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『天晴!な日本人』 第107回 徳富蘇峰(5) 「蘇峰、気骨なき偉人」

<政府御用達ごようたし新聞の足跡>

蘇峰自身、『国民新聞』で「吾人ごじん(自分のこと)が政友たる松方内閣」(明治三一年九月一日付)と宣言していました。直後、松方と改進党の大隈おおくまの主張が決裂し、大隈は辞任します。
この時、蘇峰は辞めなかったことで、一層「変節漢」の非難を受けています。
陸羯南くがかつなんの『日本』では、「多年藩閥を攻撃して今は藩閥の参謀となった」、『万朝報よろずちょうほう』では、「蘇峰の無節操を責める野暮やぼ」と批判されました。
蘇峰は初心を捨て、言論界で特権的地位を得ることで、野心を満足させたのでした。

一八九七(明治三〇)年一二月二五日に松方は辞職、蘇峰は翌年一月一二日に辞めています。『国民新聞』の発行部数も四分の一の四〇〇〇部に激減し、同社で発行していた『国民友』『家庭雑誌』『極東』の三誌は廃刊となりました。
こうして蘇峰は平民主義から帝国主義に転向し、参事官を辞職した年に初めて、それまで敵だった伊藤博文と会談し、一九〇〇(明治三三)年五月、伊藤が立憲政友会結成のため、九州に遊説に向かった折りには同道しています。

翌年、六月に第一次桂太郎内閣が誕生すると、蘇峰は旧知の桂と一心同体のべったりの関係を隠さないどころか、世間から「御用記者」とまで呼ばれるようになります。
桂について蘇峰は、「の交際した政治家のうち、桂ほど当てになる人もなく、人言を聴く人もなく、聴いて行う人もない」と絶賛していました。
この時代の人は自分を指す一人称として「」「」を使うことが多かったのです。
他には「吾人ごじん」「乃公だいこう」「それがし」などあります。

桂は誠実な人です。自分の愛人にすら、死後、生活の面倒を見る約束を守る人物でした。
加えて桂は、「ニコポン」と称される、人たらしです。
ニコニコ笑いながら、相手の肩をポンと叩くところから、こう言われています。
他には、八方ならず「十六方美人」という異名もありますが、敵を容易に作らない人でした。
桂は蘇峰に対して、あれを書いてくれ、こんなことは書くなとは毛ほども言わなかったと蘇峰は述懐していますが、珍しいことでした。

桂時代、『国民新聞』の発行部数は回復し、一九〇二(明治三五)年一二月には一万六〇〇〇部を超えました。
この後、日露戦争時には八万部になっています。
当時、新聞を購読する人は限られていて、平生の他紙の最高部数でさえ一〇万部から一五万部、地方紙では数千部が普通でした。

日露戦争後の講和条約では、賠償金を取れず、マスコミが煽ったせいで「日比谷ひびや焼き打ち事件」(明治三八年九月五日)が起こり、御用新聞の蘇峰の新聞社は民衆に襲われ、社員はピストルや日本刀で応戦しています。
蘇峰は翌日の新聞で、桂の講和を支持すると報じましたが、ここは、「よくぞ言った!」です。
そのせいで一万五〇〇〇部も減りました。

一九〇六(明治三九)年、『国民新聞』は購買者層を知識階層から一般大衆に変えます。
以後も桂内閣に協力し続け、一九一一(明治四四)年八月二四日、桂は二度目の退陣をする際、蘇峰を貴族院議員に勅選(天皇からの任命)してやりました。
大変な栄誉でした。ご褒美ほうびということです。
人たらしの桂はすかさず、蘇峰の「御両親様の御面目、御嘉悦のほど、拝察にたえず」(現代文に直した)と書を贈っています。

一九一二(明治四五)年七月三〇日の明治天皇崩御ほうぎょに際し、蘇峰は最大限の賞讃と弔辞ちょうじを載せましたが、夏目漱石は知人あての書信で「最も、おべっかを使う新聞。おべっか上手の編集といえば彼(蘇峰のこと)の右に出る者はない」と皮肉っています。

一九一二(大正元)年一二月二一日に成立した第三次桂内閣を支持し続けましたが、この時の桂の首相就任には、この人らしくない強引さがあり、それに護憲運動の波が加わり世間の非難の嵐と騒動を生みました。
桂内閣はわずか五三日で倒れ、蘇峰の新聞社は再び襲われ、二三万部を誇っていた発行部数は三割も減ったそうです。
護憲運動とは、藩閥政治を打破し、政党による政治を確立しようというものでした。
現代でこそ、どこかの党に属する議員によって内閣(政府)が作られるのがあたりまえですが、この頃は薩長出身者が政治を牛耳っていたのです。
桂も長州閥で、ドンの山県の直系でした。
桂内閣は、日英同盟締結、日露戦争勝利、内国勧業博覧会開催、桂・タフト覚書(日本の朝鮮、アメリカのフィリピンの属国化を互いに認める)、などの業績があり、長く続きました。

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