特養での看取り…Uさんの場合
Uさんは80歳の男性、独身で家族の無い方でした。隣の市には弟さんが居ましたが、そんなに付き合いは無かったようです。
長年一人暮らしをしていましたが、認知症を患ってから、数々の問題行動があった様子で精神科の病院に入院されていました。
精神科の生活相談員の方からの紹介で、当施設に入所することになりました。
出会った時の様子
精神科病院の、精神保健福祉士の方からお電話をいただきました。
「お看取りの時期です。病院ではもう、する事も無く、最期の時を過ごすために施設入所をお勧めしたい・・・弟さんも望んでおられます。」との事でした。
早速、ケアマネと看護師が病院へ面接に行きました。
車いすに座っているUさんは、痩せこけて、ぎょろっとした目は焦点が合わず、問いかけに返事も無く、生きる気力を全く感じない状態でした。
1日1本(500ml)の点滴をしているのみで、2か月以上何も食べていない状態でした。医師からは、|誤嚥性肺炎《ごえんせいはいえん》を繰り返すので、口からはもう食べられません…と言われてました。
退院の日
病院へUさんのお迎えに行きました。
Uさんは、以前会った時とは表情が違い、目がらんらんとしていました。
久しぶりに見る外の景色をしっかりと目に焼き付けているようでした。
なにか、自分から言いたげな表情・・・
残念ながら声は聞き取れない・・・でも
一緒に居る看護師の手に指で「にく・・・やきにく・・・」と書いたのです。
「肉が食べたいの?」
大きく頷くUさん・・・
ご本人に意思があり、それを伝えることができるなんて・・・
その時まで、だれも想像できませんでした。
身体はぐったりとしていましたが、表情は確かによみがえってるように見えました。
入居されてからの日々
お身体の様子を見ていると、Uさんにはもう残されている時間は少ないと感じました。
しかし、
Uさんは、何か食べたくて食べたくて仕方なかったのです。
日々「にく、すきやき・・・」「あんぱん」「あめ」と訴えてきました。
ところが、2か月以上飲食していない状態、急には難しい・・・
まずは、口の中をきれいにすることから始めます。
口の周りのマッサージや、安全に飲み込むことができる体勢作り、
誤嚥を防ぐためとろみのついた飲み物、おもゆから始めます。
でも、本人は一番「肉」が食べたい
高齢者のための嚥下食「あいーと」も何種類か取り寄せました。
口の機能や、呑み込みの機能を確認し、一口「すき焼き」を食べました。
おおきく頷き、満足気な表情・・・
たくさんは食べられないけれど、その一口はUさんにとって、生きる希望となっているように感じました。
こちらの問いかけにUさんは、はっきりと「YES」「NO」と答えてくれました。
施設入所の手続きや、お金の管理は、隣の市に住む弟さんがしてくれましたが、それまであまり付き合いの無かった兄弟ですから、Uさんがどんな仕事をしていたとか、どんな生活をしていたのか、あまり情報がわからない状態でした。
ただ、温泉が好きだった、
すき焼きが好きだった。
という情報を聞くことが出来ました。
痩せこけて、手足の関節は曲がってしまい、まっすぐに寝る事が出来ないUさんの身体・・・少しでも安楽に過ごせるように工夫をします。
エアの入ったマット、体の向きを定期的に変更して床ずれを予防する、
自分の身体を自分で思うように動かせないのはどんなに辛いことだろう・・・心配して、想像して、よりよい状態に整えて維持する事。
日々の生活の支援は、これに限るのです。
「整えて・維持する事」
その中で、本人の生きる意欲を最大限引き出し、「死ぬ」その時まで生ききるための支援をするのが、私たちの仕事「結いけあ」
入浴
久しぶりの入浴・・・
促すと大きく頷き、寝たまま入れる特殊浴槽での入浴を行います。
脱衣の時には、自ら上着や靴下と脱ごうとする動作も見られました。
「お風呂好きですか?」の質問に大きく頷くUさん。
手の届く範囲は、ご自身で洗うこともできました。
浴槽に浸かると、気持ちよさそうに、目をつむり、うとうとするのでした。
風呂上りは「水」と要求し少し飲みました。
食べたかったもの、食べられたもの
たくさん要求を聞き、可能な限り答えました。
「パン」「チョコレート」「アイスクリーム」「あめ」なども欲しがりました。
ただ、食べても吐き気が出て、身体が受け付けない時もありました。
「クリームシチュー」「やわらかビーフのトマトハヤシ」など、
いずれも、一口か二口でしたが・・
医師からも「食べたいもの、食べさせてあげて」との指示をもらい、吐き気止めの水薬を処方してもらっていました。
お別れの時
その日は、昼にクリームシチューを二口、白湯を30mlほど口にして穏やかな表情で寝ていました。
体調は良くありません、今にも命の灯が消えてしまいそうな状態です。
入浴をしたいか、本人に伺うと、力強く大きく頷き希望されました。
弟さんの許可ももらい、入浴介助を行います。看護師、介護士二人で。
入浴中、気持ち良いかの問いかけに頷かれていましたが、入浴終了と同時に最期大きく目を見開いて、介護士の腕の中で息を引き取りました。
施設に入居されて 一週間のお付き合いでした。
まさに「死ぬ」その瞬間まで「生ききった」お姿でした。
弟さんの言葉
「入院中は、可哀そうで見てられなかった。
最期少しの間でしたが、希望を聞いてもらいながら、皆さんに良くしてもらって、本当に幸せやったと思います。」と言って下さいました。
Uさん安らかにお休み下さい・・・