サヨリ(ドキドキ文芸部!)を通じて読む「きゅうくらりん」の歌詞
※2023/07/28 追記
文意を損なわない程度に書きぶりや語句を調整しました。
はじめに
若者に迎合しよう!
おもむろに思い立ち、ここ最近のボカロ曲(そもそも可不はボカロ曲にカテゴライズされるのかも分からん)を聴いていたところ、一発で耳に残った曲がこの『きゅうくらりん』。
続けて歌詞にも目が留まり、何の気なしに調べてみるとどうやら『ドキドキ文芸部!』の登場人物であるサヨリにインスパイアされているらしい、という情報が目に留まりました。
なるほど確かに、それを踏まえてもう一度聴いてみると、
ウオ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エグい解像度にぶっ飛ばされたので、言語化して整頓したいというのが本文の趣旨。具体的には『きゅうくらりん』の歌詞ひとつひとつにサヨリという存在(および『ドキドキ文芸部!』の文脈)を透かして見ていきます。
そうすることで、いよわさんが本作に抱いているドデカい感情と、それを隙なく詰め込んだ弁当箱のような本曲の良さが、少しでも皆さんの理解の一助になれば。
本項には当然『ドキドキ文芸部!』のネタバレを含みますし、ゲームの特性上、死や鬱病についての記述があります。自己完結するために書いたので理解や解釈に強引さがあるかもだけど、そのあたりはご容赦ください。
もし『ドキドキ文芸部!』を遊んでいないのであれば、是非ご自身で遊んでみることをオススメします。無料だし、一日あれば充分。
動画や実況で済ますべきではない作品だと個人的には思うけど、言うて万人が遊べるゲームではないのでイチオシの実況動画も。英語版をプレイしており、ウィットに富んだ翻訳がナイス。日本語版をプレイされた方も一見の価値あり。
考察
サヨリについて
歌いだし~1番サビ終わり
2番
間奏~最後サビ前まで
最後のサビ
1.サヨリについて
サヨリという女の子に対する自分の解釈を最初に述べておきます。
主人公の幼馴染。
明るく朗らかな性格、かつマイペース。思いやりが強く、他者の幸せや集団の和を重んじる行動が目立つ。時として献身的すぎるほどに。
実は昔から鬱を患っているが、それを誰にも話してこなかった。
他人本位のサヨリにとってはこの事実を気遣われたり理解を求めたりすることの方が、鬱そのものよりも耐え難い苦痛になるからである。
作中においては主人公を文芸部に誘うキーパーソンを担う。
これには目論見があり、入部をきっかけとして主人公が交友関係に関係を持ち、ひいては自分以外の女の子とも仲良くなることを願っている。一方で彼女自身が主人公を諦めきれていない矛盾を抱えてもいる。
目論見通りに立ち回って主人公の文芸部生活をサポートするが、次第に鬱が悪化し、上述の矛盾に酷く苦しめられることに。
最終的には首吊り自殺を遂げてしまう。
2.歌いだし~1番サビ終わり
*うるさく鳴いた文字盤
スマホ。アラームか、あるいは主人公からの通知か。
動画のコメントに「いずれも過去形だから、サヨリは既に目覚めてはいるんだな」という理解があり、目から鱗がめちゃ出た。
寝坊助のサヨリを起こすのはいつだって主人公の役割。
その原因が鬱にあることは明確だけど、それが彼女にとって絶対に曝け出すことができない最大の秘密であることは上述の通り。
疑われたり勘付かれたりしたらどうしよう。
だから、主人公の「しらけた顔」こそ彼女の安らぎの象徴である。
*ピンク色の植木鉢/大きく育ったもの(=結ばれたつぼみ)
サヨリの恋愛感情。実を結び、花開く時を待っている。
自分にとって不相応な恋愛感情への強い自虐。
サヨリの目的は主人公が自分以外の女の子と恋仲になること。それにも関わらず、彼女の心には未だに確かな恋愛感情が宿っている。その矛盾も自覚し、「こんなにも愚かしい」と自分を卑下している。
*化石
埋もれさせてしまうけど、形には残る思い出?
サビはサヨリ自身のことについて。
「取り繕っていたい」「大した取り柄も無いから」「全部ばれてたらどうしよう」と、内面に対するコンプレックスが押し出される歌詞。
そして、それらを取り繕うために作り出した外面。
お節介で危なっかしい幼馴染『サヨリ』としての振る舞いは、とどのつまり彼女が「あなたの右どなり」に居続けるために編み出した方法。それだけの努力をする価値がある場所の存在が彼女を支えている。
それは、今はまだ健気な事実なだけだけど……。
「きゅうくらりん」というワードについては最後に書きます。
3.2番
ある夜の自問自答。
鬱に苛まれるサヨリがベッドから起き上がることができるのは、主人公が待ってくれているというたったひとつの理由があるから。
主人公が他の誰かと結ばれることを望んでいるけれど、もしそれが実現したら——彼が迎えに来てくれなくなったら、私はどうしたらいいのだろう?
「愚かしい」などと断じつつ、直視できていなかった自分の矛盾に思索を巡らせているシーン。ストーリーが進んで変化がもたらされた中で、彼女の心情や容体も変わりつつある。
*うるさく鳴いた文字盤/「また明日ね」とぽつり
ふたり一緒に下校する習慣は彼女の方から破られる。
様子がおかしいサヨリへ主人公がメッセージを送っている……みたいな光景が思い浮かぶけど、そういうシーンは作中にはないはず。
「あなたの右どなり」から身を引き始めた場面。
しかし、そうやって主人公が他の女の子と一緒にいられる時間を生み出したはずなのに「喜びより安堵が先に来ちゃった」。サヨリ自身も幸せになれると思っていたのに、内面までをも取り繕うことはできなかった。
*大切/幸せな明日
いずれも主人公にとっての『大切』『幸せな明日』を指す。
一番好きな部分。
サヨリにとっての幸福とは「主人公が誰かと親密になること」と「主人公の隣にいること」。あちらが立てばこちらは立たない、両立不可の幸せであることは再三述べている通りです。
前者を選び、距離を置くことにしたサヨリ。
目論見通りに主人公は他のヒロインとの距離を縮めたことで「ちゃんと笑えなきゃ」いけない理由に生じた大きな変化もポイント。自分の居場所を守るための笑顔から、大切な主人公を守るための笑顔に変わっている。変わらず大事なことだけどそこには対価がない。
「幸せな明日を願うけど底なしの孤独をどうしよう」という歌詞。
周囲の為に自分を捧げすぎてしまうサヨリ。これは鬱などに依らない、そもそもの彼女の性分なのだろうと思います。最も救われない存在であり、それ故に他者を思い遣ることが出来るのであろう彼女の常を書き表したキラーセンテンス。
4.間奏~最後サビ前まで
綺麗なピアノの裏で鳴ってるノイズ音が虹と彼女の対比っぽい。
『終わり』の雰囲気が漂う歌詞。
正常な判断ができない自身に対する絶望が感じられる。
ついぞ花開かなかったつぼみ。
「たぐりよせた末路」という言葉から感じた印象はふたつ。
まず、彼女が自ら選んでつかみ取った結末だという事実。『あの子』の影響によって迎えた結末は悪化してしまうが、恋愛感情を切り捨てようとしていたのは元から彼女自身の意志である。
もうひとつは、基本的には『ヒモ状のもの』に対して用いる言葉であること。彼女の末路を踏まえると、それが何を指すのかは自明である。
5.最後のサビ
*あの子
みんな大好きモニカさん。
文芸部の部長を務める優等生。才色兼備でリーダーシップもある。と言っても個性の強い文芸部員たちにはどう接すればよいかわからず、悪戦苦闘している模様。
様子がおかしいサヨリのことも気にかけている。
サヨリの鬱が悪化している最大の原因、モニカ。
ドキドキ文芸部!を知らなくても違和感なく聴ける曲だけど、ここだけは明らかに本作を示唆している。
つぼみは枯れ落ちたにもかかわらず、気持ちを断ち切ることができないという「呪い」。
*全部ムダになったら
主人公と任意の女の子が親密な雰囲気になっているところに、悪い気を起こしたサヨリが乱入し、ムードを「ムダ」にしてしまうシーンがある。
*愛した罰を受けるから
遂に秘密がばれ、主人公から追究されるサヨリ。
周囲に心配をかけてしまうこと、特に主人公が優先して自分を気遣うことが、彼女にとっては胸を刺すほどの苦痛だった。しかしそれも自身が弱みを見せてしまったことが原因だから、この苦しみはきっと罰なんだと打ち明けるシーンがある。
動画のコメントにあった「せっかく幸せなシーンなのに、ようつべ上では次の動画が表示され始めるのが結局夢って感じ」みたいな解釈で首を縦に振りすぎた。
主人公はサヨリのもとから離れ、本来そのことを願っていた彼女もいよいよ「幸せになっちまう」はずだった。
茶化すような口ぶりの痛々しさが、最初のサビとは対照的な部分。
終盤、彼女に対する感情を打ち明けるシーンでは、愛情と友情のどちらかを選ぶことになる。
前者を選んだ時のサヨリはおそるおそる主人公の腕に抱かれながら涙を流す一方、後者を選ぶとその場にうずくまって絶望に打ちひしがれる。
「ひどく優しいあなたの 胸で泣けたなら」ということは、この曲の中ではきっと後者だったのでしょう。
『たぐりよせた末路』。
おわりに
「きゅうくらりん」という単語は、ままならない恋愛感情をガーリーなニュアンスで包んだ素晴らしい造語だと感じます。作者さんのサヨリに対する印象を言語化したものがこれなんだと思う。
これは作中の展開「ちゅうぶらりん」と韻を踏んでいるわけだけど、曲のテーマとしてどっちの単語を先に出したのか気になる。
穿った見方な気もするけど、MVの最後に冒頭と同じカットが挿入されているのは原作のループ性の示唆?
𝓛𝓞𝓥𝓔…