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Chapter6. 凝血現象:真の生化学的意味⑥
⇩の続き
パスツール氏による血液実験の真相を理解するには、この真理を再度立証しなければならない。その為には、本書の序文に綴ったフィブリンの本質の発見に至る迄の前提問題に関連させる必要がある。この問題は血液の本質を発見する為の起点であった。
ここで想起されるのは、甘蔗糖や諸々の近成分、その混合物の溶液を空気に晒すと、空中胚種由来の発酵体が発生し、変質が生じることを確認した私の実験である。当時は発酵体の自然発生説を主張するパスツール氏がこの実験を繰り返し、その真実性を確信した。これを般化する氏に寄れば、尿や乳汁の場合でも同様の結果となり、これは煮沸するとクレオソート処理や空気煆焼後に放置しても変質しない加糖酵母エキスに類似する。
この高名な学者は血液・生肉実験の以前に尿と牛乳で実験を行っていた。新鮮な牛乳は、空中胚種由来の発酵体の作用で酸敗し、カゼインの乳酸凝固性により凝乳すると氏はアプリオリに受容していた。だが、牛乳を煮沸すると煆焼空気中で酸敗せずに凝乳し、ビブリオが出現した。氏は驚愕したが、その謎を追究することもせぬまま、牛乳内へ侵入した空中胚種は100℃加熱に抵抗性であり、氏が凝乳の原因に帰属させたビブリオへと進化したのだと譲らなかった。
冒頭では新たな研究法を牛乳や他多種多様な組織研究への応用法を叙述した。同様に、尿、鶏卵、過熟した果物、発芽大麦、解凍後の凍結植物、ビール酵母の小球等を解剖学的変化の観点で研究した。
さて、牛乳の化学的・解剖学的変化に関して特段に強調することはできない。変質の第一段階ではクリームから乳球 が分離する。この乳球分離は、馬の血液血餅における血球分離とは逆の意味で対応している。第二段階では酸敗の後に凝乳 形成が生じる。この酸敗は、アルコールや酢酸、乳酸が生成される発酵現象に相当し、その原因は牛乳に固有の微小発酵体に他ならず、凝乳形成直後には、クレオソートの有無を問わず顕微的に視認性の向上した微小発酵体だけが観測される。この時点で発生するビブリオやバクテリアはこの現象の解剖学的段階の表れである。だが牛乳に生じる変質現象を完全に理解するには、乳腺から分泌後の解剖学元素が出血後の血液と同様に最早生理的な存在条件下にはないと認識する必要がある。また、完全に新鮮な牛乳には、ベルセリウスの見解に反して乳酸は存在せず、アルコールと酢酸が存在する。従って搾乳後の乳酸生成は牛乳微小発酵体の機能的変化を意味する。この乳酸生成には特に水素等の気体放出が随伴せず、即ち牛乳微小発酵体には血液微小発酵体と相違点がある。
また、凝固現象が関連し、凝乳塊が凝血塊に比較される以上、凝乳塊は乳酸によるカゼインの凝固ではないと認識せねばならない。事実、カゼインは不溶性アルブミノイドの近成分であり、牛乳には可溶性のカゼイン塩の状態で存在する。乳酸であれ酢酸であれ、酸がアルカリを飽和させ、カゼインが沈殿する。この事実より、牛乳の自然変質はカゼインの凝固ではなく、酸敗の原因である酸によるカゼインの緩慢な沈殿現象である。
牛乳の煮沸による酸敗しない凝固現象は、牛乳のカゼイン塩やアルブミン塩、ザイマスの熱変性が関与する異なる現象である。これはレンネットの凝乳作用に類似するザイマスの作用であり、このザイマスは牛乳微小発酵体の加熱による何等かの機能的変化を起源に持つ。これら牛乳微小発酵体に機能的変化があることは確実であり、ビブリオ進化が抑制される量のクレオソートやフェノールを加えると酸敗も凝固も発生しなくなる。アルブミノイド物質が別の変容を受け、このザイマスが30~35℃で長時間作用すると、乳球が破壊され、内部の脂肪体が遊離する。
前述の事実はカゼイン乳である牛乳と山羊乳の事例である。
驢馬乳や人間女性の母乳はカゼインを含有しないが、凝乳せずに自然酸敗し、レンネットを加えても凝乳塊は得られない。
健康な人間の尿にクレオソートを添加すると、気体放出のない発酵が開始し、アルコールと酢酸、そして馬尿酸由来の安息香酸が生成され、その間に上皮細胞が破壊を受けて微小発酵体が進化する。
肝臓を石炭酸水に浸漬すると、炭酸、水素、硫化水素の放出とと共にアルコール、酢酸、乳酸が生成され、その間に細胞が破壊され、微小発酵体がバクテリア進化を遂げる。
だが卵やビール酵母の変質は特に実証的である。鶏卵は有機体であり、その機能は鶏を産むことである。ドネが乱暴な攪拌でこの有機体を破壊し、殻の内部で卵黄と白身を混合させ、私の研究結果の如き変質を起こした。この処理を受けた駝鳥の卵は30~35℃(86~95℉)で発酵して大量のガスを生成し、殻に穿孔すると内容物の一部が噴出する程の強力な内圧が生じた。放出したガスは炭酸、水素、微量の硫化水素であった。ガスの放出が停止すると硫化水素も消失した。卵黄球が全て消失し、微小発酵体はその形態を維持しており、ビブリオ等の組織的存在の痕跡はなかった。グルコースも全て消失したが、アルブミノイド物質は保存されており、これは加熱凝固性の可溶性アルブミノイドであった。発酵生成物はアルコール、酢酸、酪酸であり、乳酸塩に由来することを示している。これは明らかに、血液微小発酵体と同様にビブリオ進化が随伴しない特徴的な発酵現象である。卵黄微小発酵体の進化には他に条件が条件が必要なのだろう。
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