芭蕉ゆかりの大垣、川湊の桜と舟下り
俳句と暮らす vol.11
芭蕉ゆかりの俳句のまち、岐阜県大垣市
岐阜県南西部に位置する、岐阜県大垣市。
全国でも有数の自噴帯に位置しているため、市内のあちこちに自噴井や湧水があり、冷たくておいしい水が飲み放題!という「水の都」です。
自噴井は、ペットボトルやタンクを持って水を汲みにくる住人でいつも賑わっています。
そんな水の都で生まれた名物が「水まんじゅう」。大垣の夏の風物詩です。
水がおいしい大垣は、和菓子の老舗や有名な酒蔵も多く、たくさんのおいしいものに出会えるまちだと思います。
そんなふうに魅力を語り始めると止まらない大垣ですが、やはりここで特筆すべきは「俳句のまち」だということ。
大垣は、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅を終えた“むすびの地”として知られ、市内のあちこちに投句ポストがあったり、俳句関連行事がたくさん開催されていたり、松尾芭蕉のミュージアムがあったりと、私にとっての「俳句の聖地」です。
ちなみに私が俳句をはじめたのも、ここ大垣市でした。
水門川から満開の桜を見上げる舟下り
四季を通して美しい景色が楽しめる大垣ですが、春の楽しみといえば、やっぱり舟下り。
大垣市内を流れる、美しく澄んだ水門川で、約30分の舟旅が楽しめます。
毎年、春になると、ふたつの風情ある舟下りが、順に運航されます。
3月末から4月初旬、桜が咲く頃に限定運航する「水の都おおがき舟下り」。
川を下っていくと、満開の桜が、今にもこぼれ落ちそうなほどに川面へと覆いかぶさっています。
大垣駅近くの水門川の乗船場から出発し、水門川を約1.1km、ゆったり、のんびり、ゴールの船町湊まで下ります。
和舟に乗り込むと、ふたりの船頭さんがやさしい手つきで舟を漕ぎ始めてくれます。
川沿いの美しい自然を眺めながら川を下ること、30分。
80本以上咲き誇る桜を、川面から見上げるように愛でながら舟に揺られる川下りは格別です。
たらい舟に乗って、新緑輝く川を下る
もうひとつ、4月下旬からゴールデンウィーク頃にかけて楽しめるのが、めずらしい「たらい舟」の舟下り「水の都おおがきたらい舟」です。
楕円形のたらい舟に乗って、同じように水門川を下ります。
船頭さんは長い棹一本で、川底を巧みに突きながら、ゆらりゆらりと大きなたらいを漕いでくれます。
これは、関ケ原合戦の際、石田三成に仕えた山田去暦の娘「おあむ(おあん)」がたらいに乗り、落城する大垣城から抜け出したという戦国秘話にもとづいて、それを再現するように運航されているもの。
もちろん私も乗ったことがありますが、普通の舟に比べると揺れが大きく(ちゃんと座ってれば落ちることはありません!)、ちょっとしたスリルが味わえるのも楽しいです。
たらい舟が運航を開始する頃には、桜の木も葉桜から新緑へ。
きらきらと生命力あふれる新緑の木々に囲まれた水門川は、桜の頃とはまた違った煌めきです。
大垣は水が美しく、川の水も澄んでいるので、鮮やかな新緑を鏡のように川面に映してくれます。
新緑を映した川面を、たらい舟がすうっとすべるように下ると、静かな航跡波が広がります。
新緑の葉の香り、水門川の水の香り。
何度も深呼吸がしたくなる気持ちよさです。
戦国時代に思いを馳せながら、ゆらゆらとたらい舟の舟旅を楽しむ、大垣ならではの初夏の川遊びです。
船町湊にある「奥の細道むすびの地記念館」
舟下りの終点は、大垣市の「船町」というまち。
かつて川湊があったこの地は、松尾芭蕉が『奥の細道』のむすびの地として選んだ場所です。
元禄2年(1689)秋、松尾芭蕉は「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」という句を詠んで、約5か月に渡った『奥の細道』の旅を終えました。
その川湊には現在、「奥の細道むすびの地記念館」が建っています。
その名の通り、松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』に関する資料を展示している、俳句のミュージアムです。
芭蕉がはじめて大垣を訪れたとされるのは『野ざらし紀行』の旅の途中、貞享元年(1684)9月下旬のこと。
以前から親交のあった船問屋の谷 木因(たに・ぼくいん)を訪ね、木因宅に1か月ほど滞在しました。その際、大垣の俳人たちが新たな門人になったといわれています。
芭蕉が門人に宛てた手紙によると、『奥の細道』の旅のむすびの地は、旅立つ前から大垣と決めていたのではないか、ということもわかっています。
芭蕉にとって大垣は、自分の俳風を受け入れてくれる親しい友人や門人たちがいる、思い入れの深いまちだったのかもしれません。
4月3日には「春の芭蕉祭」を開催
そんな、桜が満開の「奥の細道むすびの地記念館」周辺をメイン会場に、桜が満開を迎える4月に「春の芭蕉祭」が開かれます。
毎年恒例の春のお祭りですが、今年は、奥の細道むすびの地記念館の開館10周年を迎えるアニバーサリーイヤー。
丸山桂里奈さん、前園真聖さん、戸田菜穂さんによるラジオの公開録音や、俳句を学び、俳句づくりに挑戦できるステージイベント「100年俳句ライブ」、大茶会や抽選会がある「城下町大垣きもの園遊会」、さらには物販やグルメゾーンも充実し、まさに春のお祭りの賑やかさです。
さらに、事前投句と当日投句による「市民俳句まつり」も開催され、表彰式も行われます。
芭蕉祭終了後、暗くなると川の両岸で桜のライトアップがはじまり、昼の賑やかさとはまた違った、幻想的な雰囲気に包まれます。
この日、私の俳句文具ブランド「句具」も、子ども向けワークショップを開催することになりました。
小・中学生を対象とした「オリジナル作句ノートづくり」。
句具の「作句ノート」を、季語のモチーフのステンシルなどで飾って、オリジナルノートをつくります(予約優先)。
日常に俳句がある、大垣の“小さな俳人”たち
岐阜で俳句を楽しむ私にとって、大垣は愛媛・松山に負けない「俳句のまち」だと思っています。
市内約40箇所に点在する俳句ポストには、小中学生の部だけでも月間で1500~3000句もの句が集まっていて、将来が楽しみな“小さな俳人”がたくさん活躍しています。
子どもの句はとにかく純真で、着眼点と言葉選びがおもしろいものがとても多く、いつもその発想力に感動しています。
大垣市内の小中学校では俳句の授業が年10時間ほどあり、地元俳句協会から講師が派遣されるため、プロから直接、俳句を学ぶことができます。
発表の機会は、市内で開催される俳句大会や、市民投句の俳句ポストなど。
さらにここ数年は、子どもの句を掲載した句集が、大垣市から発行されているそうです。
子どもの頃から俳句に触れることで、四季の美しさや故郷での暮らしを、十七音に真空パックして大切にとっておくことができるんじゃないかな、と、大垣の子どもたちのことをとても羨ましく思っています。
俳句のまち、大垣。
美しい水門川沿いに咲き誇る桜、風情あふれる舟下りを、ぜひ芭蕉ゆかりのこの地で、春の一日をぜひ、楽しんでみてください。
俳句を詠んだことのない人も、ここで心穏やかな一日を過ごせば、はじめての一句がふっと降りてくるかもしれませんよ。
暮らしの一句
川の香の舟は湊へ花笑う 麻衣子