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深海の追憶《②》

『何か悪い事でもした?』
『そりゃあ、人に、自慢できる様なことしてないけど、人並み以上に頑張ってきた。』
『私なりに精一杯生きてきた。』
混乱と怒りが刹那の如く、かき乱していく。
初めて自分が今まで歩んできた道を振り返った。
『一体どんな自分になりたくて歩いてきたの?』
『何でそんな事を聞くの?』
『私は、ずっとその時々で、やりたい事、したい事を自分で選んでやってきた。』
突然聞こえてきた懐かしくも優しい声。
その声との一問一答が始まった。
『見たらわかるでしょ?今ここに立っているのは自分が選んできた道なの。』
『何でそんなに辛そうな顔をしているの?』
それまでキャッチボールの様にスラスラと言葉が出てきたのに、急に言葉が詰まり顔が
曇った。
『何で?私は答えられないの?』
『自分で自分の道を決めていたはずだった。』
呆然とする私に朧気な記憶が語り掛けてきた。
『嫌…違う。違った。』
私は全く決められてなどいなかった。
なかなか定まらない目標、迫りくる時間。そして何より昔から感じて止まない自分の存在
意義の執着に、いつの間にか焦っていた。
その事に気付いた瞬間、朧気
おぼろげ
だった記憶が鮮明にフラッシュバックした。
本当にいたのは、その場しのぎの応急処置を繰り返す曖昧な自分。
その真実にフィルターをして、やりたい事で溢れた自分を演じていた。
そんな自分に待っていた現実は、それ程世間から必要とされてなかったという事だった。
会社は私の意見ではなく、これから来る世の中の流れに関心を向けていた。
当然だ。
何の知識も実績もない私の意見など求められるどころか、指示待ちだ。
無力だった。
こんな雑用をする為に、ここに来たわけではない。
私というものを表現しにきたのに、何もさせてもらえずやりきれなかった。
ただ突きつけられる現実を受け止めるしかなく悔しかった。
いつか認められるその日まで、全く納得もいかない仕事をし、結果を出して早くあの場
所に辿り着きたかった。
そんな間に合わせで出した体のいい目標を心の支えにするしかなかった。
何の達成感も感じず自分の心を削り、そこから出る苛立ちから周りの人達を傷付ける日々。
沈み流れる時間の中で、自分というものと向き合い始めた。
人は人の話を聞いて、共感や客観視は出来るのに、自分自身になると急に向き合えなく
なり、迷宮入りしてしまう。
不安な気持ちは真っ暗な出口のないトンネルへと姿を変え、日に日に押し寄せる不安の
波は、助けを呼ぶ声も脱出手段も浮かばなくさせ、孤独の中に引きずり込んでいった。
一筋の光でいい。
その光さえあれば前に進めたのに、光を求めることさえも忘れてしまっていた。
『信じられるのは自分だけ。』
そう思っていないと自分が保てなかった。
何か分かったら、何が変わるのか?
受け止めなきゃいけないの?
乗り越えられるの?
自分自身だからこそ、向き合う事を後回しにした。
手で耳を塞いで聞こえない振りをした。
人一倍、誰かに愛されたくて、理解されたいのに、自分から殻を作り出す矛盾行為。
声をあげても、誰にも気付いてもらえないほど、孤独を感じる事はない。
発信し反応があって、初めて自分の存在意義と直結してくる。
葛藤している時間の中で、急に涙が込み上げてきた。
この涙の理由が分からない。
絶望?孤独?
何なのか分からない。
溢れ出す涙は、水の中にいては水と同化して分からない。
感情が高ぶり始めると、海面に向かう水泡の量と大きさが増し、息がより苦しくなって
いった。
『苦しい…。苦しい…。』
『空気がないとこんなにも苦しいの…?』
自分の気持ちに蓋をし続けた苦しみに感じた。
こんなに苦しいのに、よくここまで我慢し続けられたものだ。
自分らしさが消えてゆく。
息苦しくて、悶え始める。
もがいて、もがいて、無意識に生きようとしている。
水面に上がろうとしている。
人間の本能がそうさせるのか?
薄れゆく意識の中で、『私は生きたいの?』
『また、あの窮屈な世界に戻りたいの?』
そんな自問自答をこの期に及んでしている自分に、余裕があるのかと驚いた。
もがき。
あげき。
力も尽き。
自分の体はどんどん紺 青
こんじょう
色に深まる景色に落ちてゆく。
さっきまで激しく浮き上がっていた水泡は驚く程、数を少なくし、自分の残された時間
を教えてくれた。
そんな極限の中、自分は一体誰と居たいのか?
どこで何をしていたいのか?
シンプルな問いかけが頭を過ぎった。
いつからだろう?
胸のドキドキより現実。
世間に見合う自分合わせ。
なりたいものより確実性。
そのうち自分の感性が麻痺し、好奇心の感度が全く働かなくなっていった。
『人生一度きり』って、よく偉い人が口を揃えて言っているが、人生を楽しむ心を忘れ
かけていた。
その言葉の意味を今痛感していた。
『一度きりかぁ…。』
失敗しても戻りたくても、生きていればやり直しは効くけど、死んでしまったらやり直
しは効かない。
今までがむしゃらに頑張ってきたのは
誰の為?
何の為?
ただ、あの光輝く世界に行きたかった。
あの場所で自分を表現して、1 人でも多くの人に見て欲しかった。
有名になりたいとかそういうことではなく、私と言う存在を一人でも多くの人に見て欲
しかった。
私は私の為に生きたかった。
ただそれだけだった。
それだけだったのに、いつからだろう?
『自分の意思が、自分のものじゃなくなった。』
って、思うのは。
知らない間に出来る事出来ない事を、天秤にかけて無難な方を選ぶ自分。

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