最期に過ごす場所は自分で選びたい S様
Sさんは 80歳の男性。定年退職後、地域の自治会の会長を長年務め、私たちの社会福祉法人の理事も長年して下さっていました。
77歳の時に、胆管癌を発症し、転移もあり、緩和治療を受けておられました。
余命わずかと医師に告げられた時、最期の時を千鶴園で過ごしたいと希望され入居されました。
Sさんの人柄・家族のこと
Sさんは「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の言葉がぴったりの方でした。謙虚でいて、いつも丁寧で、優しく、真面目で、施設で働く職員のことをいつも心配し見守って下さっていました。
定期的に行われる、施設の運営推進会議には、必ず参加して下さり、私たちの活動や困りごとを熱心に聞いて、解決策を一緒に考えたり、今までの仕事で培った知識と統計学を駆使して、施設の事故対策などのアドバイスもしてくれました。
施設においての看取りに対する取り組みも、熱心に聞かれ、理解して下さっていました。
ご家族は奥さんと奥さんのお母さま(100歳)、息子さん二人は独立して少し離れたところで生活されていました。
病気の発覚と経過、余命宣告
体調不良で病院受診した時、すぐに病名がわからず、色々と検査や治療を繰り返していましたが、病名がわかった時には時すでに遅し、余命宣告を受けることになったのです。
その時のSさんの本当の心の内は、よくわかりませんが、冷静なままのSさんだったそうです。
症状が落ち着き退院しても、その度に貧血を起こし倒れ、救急搬送されること数回・・・入退院を繰り返していました。
3月・・・自宅退院が難しくなり、いよいよ地元の有床診療所での緩和治療が開始となりました。
Sさんの希望、最期の場所
担当の医師にSさんは言いました。
「特養の千鶴園に入りたい。開設当初から関わっている施設です。自宅からとても近いし、あそこのスタッフなら、きちんと看取りをしてくれるら。」と・・・
施設看護師は担当医としっかり打ち合わせを行い、診療所の看護師とも連絡を取り合いました。不安もありながら奥さんも同意されました。
そして、担当医も快諾して下さり、4月中旬退院後そのまま入居となりました。ご入居の前に一度ご自宅の前を通り、きれいに咲いている藤の花を見てから施設にいらっしゃいました。
入居からの様子
看取りの為に入居されたSさんに、少しでも楽に穏やかに過ごしていただけるために、スタッフみんなでいろいろ考えました。
体調・・・医療用麻薬の貼り薬で、痛みのコントロールが出来ていましたが、急な痛みの出現に備えて、医師からは屯用の痛み止めも処方してもらい看護師が管理していました。
時々ある吐き気も、薬の使用で治まっていました。
要介護4・・・自分の力では寝返りも難しく、背中やお尻が痛くなるので、定期的に体の向きを変えます。安楽な体勢を作るために、クッションなどで工夫します。
おむつをしていましたが、お下のただれがあったため、きれいに洗って薬を付けることを統一しました。
環境・・・コロナ渦真っ只中でしたが、ご家族はいつでも会えるように、非常口からの出入りをフリーにしました。
奥さんはいつも、庭に咲いている自宅の花を持ってきて、枕もとに飾ってくれました。
音はあまり好まず、テレビも音楽も付けず静かな空間を好んでいました。
食事は・・・定時の施設の食事はあまり進まず、奥様の差し入れのおかずやロールケーキなどを少しずつ召し上がってました。
奥さんの様子
Sさんが入居されてから、奥さんはこんな事を話してくださいました。
「お父さん、入院中はいつも表情が険しくて、見ていて辛かった・・・でもここに来てから、表情が柔らかく優しくなって安心した。本来のお父さんに戻った感じ・・・」それを聞いてスタッフも安心しました。
奥さん自身の体調も優れなかったのですが、毎日手作りのおかずや、庭で咲いた花を持って、頻回に来園され、食事の介助もされていました。
できるだけ、本人の前では泣かないようにしていたようで、奥さんが帰る時声をかけると、スタッフには涙を流しながら、大切な人を亡くすという苦しさを、辛さを話してくださいました。
それと同時に、お二人のほっこりとする思い出話も・・・・
この時間、これが大切・・・
奥さんに、私たちスタッフができること・・・
奥さんは心の内を表出して、気持ちをリセットして帰宅するのでした。
Sさんの好きな物
山梨県出身のSさんは「甲州ワイン」が好きでした。友人の差し入れのワインを毎日少しずつ飲むのでした。甘いものも大好きでした。
Sさんの告白
昔から、ご家族で集まった時、Sさんはいつも「チョコレートケーキ」を召し上がっていました。家族は皆「お父さんはチョコレートケーキが好き」だと思い込んでいました。
ところが、亡くなる2日前、Sさんは奥さんに告白しました。
「実は、本当は、イチゴのショートケーキが好きなんだ・・・でも、いつも、チョコレートケーキが余るから最後に余ったチョコレートケーキを食べていたんだ・・・」
いかにも・・・
いかにも・・・Sさんらしいです。
奥さんは、びっくり・・・
その話を奥さんから聞いたスタッフは、すぐにイチゴのショートケーキを買いに行きました。亡くなる前日のことでした。
亡くなる前日~当日
奥さんからケーキの話を聞いたことを、Sさんに言うと、とっても照れくさそうに笑い、その日、そのケーキを半分、ワインも少々飲まれ、それはそれは嬉しそうな表情をされたのでした。
息子さん二人も駆けつけてくれ、家族で穏やかな時間を過ごしていました。
うとうとすることが多かったのですが、意識もしっかりしており、息子さんにはいろいろと伝言をしていたと聞きました。
癌による痛みや、吐き気なども全く無く、落ち着いていました。
症状のコントロールさえできれば、十分、施設という生活の場で過ごすことができます。
次の日(人生卒業の日)昼前から息子さん二人と奥さんが傍にいて下さいました。そして、ご家族が見守る中・・・静かに呼吸が止まりました。
施設に入居されてから15日目でした。
最期までSさんらしく、優しく、穏やかに、眠るように旅立ちました。
ご自身の最期の場所を自らの意思で、千鶴園を選んで下さり、本当にありがとうございました。スタッフみんな、温かい感謝の気持ちでいっぱいになりました。