に囲まれていた。大きなオペ室の中央のベッドにうつぶせでチューブだらけになり、人工呼吸器から送りだされる酸素の圧で、規則的に激しく大きく腹を波打たせていた。

看護師さんから言われる。ケンタ君、聞こえてますから声をかけてあげてください。

ケンタ!!

つぶっている瞼の眼球が動くのがわかった。
彼がわかっているのが、わかった。
私が来てから彼の酸素濃度が80台から90台に上がった。
大重病人の体制だが、ケンタの身体はいつもと同じ温かさだった。

医師から数値的にはもう死んでもおかしいというか、もう死んでる数字なのに、ケンタ君すごい頑張っています。と説明を受ける。でも、それは今の数字であって、改善することはありません。

そしてこの措置をいつまで続けるかという「ご相談」の選択肢は3つだ。
①延命治療を続ける
②延命治療をやめ安楽死させる
③延命治療をやめ亡くなるのを待つ。
医師も言う。何が正解か、私たちもわからない。すぐに判断できないと思うが、決断してください。

家族を待つという名目で約3時間、ピッピッピッピと機械に囲まれるケンタの隣で、ずっとケンタの状態を見ている新人看護師さんと、ケンタの思い出話や、いろいろな話をした。

夜勤スタッフとの入れ替えに合わせて、ケンタから離れて診察室に下りるように言われ、そのタイミングで家族も来た。2時間くださいとお願いし、話し合った。

わたしは、どうしても安楽死はさせたくなかった。
安楽死をさせてしまってから自責の念にかられ苦しんでいる依頼者さんを知っていたからだ。いま、ケンタは生きていて、反応しているのだ。しかしそれは、人工的に「生かされている」。たぶん病院に来なければ、もうすでに亡くなっていたはずだ。人工的に生かした上に、人工的に殺すのか。
しかし、人工呼吸器を外したら、ケンタは呼吸ができない。どれだけ苦しい時間を味わって亡くなることになるのか。
人工呼吸器をつけている限り、ケンタは無理に生かされる。ずっと一緒にいられるならともかく、明日も、仕事だ離れないとならない。もう一人ぼっちにしてがんばらせられない。

あの病室の中では、ケンタに死んでほしくないと思った。看護師さんと話しているときも、もううちに返してあげたいと思った。こんな殺風景なところで亡くなってほしくない。人間のほうの亡くなる間際に家に帰してあげたいという家族の希望に強く共感した。

ケンタは外の風が好きだ。
せめて。
なんとか苦痛が無い状態で、人工呼吸器を外し、外の風に当ててあげたい。

決断した。

医師はそれを受け入れ、繋がれている管を次々外していった。
機械からピーという音がする。

ケンタに散歩に行くよ!!と声をかけた。

ぐったりしているケンタを抱いて、病院の外に出た。

都会の路上。ケンタの好きな緑はほとんどないけれど。

ケンタに声をかけて歩いた。ほんの数分だ。

麻酔から覚めたケンタが一瞬目を開けた、そして目が合った。グウウと言ってよりそってくれた。ように感じた。


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ケンタ。親ばかかもしれないけども、多くの人にかわいいねえ、いい子だねえと声をかけられる、幸せを振りまく「持ってる」イヌでしたね。
父さんは亡くなる当日の朝までケンタと散歩してた。そして夜かけつけた私と、何事もなかったように楽しそうに歩いたねあんた。
母さんが転んで、うちに居候することになって行ったり来たりあったが約3年。ほんとに私がきつい時に、夜なべ仕事もずっと一緒に付き合ってくれたね。私を毎日散歩に連れ出して、太陽と緑と風の美しさを教えてくれたね。
2度の里帰り、君はびっくりするくらい歩いたね。隣のおばちゃんにもなでられたね。
いつもなでくりまわしてくれた新聞配達のおじさん、なかなか会えないのに、入院する15日の朝に会ったね。なでてもらって、あんた「ぐう」と言ったね。
大好きな動物病院も2週間前に行って、予約時間間違えて2回行って、雨が降ってきて傘をかしてくれた先生と長く話したね。
先週の日曜にはトリミングに行って、多くのワンコといっしょにいて、すごい楽しそうだったね。
最近、散歩のコースが多彩でやたらと長く歩いていたね。

君は100日後に死ぬワニか。

父さん死後、何事もないように元気だったのも
再会した母さんに塩対応したのも、
そういうことなのか。

いまの私の生活の変化も、あなたは見ていたよね。

あなたは
自分の最期の時も
治療と死について調べ考える時間をくれて
思い出話の時間をくれて
延命治療とはこういうことだと身をもって教え
しっかり別れられるように体をはってくれたんだね。
すごいがんばってくれたんだね。
どれか一つでも欠けていたら、
私は悲嘆でもっと大変なことになっていた。


あなたは生き切った。


ほんとうに、たくさんのことを教えてくれてありがとう。
無条件に一緒にいて温もりをくれたあなたが、
ここにいないのは、ほんとうにさびしい。
でも、あなたはもう自由だ。


最近あなたの夢を見ていたことを思い出したよ。
坂道をすごい軽快に走って登って行くんだ、
わたしのほうが追い付いていけないんだよ。


行ってらっしゃいケンタ。


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ほんとうに、ありがとう。

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