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受験生満員エレベーターはずっとそこにいる

「もっと奥まで詰めて〜!もう一人入って!はい、じゃあ君達7階だからね」
温水さんを世知辛くしたような先生が、受験生をエレベーターに押し込んでいく。

2台のエレベーターを駆使して、時間内に全員を指定の教室に送り込まねばならない。ピリピリした空気。

***

中学三年生の冬、推薦入試を受けるため憧れの志望校に行った。個性と自由を謳った新しい学校。10階建てのハイテクな校舎。

オール5でも受からない、という噂がまことしやかに囁かれ、うちの中学からの受験者は私ひとりだった。もちろん私はオール5なんかじゃない。ただの無鉄砲。
周りの受験生たちもそれぞれ緊張した面持ちで孤立している。

順番が来て、エレベーターに押し込められた。
見知らぬ中学生同士10名ほど、重量オーバーのブザーがなるまでぎゅうぎゅうと。皆コートで着膨れていて身動きが取れない。見知らぬ男女で近すぎる!

多感な中学生である我々は下を向いたり、階数表示の光を見てやり過ごそうとしている。咳ひとつしにくい、シラーっとした空気。

***

でもほんの1分くらいの我慢。
俯いて目を閉じて、きたる面接のことを考える。



「あなたにとって尊敬する人は誰ですか?」って質問、してほしいなぁ。
「はいっ!武者小路実篤ですっ!」って言いたい。
そしてむしゃさんの素晴らしさを語りたい!

むしゃさんにこれだけ注目している女子中学生って私しかいないだろうから、めっちゃ個性をアピールできるじゃん。それで受験合格しつつ、面接官にむしゃさんの布教活動もできたら一石二鳥じゃん。
この質問が出たら絶対合格だぜ!

お馬鹿な中学生だった私は本気でそう思い、わくわくした。


「どちらかしか助けられない状況で、親と恋人のどちらを助けますか?」
って聞かれた時の対策もちゃんと考えてきたんだ〜。
どちらかを助ける理由をグダグダいうなんて、全然ダメ。ダサい。
「私が死にます!」
この一言で決まりだ。絶対合格!優勝!

お馬鹿な中学生だった私は絶対聞かれない質問を勝手に考え、その対策まで練っていた。

***

妄想世界で合格を繰り返していた私はふと我にかえった。

あれ?このエレベーター、動いていない!?
事故?故障?
一瞬パニックになったが、原因はもっと単純なものだった。

バレーボールで言うところの「お見合い」。
選手と選手の狭間に落ちてきたボールを、お互い譲り合って取らない現象。

行き先ボタンを押すであろう位置の二人がお見合いをしている。隙間からちらりと見るに、それぞれ違う学校の男子と女子。お互い自分の役割ではないと素知らぬふりをしている。
中学生はかくも多感で扱いにくい。

***

行き先を押されず、ドアが閉まったまま、満員のエレベーター。

え?これどうなるの?
ずっとこのまま?

行き先をボタンを誰か押してよ。(私は届かないから関係ない)
「押してください」って誰か言いなよ。(私は絶対言いたくない)

他の子も動かないエレベーターに気づいている。
でも、この空気の中、声をあげる人は現れない。

***

え、ひょっとしてこれがもう試験なのでは?
行き先ボタンの側にいる二人はサクラで、敢えてこの状況を作り出しているのでは?

ハイテクビルのエスカレーターだもの、隠しカメラがきっといっぱいある。我々の一挙手一投足は監視されている!
村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の始まりを思い出してワクワクしてきた。
さすがオール5でも入れない幻の学校、やることがハンパないぜ!

***

実はこの学校に向かう途中でも、試験がひとつあった。

自宅の最寄駅の券売機で切符を買う際、おばあさんに話しかけられたのだ。
白髪で腰が直角に曲がっていて杖をついていた。ザ・おばあさん。
「ザ」すぎて逆にレア。

「初めて電車に乗るもんでねぇ、券の買い方を教えてもらえないかねぇ?」
「ええ、いいですよ」
穏やかに応対して、券売機の説明をしながら、頭は別のことでフル回転。

いやいやいや〜出来過ぎでしょ、こんなおばあさん今どきいる?初電車って、さすがにさぁ。

絶対抜き打ち試験だ!すごい!
え、受験生一人につき、おばあさん一人必要じゃん。
さすが我が目指す幻の学校!おばあさんぐらい大量に用意できる。

とにかくおばあさんに愛想良く、爽やかに、スマートに、親切に!
私はうまいことやり遂げた。

「よいご旅行を!」
お別れする際にはこんな気の利いたセリフまで言えた。完璧!

おばあさんの切符はたった二駅分であったが。

***

そんなわけでこのエレベーターも抜き打ち試験であると、お馬鹿な中学生だった私は見破った。
今度は集団内での行動を見るわけか。うまく考えられているぜ。

「すみません、7階押してください」とさらっと嫌味なく言えた人が合格でしょ。
めっちゃ簡単な試験じゃん。

ああ、けれど、ここまでわかっているのに、なんでだろ、声が、出ない……。
知らない同年代の集団って本当に苦手。
男子もいるし、だって……。

全てをお見通しの中学生の私は、悲しいかな、やはり多感なお年頃だった。

あと3秒、誰も言わないなら私が言ってみよう。
3…2…1…。
…………。

あー、やっぱ無理、あと5秒……。

声を出すきっかけを掴めず無駄にカウントし続ける頭の片隅で、不安が段々ふくらむ。
これ、このまま誰も動かなかったらどうなるの?
面接に間に合わない?
受験生集団行方不明事件?


もう誰か、とっとと行き先ボタンを押してくれよっ!

***

結局2、3分のことだったのだろうか。
体感では長く感じたが、もっと短かったのかもしれない。

突然、扉が開いた。


「うわぁ!何してるんだ、君たちは!?」

先ほど我々をぎゅうぎゅう詰めにした先生が、驚いてのけぞりながら叫ぶ。

行き先ボタンを押されずに動かなかったエレベーターは、一階の呼び出しボタンによりドアを開けた。ただ、それだけ。
空っぽのエレベーターを想定していた先生は無言のぎゅうぎゅうエレベーターにさぞやびびっただろう。

でも先生、何をしてるんだって言われても……。
誰ひとり何もしなかった結果が、これです。

そして未だ誰も何も言わず……。

先生はぶつくさ言いながら内側の行き先ボタンで7階を押してくれた。至れり尽くせり。

***

結果発表!

私は推薦入試に落ちた。

やはりエレベーターで声をあげられなかったせいだろう。
おばあさんの方はうまくクリアできたのにな。

でも、めちゃくちゃ面白かったな。
同じエレベーターに乗っていた子達とあの時の気持ちを語り合いたい。
びびってたあの先生について話したい。


新しいやる気を胸に私は一般入試を受け、合格した。
幻の学校での高校生活は最高に楽しかった。

***

しかし同じエレベーターに乗っていた子を見つけることは出来なかった。
みんな落ちてしまったのだろうか。
誰も声をあげれなかったもんな。

「よいご旅行を!」っておばあさんに言えたから、私はおまけで受かったのかもしれない。

ボン・ヴォヤージュ!


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