(未完)Re:The Vaccination Superstition
-訳者前書き-
この引用のアニー・ライリー・ヘイルは、熱心な社会活動家なだけの20世紀の数学講師であり、医学専門家ではない。息子さんを医療事故で亡くしたことを機に医療不信に陥り、膨大に文献を調べた結果、反ワクチン主義者の手本にまでになり、遂には出版した著作が一部の「真の」医師から絶賛されるほどにまで登り詰めた方である。
2020年の冒頭に勃発した新型コロナ騒動は、多くの人々に同様の医療不信をもたらしたと思われる。ヘイルと同じように身内を抗癌治療で亡くし、一方で標準治療を拒否した身内は天寿を全うした経験から医学に疑問を抱き、10年の独自調査の果てに「What Really makes you ill?」という大著を騒動の直前に上梓し、時宜に適ったその内容が絶賛されたドーン・レスター、デビット・パーカーも、本中で先の本を参照している。そして、同じように「"正規"医療の信奉者と狂信者が貶めようと」しているのだ。
かくいう私は、西洋医学の"思想"が肌に合わず、漠然と違和感は抱いてはいたものの、そうした不慮の事故に巻き込まれたわけではない。騒動を機に全体主義の色濃き感染対策と、ワクチン一辺倒の不自然極まりない政府の戦略に違和感を抱き、多くがSARS-COV2に注目する中で一人歴史を遡って天然痘と種痘を調べた、少し健康について考えることが好きなだけの素人である。
こういうと、素人に何が分かるんだと一蹴されそうだが、ヘイルの言う通り事実を誰がもたらすかなど関係ない。必要なのは、この後紹介するマクファーデンの言う所の「偏見なく慎重に事実を分別する理性的な力」であり、本記事の主役であるホッジ博士の言う「日々の観察や経験との調和」である。この力は誰もが持つ力であるはずの一方、専門家とは特定分野に素人よりも時 間 を か け て携わってきた人物であること以上の意味を持たず、その力が発揮できているかは別問題である。その専門家が信用に値するか否かは、専門家であることそれ自体にあるのではなく、その人物が費やした時間をどのように使ってきたかである。
私が歴史を遡ったのは、流行りのウイルスに人々が怯え、救世主のようにワクチンの登場が待望される最中、人類が「予防」という曖昧な概念を如何に実証してきたのかが気になったからだ。ワクチン一辺倒となった「専門家」と言われる方々の説明がどうにも信用ならず、事実を確かめた方が早いと考えた。そして結果、それは何一つ実証などされていないことを確信した。更に、その歴史の中心には、常に果敢に専制に挑む反ワクチン主義者達の熱烈な活動があったのだと知った。感染症騒動が共同幻想となった今、歴史に学び、その狂気と愚かしさをより浮き彫りにし、現代の社会現象は歴史の鋳型であることを再確認することは意義あることだと思われる。
そこで、分量的にも、言及している話題の広さも、現代にも活かせる知恵がある内容である点などを網羅している著作として、20世紀初頭米国ホメオパシー医であるジョン・ホッジ博士が、2022年現在から丁度120年前の1902年に著した「The Vaccination Superstiton(ワクチン接種の迷信)」を現代に蘇らせることが最適だと考えた。問題に対して理性的に、誠実な姿勢で向き合う著者の方々を目の当たりにすれば、「ホメオパシー」の肩書を見るだけで中身を読むこともしない現代の差別的な"専門家"が如何に偏執的であるかが分かっていただけるだろうと思う。
残念ながら今となっては参照することが困難な資料の引用が多々あるが、可能な限りリンクを残しつつ、また時代や国の文化の違いにより解読が難しい箇所の為に解説を試みることにした。その結果、1902年当時からまた更に一線を画した内容となっていると思う。
本記事で主題として取り上げるのは、人類が撲滅に成功したとされる天然痘である。まず天然痘がどういう病気か、国立感染症研究所のホームページを参考に軽く振り返りたい。
●1663年米国で人口4万人のインディアン部落で数百人の生存者を残すのみとなった大流行、1770年インドで300万人の死亡、英国では総勢45,000人の死亡などの記録、日本でも明治に2-7万人の罹患数、死者5000~2万人の大流行が計6回発生
●紀元前から観測され、古くからその感染力・伝染力・罹患率・致命率の高い病として恐れられており、致死率は20~30%ともいわれる
●疾患からの回復後も痘の痕が全身に残り、著しく外見を損なうことから古くから忌み嫌われており、江戸時代には「美目定めの病」と言われた
●病原体は天然痘ウイルスによる飛沫感染で、臨床症状は急激な39℃前後の発熱、頭痛、四肢痛が2-3日持続する前駆期と、その後顔面から全身に広がる粒状の痘が生じる発疹期に移行する
●1796年に英国の外科医エドワード・ジェンナーにより世界初のワクチンが開発された
●1958年に世界保健機関(WHO)で根絶計画が可決され、1977年のソマリアでの発生を最後に、1980年に根絶宣言が出された
人類がこの世から失くすことができたとされる疫病は、人では現時点でこの天然痘のみ、動物も含めた場合はここに牛の麻疹といわれる牛疫(リンダ―ペスト)が2011年に根絶宣言が出されており、2022年時点でこの二例だけである。昨今のコロナ騒動において、この「疫病を根絶する」という考え方ができるのは、偏に人類が、その唯一戦略としてのワクチンによって成し遂げた「実績」があるとされているからに他ならない。本稿の目的は、それが如何に的外れな妄想であるかを証明することにある。
ところで、個人的な話になるが、私はこの騒動の渦中、とある人物と連絡をとった。船瀬俊介氏の「ワクチンの罠」にて紹介された、1972年のWHOの「ワクチンの形態をした生物兵器の存在を記した極秘文書」を暴露した"勇気あるジャーナリスト"とされるパトリック・ジョーダン氏本人である。端的に言えばそのような文書は実在しないし、氏はジャーナリストですらないのだが、氏と直接連絡をとって判明したことは、
●WHOが提出したのは"ウイルスの免疫病理"に関する上下二編の論文であり
●その論文をどちらも解読すれば、ワクチンが生物兵器であるという結論が必然的に導かれる
というものだ。
従って生物兵器説は氏の解釈の域を出ないのだが、同じ論文に目を通した結果、氏の解釈に同意し、その色眼鏡を通して昨今のワクチン被害を観察してみると、見事に説明ができることに驚愕したのだ。
氏の解釈の話を持ち出すのは、現在のコロナ騒動の為でもある。現在、国家が接種拡大を進めている新型コロナワクチンについて、厚生労働省の発表によると、2022年2月現在で、報告されている接種後の死者数が総計約1400人とされているが、これは飽くまで①「接種担当をした医師が因果関係を疑って厚労省に報告し」、②「報告を受けた"専門家"が因果関係を認定した」1400件であり、統計に計上されるにはこの二段階を越えなければならない。中には遺族も医師も気付かずに報告されていないもの、時間的に近接していて素人目にも因果が明らかであっても認定されなかったもの等があり、また予防接種法により「報告者が接種した医師」である必要がある為、現在全国に用意されている大規模接種会場での接種に関しては報告義務がないことも相俟って、実際はその数十倍の被害が予想される。
だが明らかな因果関係があっても除外されている例も、氏の理論に基づけば拾うことが可能なのだ。本記事ではその説も交え、天然痘の時代に観測された接種後の後遺症と、現在報告されている後遺症も合わせた、総合的かつ網羅的な病理の立証も試みたいと思う。
序章
-ベルナール・マクファーデン
現在の文明社会の至る所、ワクチンの妄想が支配的となっている。
様々な町に於いて保健委員会が接種を求め、連中が為すこと全てに強制力がある。接種を合理的に拒否しようと、連中がそれを考慮することは稀である。彼らは、「ワクチンが天然痘を予防する」という考えの他において、自らの行いの意義も知らない。この観念は、自身の経験から導かれた独自の理論に基づくものではなく、通った医療系大学や、保健委員会の権威に居座る先人の医師から保証を得たものである。
「ワクチンは天然痘を予防すると常に言われてきた、何故そこに疑問を持つ?」
これが連中の言い分だ。
こうした状況を踏まえ、ジョン・ホッジ博士が1902年4月11日にバッファローで行った講演に幾つか加筆を施し、完全な形で発刊することを決めた。
ここに記載する事実は、各々の事例も保証されている。単なる珍説の寄せ集めではない。偏見なく慎重に事実を分別する理性的な力を持つならば、ワクチンの妄想を追及せずにはいかないだろう。
この迷信から生まれた忌々しく、時に悲惨な末路について触れる必要はないだろう。破傷風、血液汚染、身体の歪み、これらはそのおぞましい氷山の一角に過ぎない。
ワクチン接種とは、血液の汚染を意味する。それは、乾いた膿、つまり腫物から滲み出た毒性物質だが、それを循環系に注入することである。活力ある者はその影響に抵抗し、目立った害もなく回復する力があるが、多くは深刻な症状を呈することになる。肺炎やジフテリアや猩紅熱は、ワクチン接種で頻繁に生じる活力低下と血液汚濁により生じる病の一例だ。
痛みの炎症反応が続く間、ワクチンは天然痘の危険性を弱める傾向にはあるが、一般的な機能的活力を弱めてしまい、炎症に伴う全ての病、特に喉や肺の病が発生しやすくなる。
天然痘は、服を重ね着し、碌に入浴もせず、食事は旺盛な割に運動はしない人々にのみ発症することがある。これは血液中の不純物の蓄積であり、そうした不純物の排泄を促進する皮膚の毛穴の機能不全により、この病で犠牲が出るのだ。
我々は、ワクチン接種に相対する外敵である。何故なら
(1)天然痘を予防することはない為だ
(2)その人物の生命力と、体内で発生する炎症性疾患への抵抗力を低下させる為だ
(3)天然痘それ自体が、適切に治療を施した場合、容易かつ短期間で治療可能だからだ
この迷信の撲滅に関心がある者は、この分野で価値のある本を配布することになるだろう。このパンフレットに加えて、我々は、フェリックス・オズワルド博士の「ワクチンは犯罪である」を旧価格1ドルの所、10セントで出版した。
解説
―ワクチン接種は血液の汚染を意味する―
この言葉をマクファーデン自身がどの程度の深さで理解していたかは現時点で定かではない。しかし、同時代の反ワクチン主義者達の発言から引用すると、ウィリアム・ホワイトは著書「THE STORY OF A GREAT DELUSION」(1885)[1]にて、"ワクチン接種は、無限に近い極微量の投与ながらその後自己増殖し、一度で血液の全てを変化させる"、動物愛護活動家のチャールズ・フォーワード氏も"一度の接種で恒久的な血液の病的状態を引き起こす"[2]と記しており、両者とも当時著名な外科医だったジェームズ・パジェット卿の発言の引用であることからも、19世紀の時点で一部の識者達が、ワクチン接種による血液疾患に辿り着いていた事実は伺える。
詳細は総説で触れることになるが、私の主張は、この19世紀の時点で指摘されていたワクチン接種後の「血液の汚染」という概念が、現代の言葉では「慢性血清病(Chronic Serum Disease)」と呼称されるというものだということだ。この血清病の概念は、同時代に活躍したオーストリアの小児科医クレメンス・フォン・ピルケが、同僚のベラ・シックと共に血清療法の研究を通じて提唱したものである。ピルケは同時に「アレルギー」の生みの親でもあり、現在のコロナ騒動においても、接種後に種々のアレルギー症状を呈している人々がいることからも、ピルケに立ち戻ることが如何に重要であるかがお分かりいただけるかと思う。そして、この疾患の引き金となる要因が、ワクチンが正にその効用の原理としている「抗原抗体反応」にあり、その反応よって生体内で形成される「免疫複合体(Immune Complex)」である。
解説用参考文献
[1]THE STORY OF A GREAT DELUSION,W.White,1885,p32
[2]The Golden Calf,C.Forward,1933
[3]MedlinePlus>Antibody
抗体:体内の免疫システムが、抗原と呼ばれる有害な物質を検出した際に産生される蛋白質
※抗体は、免疫系が健康な組織を有害物質と誤認した場合に産生されることがある。これは自己免疫疾患と呼ばれる。
[4]CDC>Vaccines & Immunizations>Immunity Types
「ある病気に対する免疫は、個人の体内の疾患に対する抗体の存在を通して達成される」
[5]Wikipedia-コッホの原則(※コッホの原則の限界と有効性参照)
[6]Whale.to > Merill W.Chase,98,Scientist who Advanced Immunology,A.O'Connor,2004,Jan 22
[7]Whale.to > Vaccines & Serum Evils-Chap.2 Serum Poisoning
※著者のハーバート・シェルトン氏が、「種痘を5回施して天然痘を5回発症させた事例」を報告している
[8]Wikipedia-アレルギー> アレルギー反応の分類(GellとCoombs)
[9]Allison AC, Beveridge WI, Cockburn WC, et al. Virus-associated immunopathology: animal models and implications for human disease. 1. Effects of viruses on the immune system, immune-complex diseases, and antibody-mediated immunologic injury. Bull World Health Organ. 1972;47(2):257-264.
[10]Sherwood TA, Virella G. The binding of immune complexes to human red cells: complement requirements and fate of the RBC-bound IC after interaction with human phagocytic cells. Clinical and Experimental Immunology. 1986 Apr;64(1):195-204. PMID: 3731526.
[11]日本内科学会雑誌,Ⅴ.腎臓 1.糸球体腎炎と免疫, 1998, Volume 87, Issue 3, Pages 560-563, Released June 12, 2008, Online ISSN 1883-2083, Print ISSN 0021-5384, https://doi.org/10.2169/naika.87.560,
[12]The Rheumatologist-A Look Back at Pirquet & Schick’s Influential Serum Sickness Study,R.J.Hickman M.D,2020,Nov 12
[13]Shulman ST. Clemens von Pirquet: A Remarkable Life and Career. J Pediatric Infect Dis Soc. 2017;6(4):376-379. doi:10.1093/jpids/piw063
[14]A history of immunology,Siverstein A.M,1989,p220
[15]Silverstein, A. Clemens Freiherr von Pirquet: Explaining immune complex disease in 1906. Nat Immunol 1, 453–455 (2000). https://doi.org/10.1038/82691
[16]西浦博,歴史統計を利用した天然痘伝播の定量的分析--統計疫学モデルを動機とするデータベース構築について (特集 データマイニングと統計数理)統計数理,統計数理 56(2), 235-252, 2008
[17]Joseph P.Swan, Why I am an Anti-Vaccinist,1903
[18]Edgar M.Crookshank, History and Pathology of Vaccination Vol.1, 1889
天然痘から解放された町
-マーティン・フリードリッヒ
オハイオ州クリーブランドの保健委員会の責任者であるフリードリヒ博士は、天然痘から完全に解放された大都市の例を文明社会にもたらした実績がある。彼がこの成果を出す上でまず取り組んだことは、予防接種の完全撤廃であったことが注目されるべきだ。
このような成果を生み出した方策は極めて重要であり、故に、この病の撲滅で実施されたことの詳細が記された報告書を読者諸君へここに全編公開したいと思う。
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家中を消毒することで天然痘から解放されたクリーブランドの実績は喜ばしいことである。1901年8月23日から、今時点の1902年4月1日に至るまで、この町で発生した例は一件もなく、7件外部から入ってきている。1898年以来、この病はこの町で途切れることなく猛威を奮っていた。我々は、この病に対抗する最善の手段として、予防接種と検疫に依存していた。しかし、我々の努力虚しく、毎年倍増していき、昨年の記録をまた繰り返す見込みとなっていた。それは丁度、1900年に993例報告され、1901年1月1日から7月21日にかけて1223例にまで達したように。
この日、私は17人の患者を抱える保健所の責任者として招集された。1899年以来、私は市の職員として勤務し、クリーブランドで発生する天然痘の症例について調査と診断を行うことが業務だった。その間に、天然痘が発生した家庭にホルムアルデヒドで消毒を実施すると、その家庭には二度と発生しないことを発見した。
一方で、予防接種は色々と厄介な症状を呈することが多かった。多くの場合、それは全く効いていなかった。全症例の1/4が、ワクチーニ[※]ではなく敗血症を発症した。手首関節まで腫れあがった例もあり、銀貨ドルとほぼ同じ大きさの肉片や、2倍の厚さの肉片がすぐに落ちて来て、醜い、膿んだ傷を残した。多くは、その治療に3か月以上要した。 最終的に、予防接種後に破傷風が4例発生したため、当然人々は危機感を抱くようになった。
[※]: 牛痘接種で一時的に生じる局所感染症
私はこれらの事実をジョンソン市長に伝え、予防接種を完全に中止し、代案で天然痘が蔓延した街のあらゆる箇所をホルムアルデヒドで徹底的に消毒し、清潔にすることを提案した。市長は私の計画に賛同した上、必要な援助をして下さった。私は、消毒士の2つの分隊を結成し、この任務に医学生を優先的に採用した。各分隊は20人で構成され、その隊長格に正規の衛生パトロール員が就任し、隊員には各々ホルムアルデヒド発生装置を装備させた。この病の予兆を見せた街のあらゆる区画、家庭内の部屋の隅々に至るまで消毒を実施した。雑菌の温床であろう冬服には細心の注意を払った。この任務には3か月以上を要したが、結果は満足のいくものであった。7月23日以降、7例報告され、最後の症例は8月23日であった。
その結果、クリーブランドは今や天然痘から解放され、最悪の感染都市から、最も清潔な都市へと生まれ変わったのだ。
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