この前の場所(46)
秀からマヤに連絡がきたのは火曜日の夜だった。マヤは待つってこんなに永遠に感じるんだ。自分から連絡しようと思っていたところにちょうど連絡があった。先週、会ったばかりだから、連絡しないようにと我慢した。「今週末、土曜日にまた、この前の喫茶店で会えないかな?」マヤは一呼吸おいて「大丈夫行ける」と答えた。本当は電話で様子を聞きたかったけど、約束ができたというだけで浮き上がったので、短い会話で終わった。
マヤにとっても、秀にとっても長く感じる週が過ぎ、やっと土曜日が来た。喫茶店に着くと、秀はもう来ていた。お互いを見て、にっこりほほ笑むと向かい合わせに座った。秀はホットコーヒーだけ頼んでいた。マヤはどうするか、メニューをとってくれた。この前フルーツタルトとどっちにするか迷ったいちごのショートケーキと紅茶にした。こんなに落ち着く店なのに、裏通りを入ったわかりづらいところにあるからか、人は適度にしかいなかった。マヤは「このお店、前も思ったけど落ち着くね」と言った。カナコのことを聞きたかったが、何となく聞けなかった。店の人が来なくなると、秀が言った。「そういえば、ことしの春先に俺の大学でマヤそっくりの女の子を見かけたんだ!どこかで見た顔だなと思って、しばらくして事故に遭う前バイトしてた新聞社の子だと思った。でも、それにしては髪形もロングで全然違うし、目の下に泣きぼくろがあって違う子だなってわかった」というとマヤは「それは双子の妹のルイだよ」とさらっと言った。秀は「それ、俺が後遺症で忘れてたやつかな」と言った。「ううん、言ってなかっただけ」「一人っ子だと思ってた」と秀は言った。マヤには実は双子の妹がいたのだが、子どもがどうしてもできなかった伯母夫婦のために、生まれてすぐ妹を養子に出したのだ。大学に入学するとき、戸籍謄本をとってすべてが明らかになった。