ある世界の話
ある結婚式に参加した。
新郎は所謂キャリア、新婦は介護士。
新郎の配属先の関係で、結婚後は、新婦が今の職場を辞めなければならない状態だった。
新郎の上司は誇り高き企業戦士。
"我々がいかに優秀か、我々の仕事がいかに重要か、我々が心置きなく仕事をするには専業主婦として家庭を守ってくれる奥さんの存在が必須。
優秀な新郎を支えることができることをどうか誇りに思って欲しい。
夜の付き合いもある。
だから、夜遅く帰ってきても、どうか責めずに温かく迎えてやって欲しい。"
共働き時代にこんなことを堂々と、ある意味天晴れなスピーチだった。
対して新婦の上司。
本当は少し違う言い方を考えていただろう。
でもきっと黙っていられなかったのだと思う。
"彼女はとても優秀な介護士です。
いつも利用者さんのことを一番に考え寄り添うことができ、利用者さんだけでなく、上司にも部下にも慕われ、辞めるには本当に惜しい人材です。
私は今も辞めて欲しくない。
いつでも戻ってきて欲しいと思っている。
確かに新郎君は優秀で、とても重要な仕事をするのでしょう。
でもそれは彼女も同じです。
彼女も優秀だから、あなたを選び、手をとり一緒に歩んで行こうと決めたのです。
彼女の良さは、家庭でも十分に発揮され、もて余すくらいでしょう。
内助の功があって仕事に専念できる、という意味をどうか良く考えて、感謝の心を忘れずに過ごしてください。"
バチバチと火花が散るような主賓の挨拶はインパクトが強すぎて今も忘れられない。
私は新郎側の参列者。
彼の育った世界は、男尊女卑が日常風景。
ひとたび親戚が集まると、男は昼間から酒盛り、女は台所。
それは子供にも適応される。
男の子は遊んでいていいが、女の子は手伝いかお酌。
その子供たちが結婚するような年齢になっても変わらぬ世界。
結婚して親戚となった女性たちは、最初は良い嫁キャンペーンをするが、段々、我関せずになり、食事の時間を外して来るようになり、最終的に来なくなっていった。
この新婦は、最初から良い嫁キャンペーンをすることもなく、この風潮を嫌っている様子すら隠さなかった。
プライドを持って仕事もしていて、本当は辞めたくなかったように思えた。
新郎は、亭主関白ではないが、良くも悪くも鈍感で、周りの風潮が常識と疑わないタイプ。
だから、奥さんが何に対して不満を持っているのか本気で分からなかったんだと思う。
数年ぶりに会った新郎の母が愚痴っていた。
今は離婚間近で、孫にも会わせてもらえない、と。
結婚生活もしばらくたった頃、新婦の親御さんの体調が悪くなり、介護のために別居が始まったらしい。
それが悪かったのだ、と。
夫の世話よりも親の介護を優先できたのに、何が不満なのだろう。婚姻費用はしっかりもらっといて子供にも会わせないなんてひどい嫁だ、と。
この人たちはずっと、価値観の違い、というものに気づかないのだろう。
女は、自分を捨て、どんな理不尽な目にあっても、男を立てて従わないといけないのだ。
借金をしようが、暴力を振るわれようが、定職につかまいが、黙って男を支えるのが良い女なのだ。
理不尽に耐えてきたからこそ、専業主婦でいることを許され、たまに家事も子供の相手もして、お金をきちんと稼いで家にいれてくれる男の嫁でいることの何が不満なのか、本気で分からないのかもしれない。
私はこの世界が死ぬほど嫌だった。
ここにいる下品でバカな男たちより、女というだけで蔑まれる世界。
だから、努力した。
でも、どんなに社会的に認められようと、この世界で私の地位が上がることはない。
ただの生意気でワガママな女でしかない。
思い返すと、新婦は私には好意的だったように思う。
別に彼女に対して何かしてあげたことはないのだけど、この世界で私に対して一個人として敬意を持って接してくれたのは彼女だけだったかもしれない。
一人で子供を育てることは容易なことではない。
経済的に困らないように、嫌でもこの世界との接触は避けられないだろう。
でも、それは最低限にとどめ、彼女が自分らしく生きられる世界で、日々心穏やかに過ごせているといいなと思う。
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