新さんへ

うん、いい天気じゃないか。
気に入っているワインが入荷すると聞いて贔屓の店に向かっていた俺は、道中で見覚えのある赤色を目に留めた。
ジュエリーショップのガラス窓に張り付き、険しい顔でショーウィンドウを覗くパンチートだ。
どうしてパンチートが、宝石店なんかに…?
普段の様子を見ていても、宝石に用があるとは思えない。

「パンチート、一体何してるんだ?まさか犯罪に手を染める気かい?いくら親友でも賛成はできないね」
「わっ!ホセ!違うに決まってるだろ!?……ハァ、」

滅多にため息なんてつかない友人の明らかに浮かない顔。
…こりゃあ話を聞いてやらないと駄目そうだな。
今日の予定は諦めるとしよう。

「なぁ、ちょっと話していかないか?昼は食べた?」

+++++++++++

「結婚?」

タコスを一口で三分の一ほど齧ると、パンチートは頷いた。
(彼の好みに合わせてメキシコ料理店にしてやった。)

「新に聞かれたよ。俺達結婚はしないのかって」

ウェイトレスからナチョスの皿を受け取り、テーブルに置く。
おや?この店はディップソースが1種類なのか。
メニューに写真を載せておいてくれないと困る。
失敗したな。

「で、どう答えたんだ?」

「さぁ、分からないって言った。それからずっと会ってくれないんだよ。」

「……」

残った三分の二には口をつけず、手にミートタコスを持ったままパンチートは続けた。

「ほんとに分からなかったんだよ。…結婚とか、考えたことなんて無かったんだ。それでまぁ、考えてみたけど…指輪を買ったって俺には似合わないだろ?それに、名前が同じになって何になるんだ?」
「一緒にいられるだけじゃダメだってのかい?ただ好きだ、ってだけじゃダメなのか?」

言いながら語気が荒くなっていくパンチートは、持っていたミートタコスを詰め込むように口に放り込んだ。
慣れない考え事は彼にとってストレスになるようだ。
俺は、少し落ち着けという意味も込めてパンチートの方にグラスを差し向ける。

「俺に聞くなよパンチート。俺は彼女じゃない。」

「そりゃそうだ。悪かったよ」

煽ったグラス(中身は水だ。流石にね。)を少し手荒くダン、とテーブルに置くパンチート。
この店を選んで正解だったようだ。
賑わう店内では、パンチートの苛立つ様子も目立たない。

「…新も、言いたいことがあるならはっきり言えよなぁ。」

パンチートは、グラスに手をやり下を向いたままボソッと呟く。
やれやれ。

「全く、呆れたな。馬鹿正直な君にできることなんて一つしかないだろ」

「ホセ、俺を馬鹿にしにきたんなら帰れよ」

「違う。君にできることは、馬鹿正直に自分の気持ちを彼女に伝えることだ。言いたいことをはっきり言わなかったのは君も同じだろ」

「…!」

分からない、だけで終わるなんてパンチートらしくないんだ。会ってくれない、なんて言葉もらしくない。
普段は恐ろしく空気の読めない男が、自分の言葉で傷ついた顔を見ただけで怖気付いたのだから、不安になる必要なんてないくらい彼女は愛されているのに。
全く、世話がやけるよ。

「……明日新に会うよ。どれだけ嫌だって言われても絶対に会ってやるさ」

「それじゃ決まり。さ、服を選ぼう」

「何だって?」


++++++++



あの日、『さぁ、分からない』って言った後、パンチートは私の顔を見て、サッと目を逸らした。
悲しくて、思わずその場から逃げてしまった。
それからパンチートに別れを告げられるのが怖くてずっと会うのを避けてきたけど、今日はどうしても会いたいと譲らなかったのだから、いよいよ別れを告げると決めたに違いない。
嫌だ…別れたくない…!

泣き出しそうな気持ちを押し殺して、ギュッとワンピースの生地を握る。
パンチートみたいに真っ赤な色は着こなせないけど、並んだ時にちょっとでもお揃いでいたくて買ったミスティピンクのワンピース。
別れ話をされるこんな日にどうしてこの服を選んでしまったのかは分からない。
…最後くらい、同じ色でいたかったからかな。

「あー…お待たせ」

聴こえてきた大好きな声にドキッとしながら振り向くと、そこにはパン………?????
えっ?誰…?

いつもの服ではなく、真っ白なサテン生地のグアヤベラシャツに、白いパンツ。おまけにソンブレロまで白い。

「ど、どうしたの…?」

さっきまでの緊張感も忘れ、あいた口を押さえながら尋ねると、真っ白いパンチートは小さな声で

「だから言ったじゃないか……ホセの奴ゥ……」
と呟いた。

「…服のことはもう、気にしないでくれよ。で…その、今日話したかったのは」

忘れていた緊張感と嫌な予感が再びやってきた。

「ごめんなさい!」

パンチートが何か言う前に…というか、聞きたくない言葉を言わせないように咄嗟に口から言葉が出る。

「結婚のこと…でしょ?し、しなくていい…あんな話してごめんなさい」
「指輪とか、いらない。結婚式も、しなくていい。名前だってそのままでいい…っ、形なんてどうでもよくて…!」
「パンチートと、これからもずっと一緒にいられるっていう、約束がほしくて、パンチートとずっと一緒にい、いたいだけで…だから、だから」

言葉と涙が一緒に溢れてきて自分が何を言ってるのかもう分からなかったけど、一度こぼれ出てしまったものが止められない。
また逃げ出してしまおうかと思ったけど、身体が動かなかった。動けなかったという方が正しい。
あったかい。…えっ?どういうこと?

「頼むよ、泣かないでくれ」

少し辛そうな声と、ぎゅっ、と抱きしめられる感覚に更に涙が溢れる。
逃げようとしても身動ぎできないくらいの力強さで、パンチートは私を抱きしめていた。

「…俺達、同じ気持ちだったのに気づいてやれなくて…しかもこんなに泣かせてさ…ホント、自分のことをぶん殴ってやりたい気分だ。」

きっと苦い顔をしているんだろう。
ぐ、と指先に力が入った。ちょっと痛い。
彼は言葉よりも身体の方に感情が出るのだ。
パンチートはハッとして手の力を少し緩めると、今度は肩に手を置き、私の目をまっすぐに見て言った。

「なぁ、結婚なんてしたってしなくたってどっちだっていいさ。このままずっと幸せでいようぜ」

そして、今度は涙を拭うように親指で頬を擦ると、そのまま顔の輪郭に手を添えた。
人差し指が耳にあたり、少しくすぐったい。
残りの指で押さえられた後ろ髪の毛先が首にチクチクと当たる感覚にも意識がいってしまって落ち着かない。
きっと真剣な目で見つめられているからだ。

「新、好きだ」

いつもと違う白い服を着たパンチートが、目を閉じて静かに顔を近づけてくる。

あれ…?
これってまるで、誓いの…



後日、あの服の経緯を知った私は、ホセにこっそりとお礼を言ったのだった。

「おや、その様子だと無事に"結婚式"は済んだようだね。」



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