深海の追憶《①》
屋上から見渡す街並みは何ものにも支配されることなく、穏やかに幻想的で人の心を動
かしていく。
黄昏時が生み出す情景は時の流れと共に私を引き込んで離さない。
『いつの間にこんなに…。でも明るい…?』
ふと、目線を上げてみる。
そこには目をそらせぬほどの圧倒的な存在感を放つ、大きな満月が姿を見せていた。
『綺麗…。あの時の月と同じだ…。』
と、口走る自分に少し驚く。
昔からたまにある見知らぬ情景や人が頭をよぎるが、すぐに微かな余韻だけを残して消
えてゆく。
特に気にも留めない。
月明りが誘う悲哀な感情は、思い出すべき何かがある事を肌で感じさせた。
月には何か必要な事を引き出す不思議な力があるのかもしれない。
珍しくちょっとロマンチックになるのも、また月のせいかと笑みを浮かべた。
心地良く吹く夜風に、ゆっくりと目を閉じ味わう。
『心地いい。最近こんなゆっくりした時間あったかな?』
ひと時の安らぎは、妙な思いを巡らせた。
『このまま、この世界から消えてしまった ら…。』
と思った瞬間、意識が落ちていった。
目を開くと、何かに引き込まれる衝撃と、大量の水泡が物凄い勢いで目の前の視界を 遮
さえぎ
っていった。
思考は停止し、恐怖と焦りから勝手に体がもがく。
『ここは水の中?』
『苦しい?溺れる?怖い?誰か助けて?』
必死でもがくが、誰も来る気配などなかった。
じたばたともがいたせいで、だんだんと意識が朦朧とし、私の体は水の底に引きずり込
まれてゆく。
沈みゆく水の中は、余計な音も体の自由も奪い脱力感を与えていく。
唯一許されたことは口から零れていく水泡をただ目で追う事だけだった。
訳も分からず恐怖に支配されていく私の中に、突然見覚えのない記憶と懐かしい記憶が脳裏を巡り何かを呼び覚ました。
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