Chapter3. 血管内外のフィブリンの状態②
続き
血液性分子顆粒を極希薄塩酸で処理
顆粒を単離した後の湿った沈殿物を極希薄塩酸で処理する。フィブリンの場合と対照的に、塩酸を1:1000に希釈しようと常温では殆ど即座に消失する。数分後、10gが白濁液に溶解し、ここから、ホイッピング法によるフィブリンのそれに匹敵する極小さの微小発酵体が徐々に沈殿した。微小発酵体を分離し、炭酸アンモニウムで飽和させた塩酸溶液からフィブリニンが沈殿し、水洗浄しても過酸化水素水は分解しないが、洗浄した単離微小発酵体は分解する。塩酸に溶解した物質の旋光度は-74°であった。フィブリニンの旋光度は酢酸溶液中で-68.9°であった。
これらの測定値は、同じ条件下におけるフィブリンやフィブリニンの値と同一である。従って分子顆粒形態のフィブリンとホイッピング法によるフィブリンの大きな相違点は本質的に極希薄塩酸に対する反応様式にある。通常のフィブリン溶液は時間と温度の関数である。雄牛と家兎の血液は羊の血液と全く同一の挙動を示した。だが家鴨の血液には興味深い特徴がある為、簡潔に論じよう。実験成功の唯一の条件は(あらゆる場合で不可欠だが)出血後の血液が血管から直接、血液の2倍体積量の35~40%アルコールに投入されることである。
例えば磁器製やガラス製のカプセルに血液を投入した後に希釈アルコールを注ぐ、この極僅かな時間差であれど結果を歪めることになる。前回と類似の条件下で一見急速に形成された沈殿物が塵状でなく凝集物となった。この沈殿物を24時間後に回収して同じ方法で洗浄すると、既にフィブリンと同じ性質を獲得しており、通常濃度の希塩酸には即座に溶解せず、(直接アルコールを注いだ場合と)同じ条件下で白濁が解消されるまで最低48時間を要した。
従って血管外の血液と希釈アルコールの瞬時の混合で沈殿する分子顆粒は、化学、生理学、そして解剖学的に循環血液中で想定される状態に最も近似した状態にある。即ち、循環血液中における分子顆粒の物理構造を正確に把握するには、アルコールに流入された瞬間における血液の構造を特定せねばならない。出血後の血液と、その2倍体積量の35~40%アルコールの瞬時の混合で沈殿する分子顆粒が低温で極希薄塩酸に即座に溶解し、微小発酵体が浮遊する白濁液となるのは不変の事実である。また、アルコールとの混合直後の血液が一見して溶解するのも事実であり、溶液の薄層は透明に近い。顕微鏡でも血球は観測できず、半透明な粒子の識別には困難が伴う。非常に緩慢な速度で生じる沈殿物は、溶解物の部分的な化学反応や凝固に起因する一次的な沈殿物形成の結果ではない。真相は全く異なり、循環血液に溶解せずに浮遊する血球が破壊を受けながら自己融解する為である。
この沈殿物が仮に血液に溶解状態の物質のアルコール凝固による産物であり、凝固により水に不溶性、極希薄塩酸に可溶性となるならば、必然的に極希薄塩酸の作用で全体が溶解する筈である!だが微小発酵体は、ホイッピング分離されたフィブリンの場合と同様、沈殿物の恒久的不溶性残渣である。この重要な事実に留意せねばならない。瀉血から血液×アルコール混合までに極短時間であれ間隔が開くと、分子顆粒は希薄塩酸へ即座に溶解しなくなる。即ち、この短時間にある種の凝固が生じるのである。以上より、血液×アルコール混合で即座に沈殿した分子顆粒は、出血後の当にその瞬間における血液中での存在様式に最も近似した状態という結論に達する。では、これら分子顆粒の内、希薄塩酸に可溶性の部分と、不溶性残渣となる微小発酵体との関係性は何か?
それは、石炭酸水中で自然変質したフィブリン由来の沈殿物に存在する分子顆粒と同一である。ここでは、顆粒の一粒一粒はアルブミノイド物質の非球状塊であり、中心に微小発酵体が存在する。アルコール混合血液で沈殿する分子顆粒は円形、球状で運動性、即ちブラウン運動で可動し、これは中心に微小発酵体を持つ微細なアルブミノイド物質の塊である。極希薄塩酸が、包摂するアルブミノイド物質を溶解すると、中心に居座る微小発酵体が溶解せずに残る。
核となる微小発酵体は、水に不溶だが極希薄塩酸で溶解するアルブミノイド物質の塊による雰囲気に包摂されている。これぞ、血液とその2倍体積量の35~40%アルコール混合で沈殿する分子顆粒の物理構造である。微小発酵体分子顆粒と呼べるだろう。
では、この構造を持つ分子顆粒が解剖学的に存在するのだろうか?血液に存在するのだろうか?然り。そしてこれは個別事例ではなく、特殊なアルブミノイドの雰囲気に包摂される血液性微小発酵体分子顆粒がその最たる例である。残るは血液中におけるこの雰囲気の存在様式を表すのみである。
アルコール混合血液の沈殿物が、血漿仮説の云う所の”血液中の溶解物質が沈殿した結果”ではないという先述の件に戻る。エストールと私は過去に直接的な観察により以下の如く発表した。凝血形成の開始する前に血管外へ流出した血液には血球を囲んで無数の微小発酵体(…と当時認識したもの)が存在し、その大半は極々若齢動物、例として生後3日から40日の子猫の血液で容易に確認される。これらは肝臓微小発酵体に類似するがより透明度が高い、と。そして組織学者達の目を逃れてきたのは、その極小さと透明性の為だとの注意も失念していない。以前まで確認されなかった場所で発見するに至ったのは、実際には緻密な構想に基づいている。脱線維素血液には発見できない。
我々が嘗て、その透明性ゆえに視認困難な微小発酵体と判断したものは血液性微小発酵体分子顆粒であり、これはアルコール希釈血液の沈殿物と同一である。ただし、後者のアルブミノイド雰囲気は濃縮されており、収縮により不透明となっている。一方、血液中では膨張し、軟性かつ粘性、ヒアリン性であり、後述の通りに血液に水を加えると再び膨張する可能性がある。アルコール希釈血液で確認される現象の理論は以下の通りである。
特殊な条件下で血液が直接アルコールに晒されると、その解剖学元素は新たな環境条件へと乱暴に置かれることになる。血球は破壊され、その色素物質(ヘモグロビン)が溶解する一方、不溶性の微小発酵体分子顆粒を構成する軟性かつ粘性のアルブミノイド雰囲気が徐々に濃縮され、各々の中心に居座る微小発酵体の周辺で硬化する。斯くしてより濃密となった微小発酵体分子顆粒が沈殿するに至る。
そしてそれは、水に不溶性の粘性アルブミノイド雰囲気が、凝固の開始に先じてアルコールで濃縮・硬化することで謂わば保持される為である。この雰囲気は本来は極希薄塩酸に即座に溶解するが、瀉血からアルコール混合までに間隔が開くと凝固現象で変質し、ホイッピング分離されたフィブリンと同様に不溶性となる。微小発酵体分子顆粒の濃縮された雰囲気にはアルブミノイド物質が含まれ、これは血液中の存在様式と同一ではないにせよ最も近似した状態である。
以下の実験は、血液性微小発酵体分子顆粒の粘性雰囲気の更なる性質を教示することだろう。