ある蠍の生きた証
〇月×日
今日、わたしに弟ができた。
母上からうまれた子ではないけれど間違いなく私の弟だ。
名前はまだわからない。
大きくなったらたくさんあそんでやろう。
母上は少しむずかしそうなかおをしていた。
しんぱいしなくてもわたしは母上が一番すきなのに。
〇月△日
弟の名前がわかった。
レオンティウスというらしい。
早くレオンティウスとあそべるようになりたい。
さいきん母上の元気がない。
どうしたのだろう。
〇月〇日
今日はレオンティウスに会いに行くことができた。
レオンティウスの母上であるイサドラ様はわたしの頭もやさしくなでてくれた。
イサドラ様にだかれたレオンティウスはとてもやわらかかった。
〇月□日
昨日レオンティウスに会いに行ったといったら母上にすごくおこられた。
わからない。
どうして自分の弟に会いに行ってはいけないのだろう。
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△月×日
今日けいこから戻ると母上が何だかつかれた顔をしていた。
具合が悪いのだろうか。
私はあれからレオンティウスにはあまり会わなくなったけれど今日はたまたまさんぽ中のレオンティウスとすれ違った。
レオンティウスは私を見ると笑いながら走ってきた。
うれしかった。
×月☆日
母上が怒りそうだったけれど今日はがまんできずにレオンティウスに会いに行った。
少し大きくなったレオンティウスは私をあにうえと呼んだ。
私は頭をなでてやった。
そういえばレオンティウスの頭にはひとふさ金色の毛がある。
父上とおそろいで少しうらやましかったけど私は母上とおそろいだからやっぱりいい。
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◇月☆日
今日は母上が泣いていた。
どうしてだと聞いても教えてはくれなかった。
私が王様になったら民が泣くことのない国を作ろう。
◇月△日
母上から私は王様になれないのだと言われた。
嘘はだめだと言っていた母上が嘘をつくなんて母上はとても元気がないようだ。
私に何ができるだろう?
×月〇日
今日、正式に父上から王位継承権のはくだつを告げられた。
レオンティウスが3つになった時からそう決められていたらしい。
今日からはレオンティウスが第一王子なんだとも言われた。
私はレオンティウスが好きだ。
でもどうすればいい?
私は分からなかった。
□月〇日
最近城の人たちが私をじっと見てくる。
格好がおかしいのだろうか。
めかけばらとはなんだろう。
×月□日
レオンティウスが私と遊びたいのだと私の部屋に入って来た。
どうやら勉強の時間を抜け出した様だったから仕方なく追い返した。
そのとき『あにうえはわたしのことがきらいなのですか?』と泣きそうな目で言われたのであわてて首を振った。
勉強が終わったら来いと言ったらレオンティウスは嬉しそうに走って行った。
その後イサドラ様の怒る声とレオンティウスの泣く声が聞こえた。
何だか笑ってしまった。
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◎月×日
今日、カストルがレオンティウスの臣下となった。
カストルは元々第一王子に仕える役なのでそうなるのは当たり前だったが本当はさびしかった。
代わりにポリュデウケスが私の臣下になった。
同じ顔をしているけどカストルとは違う。
でも仕方ない。
兄が弟に何かをゆずるというのは当たり前だ。
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〇月△日
母上が病で寝込んでしまった。
母上は泣きながらレオンティウスのせいだと言っていた。
もうレオンティウスには会わないでくれと頼まれた。
レオンティウスは好きだけど母上はもっと好きだから私はうなずいた。
〇月〇日
最近レオンティウスの事をさけ続けていたけれどついに外套を掴まれてしまった。
レオンティウスは泣きながら『あにうえは私のことが嫌いなのですか?』と言った。
私も泣きながら首を振って強くレオンティウスの手をふりきった。
辛かった。
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□月◎日
母上が死んだ。
いつかは笑ってくれると。
私がもっと頑張れば笑ってくれると信じていたのに。
母上は最期まで泣いたままだった。
誰が悪い?
母上はどうして死んだ?
私はどうして王になれなくなった?
レオ ティ スが産 れ 来た ら
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◇月△日
可愛かった弟が日に日に憎くなっていく。
私は最低な義兄だ。
でもそれでもいいと思えてきた。
妾腹の意味を知った。
いつか絶対に私がこの国の王になってやる。
母上と私が受けてきた屈辱を無駄にはしない。
☆月◇日
母上の墓標に花を添えに行った時の事だった。
墓標には既に花が添えられていた。
誰が添えたのかはすぐに分かった。
私はそれをめい一杯の力で蹴り飛ばした。
こんなもので母上が喜ぶわけがないだろう。
★月〇日
今日イサドラの孕んだ子が産まれた。
一体私を第何王子にする気だ。
今日は一日暗闇に包まれていた。
★月×日
信託により産まれた子供が殺されたらしい。
レオンティウスの時の信託とはずいぶん違う様だ。
神とは何だ?
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☆月◇日
久しぶりに手記を綴る。
読み返すと昔の自分がどれだけ愚かだったか分かるな。
だがこれは戒めとしてまだ残しておく事にしよう。
明日はアルカディア山奥に行く。
あの噂が事実だといい。
あの男にはまだチャンスをやろう。
くだらない事を言うならば今日レオンティウスに『義兄上は私の事が嫌いなのですか?』と聞かれた。
嫌いだ。
嫌いに決まっている。
どうしてあんな奴を好きになれようか。
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△月△日
もう書く必要も無くなったが、開いたついでに書いておく。
今日は奇妙な奴が私の部下に入って来た。
アナトリアの武術大会で優勝したというから腕を買ったが何なんだこいつは。
ただの馬鹿な童ではないか。
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☆月△日
ヒュドラは受け入れた。
着々と王になる道は築いてきている。
憎きレオンティウスめ。
いつか私がこの手で貴様を
ぽたり、ぽたり。
小さな音がしてすぐに続いていた文字が滲んだ。
「義兄上…」
周りにいた臣下達がぎょ、と目を見開く。
「…陛下、いかがなさいましたか。」
代表してカストルがレオンティウスの顔を心配そうに覗き込んだ。
ここはつい先日そのレオンティウスの手によって殺されたスコルピオスの私室である。
遺品の処理を自ら買って出たのはなんと殺した本人であるレオンティウスだった。
レオンティウスは一度大きく息を吸ってからぱたりと書物を閉じた。
「いや、何でもない。…カストル、これは私が保管してもいい物か?」
「勿論です。」
レオンティウスはもうすぐ空になるであろう義兄の部屋を一回見回してからくるりと背を向けた。
義兄上は何も悪くなどないのだ。
全てはMoiraの気まぐれにすぎぬ。
私達はいつまで彼女に踊らされる?
今の私には運命から解き放たれた義兄上が冥府で幸福に過ごせるようにと祈る事しか出来ない。
しかし貴方の生きた証は私が死ぬまで守り抜く。
「私は本当に愚かな義弟だ。」
義兄上、一度でも私を愛してくれてありがとうございました。
そしてレオンティウスは外套をひるがえした。