英国散歩 第11週|ロンドン、キングス・クロス再開発の見どころ(スポット紹介編②)
前回の【スポット紹介編①】に引き続き、今回もキングス・クロス再開発エリアの注目スポットを写真とともに紹介していきます。
今回は当エリアに整備されている多種多様なオープンスペース(ストリート含む)のうち、厳選した7つについて、現地で撮影した写真を中心に紹介します。
まずは、再開発エリア全体マップの再掲です。
個性豊かなオープンスペース
治安が悪化し、住宅地としての需要はほぼなかったであろう当エリア。
今回の開発では、敷地面積の約4割(約10.5万㎡)にも及ぶ広大なオープンスペースが整備され、当エリアに住み・働き・訪れる人々の生活が豊かに彩られています。
再開発で新たに創出されるストリートは20か所、公園・広場は10か所ありますが、それぞれに個性あふれる場が生まれていました。
①バトル・ブリッジ・プレイス
まず、キングス・クロス駅を出て最初に目にするのが、駅前広場的なオープンスペース、「バトル・ブリッジ・プレイス(Battle Bridge Place)」です。
今回の再開発で大きく増加する通勤・通学者をさばくのに十分そうな広々とした規模感で、中央に配された植栽を囲うようにして円弧を組み合わせた形のベンチが並んでいます。
ターミナル駅の駅前広場としては意外と普通といった印象ですが、このバトル・ブリッジ・プレイスはその設えがどうこうというよりも、ただただそこにGoogle UKの新本社が立地する、ということで特別な存在になっていると思います。
Googleのオフィスは、エリアマップの右下、南北に長いオフィス(黄色)です。
その長さは330m。よくロンドンの超高層建築「ザ・シャード」(高さ310m)を横に倒したよりも長いという紹介のされ方を目にします。摩天楼を表現するのに使われる「スカイスクレイパー(skyscraper)」との比較で、「ランドスクレイパー(landscraper)」とも呼ばれます。
11階建てで延床面積は約6万㎡。屋上庭園、ジム、スイミングプール、バスケットコート、イベントセンターなどを備え、4000人のGoogle社員を収容できるとのこと。このアクセス抜群のロケーションでこのアメニティの充実度、さすがのGoogle先生です。
ただ、ビフォー・コロナ時代に計画・設計されたこの大規模オフィスに、これまでリモートワーク前提だったGoogle社員が、果たしてどれだけ通うことになるのか非常に気になります。
②パンクラス・スクエア
バトル・ブリッジ・プレイスを抜けた先にあるのが「パンクラス・スクエア(Pancras Square)」。7つのオフィスビルに囲まれた三角形の広場です。
高低差を緩やかにつなぎながら、駅側から再開発エリアの中心へ人々を誘導します。中央には段々の水盤、周囲には各オフィス1階からはみ出たテラス席が見えます。
ここから駅の方へ振り返るとセント・パンクラス駅の赤レンガ駅舎が見え、まっすぐ軸が通っていることが分かります。
そして、先ほどの建設中のGoogle UK 本社ビルとは別に、こちらにも大きくGoogleと書かれたオフィスがあります。こちらは既に供用が開始されています。
③グラナリー・スクエア
キングス・クロス再開発について調べると本当に良く出てくるのが、グラナリー・ビルをバックに子供たちが噴水で遊ぶこの構図。「グラナリー・スクエア(Granary Square)」で撮られた写真です。
戦後、鉄道を利用した貨物輸送が減少するのに伴い、存在価値が薄れていった当エリア。その廃墟と化していた穀物倉庫(グラナリー)が保存され、2011年にイギリスの超名門芸術大学であるロンドン芸術大学のキャンパスに生まれ変わったことで、当エリアの再生の象徴になりました。再開発前は治安が悪く、家族連れはおろか、ナイトクラブやアート関係者以外は寄り付くような場所ではなかったと思いますが、それが今や多くの子供たちが無邪気に声をあげて遊べるようなところに変貌を遂げています。
このグラナリー・スクエアの写真がまさにキングス・クロス再開発の価値を端的に表すものだったのだと思います。
④コール・ドロップス・ヤード
グラナリー・スクエアと並んで当エリアの目玉オープンスペースである、「コール・ドロップス・ヤード(Coal Drops Yard)」。商業施設に生まれ変わった2棟の旧石炭倉庫(Coal Drops)に挟まれた広場です。
広場は、通常時にはテラステーブルチェアが置かれ、両側の商業施設からのにじみ出しを受け止める空間になっています。
今はクリスマスシーズン限定のツリー型の体験型オブジェや、バー付カーリング場が設置され、いずれもなかなか新鮮なイベントだと感じました。このヤードは、いつ行っても新しい・旬なイベントに出会える場としてマネジメントされているのだと思います。
⑤ロウアー・ステイブル・ストリート
コール・ドロップス・ヤードの東側、イースタン・コール・ドロップスの東面に沿って伸びる、「ロウアー・ステイブル・ストリート(Lower Stable Street)」。
コール・ドロップス・ヤードの広場的な賑わいとは異なり、細く直線的に伸びたヒューマンスケールの賑わいがあふれるストリート空間です。
ストリートの幅の半分くらいが両脇のテラス席で占められるくらいの狭さで、ウィンドウショッピングをしながらその間を歩くだけでも楽しい気分になります。
約27万㎡という広大な敷地の開発で、広々としたオープンスペースを整備するだけだとのっぺりした印象になってしまいがちなところ。キングス・クロス再開発全体にvibrantな(生き生きと活気に満ちた)印象を受けるのは、このロウアー・ステイブル・ストリートが持つある種の界隈性がかなり利いているからのように思います。
⑥リージェンツ運河沿い
当エリアにはリージェンツ運河が流れており、その水辺の遊歩道「リージェンツ・カナル・トウパス(Regent's Canal Towpath)」もまた魅力的な空間です。※towpath:運河側道、曳舟道
その歩道の簡素な見た目からはこれ自体の再整備にはあまり力を入れていないことが伝わりますが、少しバランスを崩せば簡単に水面に落ちてしまいそうという若干のハラハラ感を持ちながら、運河に沿って西に進めばガスホルダーや、商業施設「コール・オフィス(Coal Office)」、東に進めば水上書店にアクセスできます。
エリア内は基本的に徒歩移動のため、広大な敷地でややもすれば回遊性が損なわれてしまいそうですが、このリージェンツ運河とそれに沿った歩道があるおかげで徒歩移動に一種のアトラクション感が生まれ、わざわざ「歩きたくなる」ような水辺空間が演出されています。
⑦キャノピー・マーケット
今回ご紹介する最後のスポットが、この「キャノピー・マーケット(Canopy Market)」。
もともと鉄道用地だった当エリアには、今や多くの人々が居住し、英国中から人々が訪れる場所になっており、その人々向けの飲食、買回り品を提供する必要が生じました。
コール・オフィスやコール・ドロップスなどにも多くの飲食店が入っていますが、いずれもおしゃれでやや高めの金額設定。一方、グラナリー・ビル横のキャノピー空間で定期的に開催されるこちらのマーケットでは、比較的リーズナブルなお値段でストリートフードなどが食べられます。
また面白いのが、このマーケットの真横にイギリスの大手スーパー、「ウェイトローズ(Waitrose)」の大型店が入っていること。日本でいう成城石井のような高級スーパーです。
かつては人々が寄り付かない、イメージの悪いエリアであったキングス・クロスが、再開発で一転して、高級スーパーを利用するような高所得の人々が居住するような場所に変貌した(もしくは、開発者側としては少なくともそうしようとしている)ということの証左だと思います。
実際に、Google、Facebook(現・Meta)といったテック企業が入居し、その社員の一部もエリア内に居住するかもしれませんし、そうでなくとも、ガスホルダーズなど高級住宅が既に整備されており、基本的には上流階級向けのエリアになっています。
いかがでしたでしょうか。
今回ご紹介の7スポットだけでも、キングス・クロス再開発エリア内のオープンスペースのバラエティの豊富さを感じていただけたのではないかと思います。
以上で、2回にわたったキングス・クロスのスポット紹介、および、前後編(計3回)のキングス・クロス再開発の見どころ紹介を終わりにします。
キングス・クロスの再開発の全体像は【前編:全体像把握編】でも書きましたが、現地視察結果のまとめ(再開発プロジェクトの評価や課題)や部分的にさらに深掘りたい内容について、またどこかの機会に整理できればと思います。
References
・King’s Crossウェブサイト(2021年11月20日最終閲覧)
・The B1M, "London's King's Cross Reborn" (2019)
・PPIAF/The World Bank, "Railway Reform : Toolkit for Improving Rail Sector Performance", Case Study: London King’s Cross (2017)
・Regeneris Consulting, "The Economic and Social Story of King's Cross"(2017)
・坂井文, イギリスとアメリカの公共空間マネジメント - 公民連携の手法と事例(学芸出版社, 2021)