『フィスト・ダンス』 第172回 「好敵手は喜び!」
<飽くことなく続けることこそ、自分を作る>
「どうなんだ、奴らは勝てそうか?」
『テオジニス』のカウンター席には、翔太を真ん中に、右に丈次、左に大作と、2年生・1年生の番長がいた。
卒業まであとわずかの翔太にとって、2人に教えることは山ほどあった。それで、時間を作っては、こうして話をしてやっていた。
「今回はイケそうです。その日の互いの調子にもよるでしょう、奴らの今の実力は」
翔太は迷うことなく天野に応じた。
マーボ、トミー、藤田の実力は、まさに拮抗していた。ほんの刹那のミスで、どっちが勝ってもおかしくなかった。
「ほお、イケそうか。マーボ、トミー、相当腕を上げたんだな、あのみきおに追いつき、追い越せそうとは」
カウンターの向こうで天野が太い腕を組みながら目を細めている。
本当に、よくぞ追いついたものだ。マーボとトミーの根性は敬服に値するが、2人が不倶戴天の敵というのも一因だった。
鍛錬をサボれば負ける。
2人にとって翔太以外に負けることは屈辱に近いことだ。
まして、大人になってからも極道として張り合う相手同士なら尚のことである。
その点では、大中の長ランメンバーの半数以上が将来は極道、ヤクザになると道を決めているので、勢い、鍛錬にも力が入る。
極道の権威、権力の源泉は、いかにゼニカネの時代になっても、終局は力、暴力である。
その証拠に平成に入ってから、世に大親分と知られた人が引退した途端、それまでの子分たちに何億円もの金を恐喝される事件が頻出していた。
以前なら考えられなかったことである。
おめおめと警察に届けるわけにもいかず、泣き寝入りするしかないが、暴力の力は絶大なのだ。
こうしたこともあり、昔と違って現代のヤクザの親分は死ぬまで引退しないのが普通になった。
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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー
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