Chapter2. アルブミノイド研究史②
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しかし、微小発酵体の発見に直結する研究に専心であった1856年、私は生体の尿素の発生源に関する研究によりアルブミノイド物質の複数性を生理的・化学的根拠に則って立証し、その由来の動物植物を問わず、この物質群は酸化に伴う分解で尿素を生成することを証明した。
この研究により、アルブミンやアルブミノイド全般の化学構造を化学式に表すことに成功し、その分子は既知の物質の中で最も複雑な分子だと示した。多数の脂肪族および芳香族の非錯体分子から形成され、その中にはアミド誘導体、アミド、硫化物、そして尿素が必ず存在し、従ってグリモー のウレイド が当時発見済みであれば、私はアルブミンを「極めて複雑なウレイド」と言うべきであっただろう。この研究で私は将来の研究の基礎を構築したのだ。即ち、アルブミノイド物質とは卵白アルブメンの如き混合物か、フィブリンや卵黄の如き組織的物質か、その何れかに分類されるという発見に至る研究である。
私は自然界のアルブミンやアルブミノイド物質の存在を数多く実証し、その構成成分は厳密に定義される近成分にまで還元可能だと証明した。この分析研究は科学アカデミー委員会の調査対象となり、その報告書はデュマが作成した。
この報告書の核となる回顧録はアルブミノイド物質の複数性を実証したものであり、実質的統一体の教義が誤りだと証明している。中でも、古典的アルブミン~アルブミンの名で同定された全ての物質の原型となる家禽卵白~は三種類の近成分の混合物であった。全て互いに置換不可能であり、可溶性で、偏光面を左旋させるアルブミノイド物質である。その内二つは加熱で凝固し、残り一つは凝固活性のない正真正銘のザイマスであった。そして卵生動物である鳥類と爬虫類の卵白を同じ分析法にかけたJ.ベシャン は、家禽卵白と異なるアルブミンとザイマスを発見し、その相違はアルブミンのみで鳥の種が識別可能なほどであった。
だが強情な先入観と党派性は何の進歩ももたらさなかった。デュマの報告から暫くすると、とある生理学者がフィブリンを近成分だと想像した。「アルブミノイド物質の極端な変質傾向、その化学的特異性を想定する不合理」を説くデュクロー の見解を信認し、改めてフィブリンは近成分だと主張したのである。
これは、デュクローが断言する所の”フィブリンはアルブミンの突然変異の一段階であり、乳汁アルブミンはカゼイン変質の別の結果”という見解に依拠している。全く以て不正確であり絶対的に誤りとすら言える。純粋アルブミノイド物質は静的であり、あらゆる近成分と同様にその組成が厳密に定義可能かつ特異的である為である。
アルブミノイド物質の化学組成に関する無知の蔓延と並行し、この先入観の浸透を最も助長させたものは、この物質の塩基や酸と結合する能力が殆ど認知されていなかった事情である。デュマでさえ中性の窒化物質だと想像していた。
ブシャルダは、アルブミノイド物質がアルカリやアルカリ土類の結合物を形成すると言った。これは真実だが、氏はその結合が一過性に過ぎないとも言った。テナールは塩酸や硫酸結合物の形成を指摘したが、然して重要視されなかった。
リーベルキューン は、卵白アルブメンをアルブミンソーダ塩と捉えたものの、カゼインがアルブミンカリウム塩とも述べた。
実質的統一体仮説の下ではこれらの種類の結合物は、互いの比較で見られる可溶性や不溶性の性質の相違を説明する為に機能している。確実なのは、少なくとも動物体内では、アルブミノイド物質は常にアルカリやアルカリ土類と結合状態にあり、更にこの結合物は土類リン酸塩を溶解することでその存在により複雑化していることである。
混乱と先入観を助長させるかの如く自然凝固の概念が登場する。フィブリンは、その不溶性をリン酸塩との結合で説明されると共に「アルブミンの凝固形態」と認識された。可溶性アルブミノイドの存在は加熱による凝固との峻別の為の概念となり、これは同じ温度で凝固する物質が同一物質とされた為である。カゼインは加熱で不溶性物質となる一方で酸で凝固性物質に変質するとされ、従って純粋な化学現象である沈降化と物理現象が混同されたのだ。
私の研究では、自然界の物質は常に混合物であり、ここからアルブミノイド物質、近成分、重カゼイン塩 (リトマス紙が赤変)が分離可能であること、並びにその近成分の単離体は酸性反応を示し、あらゆる酸性物質と同様に厳密な比率で塩基性物質と結合し、従ってカゼインはソーダとの中性カゼイン塩を生成することが頑健に立証された。
また、アルブミノイド物質が塩酸や酢酸と数%の比率で結合物を形成することを証明した。この様々な結合物から元のアルブミノイド物質を、その可溶不溶を問わず、常にその適切な特徴を維持したまま、かつ常に同じ旋光度で分離可能である。