幸福という名の枷(スコルピオス+オリオン)

「へぇ〜、まだ完成してないもんなんだな。あんなに苦労したのにさ」

呑気な声で呟き城壁を見上げているのは、じきに弓兵隊の指揮を任されることになっている頭の弱い男だ。
最下級の身分でありながら奴が王国軍に身を置いているのは、隣国の武術大会で優勝したからに他ならない。
その腕がなければ奴隷あがりの者が城に出入りすることなど不可能だ。

「なぁ、完成したらここが俺の持ち場になるわけ?」

奴にはまるで教養がない。
王族である私にも態度を改めん馬鹿者だ。
返事がないことを気にも留めず、悩みなど無いかのように笑う腑抜けた顔もいけすかない。
あたかも自分が幸福であるかのように振る舞っているのだ。
惨めな悪あがきを見ると寒気がする。

城壁が完成した部分を横目に通り過ぎると、残り少ないが、瓦礫や岩の多い未完成の領域にさしかかった。
歩を進めるごとにみすぼらしい装いの奴隷が増えていく。
早く立ち去るに越したことはない。

「オラァ!休むな!」
「今すぐ死ぬか、石を運ぶか選べ!」
「替わりはいくらでもいるんだよッ!」

耳障りな怒号、雑音が飛び交い、その不快さに思わず顔をしかめる。
ふと、後ろからついてくる忌々しく軽い足音に違和感を覚えて足を止めた。
目をやると、奴は変わらぬ表情で飄々とついて来ていて、私に合わせて足を止めた。
束ねた髪を揺らし、何か用かとばかりにおどけた顔をしてみせる奴に苛立ち、背を向けようとしたその時だ。

「立ち止まってるんじゃねぇ!!!」
ピシャン!と乾いた音が地面に響いた。

奴の肩が一瞬震えたのを私は見逃さなかった。
表情も、笑顔ではあるが視線は馬鞭の音がする方向から背けられ、確かに強張っている。

私はようやく笑みを浮かべた。

惨めな奴だ!
どれだけ幸福者の振りをしようが、笑って誤魔化そうが、貴様はどうしようもなく不幸で哀れなのだ。
この事実は揺るぎはしない。

視線に気づいたのか、意識的に肩の力を抜いた奴は深く息を吐いて腕を組んだ。

「…何考えてるかわかんねぇけど、あんたそんなんじゃ一生幸せになれねぇぞ」

「不幸で惨めな貴様に言われる筋合はない」

「俺は不幸じゃねーっつーの。」

フン、笑わせてくれる。
意地でも認めぬその強情さをいつまで保っていられるのか見ものだ。
貴様が解を違えていること、いつか身をもって分からせてやろう。

++++++++++

静寂の中、私の靴音だけが響いた。
無能な王が死ねば貴様にもう用はない。

歩く最中、ほのかに光る白い弓を思い切り踏みつけると、弓はすぐに光を失った。
地に伏しているその持ち主も、もはやほとんど息をしていないだろう。

顎を軽く蹴り上げると、顔を隠していた長い髪がはらりと地に垂れ、青白い射手の顔が月光に照らされた。

「不幸で惨めな人生は楽しめたか?」

「………あんた、最後まで…気付かないんだな。」

足元から掠れた声が途切れ途切れに聴こえる。
その瞳は虚ろだが、奥にある光はしぶとく残っているようだ。腹立たしい。
奴は、その目だけをこちらに向けて言った。

「俺から、すれば…あんたの方が、よっぽど、」

背中を踏みつけて押さえ、勢いよく垂直に剣を振りかざした。

「ゔ、…っ」

反射的に目を見開き短い呻き声をあげると、口からごぽりと緋い血を溢し、奴は息絶えた。
剣を引き抜き、のせていた片足を地に下ろすと、奴の身体から流れる、まだ熱を持った血がどろりと足元を汚す。
…チッ、死んでも私を不愉快にする気か。
最初から最後まで忌まわしい奴だ。

もうすぐだ。
レオンティウス、あの男さえいなくなれば、私の望む未来は目前だ。
私は世界を統べる王になり、そして、神の眷属、奴隷、ヘレーネス、バルバロイ、全て等しく屠ってやろう!
それこそが、私の生きる意味なのだ。

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スコルピオスが、この先自分が本当の意味で幸せになれないことに気づかないままオリオンを殺す話

スコルピオスがオリオンに苛々するのは、「悪あがきに寒気がする」と言わせていますが、実はオリオンが少し羨ましかったという気持ちからです(本人も気づいてない)

スコルピオスは最後までオリオンを「不幸なくせにヘラヘラ笑って幸せな奴のフリをしてる」と認識してますが、当のオリオンは自分の人生を不幸だとは思っておらず、本当に自分の境遇を心の奥で不幸だと認識しているのはスコルピオスだった、その八つ当たりをオリオンにしていた、という話でした
スコルピオスは、「自分の人生が不幸だった」と認めないために王になることに固執しているのではないか?と思ってます

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