11.Postface:著者後書①
微小発酵体、病理学、治療
ショファール が先日、天然痘の石炭酸治療に関する重要論文を発表し、その結論に大変興味を唆られた為、私はこの件についてアカデミーへの説明機会を切望した。私は『Comptes rendus de l'Académie des sciences 66巻366頁』に寄稿した覚書で、ワクチンウイルスの分子顆粒に関するショーヴォー の覚書に言及した。
古来より、一部の疾患は発酵現象に譬 えられてきた。シュタール やウィリス 、恐らくは更に遡ろうが、それは然して重要ではない。何故ならバビネ が指摘する通り
発酵現象と発酵体、特に分子顆粒に関する研究は凡そ15年前に遡り、エストールと私は当初の私の観察結果を般化目的で実施した研究により以下の結果に至った。動物は微小発酵体に還元される。また組織的で生きており、増殖能があり、病的になると疾患の伝染能力を持つ。全ての微小発酵体は同じ系統に属す発酵体であり、即ち、アルコール、酢酸、乳酸、酪酸が生成可能な生物である。
健康状態では生体の微小発酵体は調和的であり、そして我々の生命現象はあらゆる意味で規則的な発酵現象である。病的状態では微小発酵体は調和せず、発酵が妨害され、微小発酵体側がその機能を変化、若しくは培地の変化により異常な環境に晒される。これぞ明白かつ確実な証拠で以て結論全体に誤解の余地を残さぬよう努めたその全貌である。
鳥類の卵に備わる調和的機能は鳥の生成である。孵化の最中に卵内部で発生する化学的作用が卵黄や卵白成分の変容を招いて多様な化学的化合物を生成し、完全な動物の体躯を構成する諸々の器官へ成長するに至る。この化学的作用の過程で気体は呼吸用のそれ以外は放出されない。さて、胚を除くと卵には微小発酵体が残り、また胚自体が微小発酵体の集合体に過ぎず、従って化学的観点から卵内部の全事象はこれら微小発酵体の作用である。
本来混合する筈のない卵内部の成分を内部で混ぜ合わせれば何が起こるだろうか?ドネは「腐敗する」と言って実証した。私も同意見だが、これには解説が必要である。
ドネの実験通りに卵内部の全成分を乱暴な攪拌で混合させると、間も無く炭酸ガスと水素、僅かに硫化水素が発生する。ガスの放出が停止すると、アルカリ性であった中身が酸性へと変化しており、不快な臭気が漂うものの傷んだ生肉様であり、腐卵臭特有の酷いアルカリ性の悪臭とは異なる。
卵の成分を確認すると、アルブミノイド物質と脂肪分に変化はないと分かる。糖分と糖原生物質が消失する代わりにアルコール、酢酸、酪酸が検出される。発生した現象は腐敗でなく特徴的な発酵である。乱暴な攪拌で内部の組織的存在が死滅したわけではなく、内容物の秩序が破綻したに過ぎない。微小発酵体は意図せぬ培地に投入されたのである。卵白から卵黄へ、その逆も然りだ。意に反する成分からの栄養摂取を余儀なくされた微小発酵体は新たな様式で反応するものの、その本質と外観に変化は見られない。
斯様な事例は枚挙に暇がなく、同じ微小発酵体が遊離体であるか細胞内の存在であるかにより、時に乳酸発酵・酪酸発酵体として、また時にアルコール発酵体として作用する存在だと例証できる。卵の事例を紹介したが、この場合不純物の介入余地がなく、また卵は基本的に潜在的動物の為である。
だが微小発酵体は別の側面からの考察も可能である。微小発酵体は独自の発酵体なだけでなく、バクテリアの生成も可能である。これは全ての種に共通する適性だが、同条件下で等しく発現するわけではない。これは、自然界の生物集団、また個々の生物体内の活動中枢において微小発酵体は何等かの特異性を備えることを意味する。即ち、犬、羊、鳥等の微小発酵体と、肝臓、膵臓、血液等の微小発酵体は一見して形態学的同一性を示し、化学的にも同一ながら異なる存在である。注目すべきは、微小発酵体に由来するバクテリアは、その起源である微小発酵体と同質の発酵機能を備える点である。微小発酵体はバクテリアの生産者であり、且つ細胞の構築者でもある。だがこの新たな状態ではその機能は完全に一変するだろう。自身が酪酸発酵体であり且つ酪酸発酵体として機能するバクテリアの生産者たる微小発酵体は、アルコール発酵体として機能する細胞を構築するだろう。
最後、微小発酵体が病的となり、病的状態を伝染させる可能性がある。私がこのテーマに注目した切掛けは蚕の流行病調査に携わった時である。モートフラット(軟化病 )が多発する保育所の卵の検査により、卵の中の豊富な運動性の分子顆粒の存在に衝撃を受けた。その多くはチャプレットの如くに2~4粒に連結しているようであった。
私はここに因果関係の可能性を疑った。この特徴を示す卵は全てモートフラットの幼虫を産み、死なずに成長した幼虫が成虫となり、その成虫が再び同じ特徴の卵を産卵した。最終的に病状が末期に至ると、昆虫体内や、時には卵にバクテリアが検出された。従って蚕には、この卵から孵化する幼虫は特定の疾患に罹患すると前以て断言できる特徴がある。斯くなる観点による様々な病原体の研究機会を得ていないが、天然痘や梅毒の病原体に特異的な微小発酵体、即ち、その病原体の発生源である個体の疾患の中核が存在する点は疑う余地がない。この二つの事例から感染症なる病態の特異性が提唱されるに至る。私はこれに反論しない。だが、天然痘や梅毒が特定の動物には移植不可能である点、炭疽病の血液が犬や鳥には伝染しない点などから、その理由を問う権利があるだろう!