『フィスト・ダンス』 第145回 「変幻自在の銀幕スター」
<実験台よ、頼んだぞ!>
真っ暗な館内には、「アチョーッ!」という声が響いている。スクリーンの中で、めまぐるしく躍動するブルース・リーの技は冴えに冴え渡っていた。
その年、ブルース・リー主演の『ドラゴン危機一発』に続いて、夏には『ドラゴン怒りの鉄拳』が上映されていた。翔太は、瞬時の動きも見逃してたまるか、というようにスクリーンを睨みつけているが、大中の面々は誰もが同じだった。映画を見る時には、「お約束」の両手にソフトクリームの翔太だが、リーの動きを見つめるには邪魔と、超特急で処理している。
「速えええ」
右隣のマーボがひたすら嘆息し、左隣のトミーは喰い入るように見つめては、息を荒くしていた。その隣にいる晃一らも、「凄え」の連発だ。館内には中学生高校生が多くあちこちで、「おおっ」「はああ」の声が湧いている。
リーの技は、ワンアクションではなく、途中から軌道が変化するという、それまで見たこともない技だった。あのスピード、切り返し、なめらかさ、どれを見ても、それまでの格闘家のテクニックとは段違いだ。従来の格闘家の技が、スタートした時点で、どこをどう通過してくるのか見えるのに比べ、リーの技の軌道は変幻自在で予測し、ディフェンスするのは至難の業だ。
「凄えな、リー。全然、違うぜ、他とは」
トミーが翔太に、なっ、と同意を求めたが、その通りだ。
蹴りの途中で軌道を変えれば威力は減退するから、映画用のアクションだろうが、実戦で使えたとしたら途轍もない技になる。
チャイナ服を脱いだリーの筋肉のストリエーション、筋肉の束は見事で、翔太はほれぼれと見とれていた。日常の絶ゆみない反復が作る筋肉だ。
映画のストーリーは二の次で、ただただリーの繰り出すパンチ、キックに目を奪われるばかりだった。
あの速さで、自在に手足を操ることができたら無敵だ、と翔太はトレーニングの構想を描いていた。誰かができるのならば、それは自分もできるということだ。いや、自分ならもっとやれるはずだ、というのが、この頃の翔太の自負だ。
いったい、普段はどんなトレーニングをしているんだろう、とそればかり考えていた。あの技を身に着けるためには、どんなトレーニングをすればいいのか、翔太は思案している。
翔太が10代はじめの頃、いや、その前から他の子と決定的に違ったのは、ただ感動、感心するだけではなく、その中身、本質を見抜こうとしたことである。それだから、表面上のことに流されたり、そこで思考停止したりすることはなく、上っつらだけのことは、即座に喝破して騙されない。
ここから先は
無期懲役囚、美達大和のブックレビュー
書評や、その時々のトピックス、政治、国際情勢、歴史、経済などの記事を他ブログ(http://blog.livedoor.jp/mitats…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?