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おっぱいの願い~「乳花薬師」(ちばなやくし)をたずねて~
物語をさがして vol.28
こんにちは。昔話をたどっていると、ご利益のある神様や仏様が近くにいらっしゃることがわかって会いに行きたくなることがあります。
今回は、名古屋の「乳花薬師」(ちばなやくし)と呼ばれて信仰を集めている薬師様についてのお話です。
薬師様、薬師如来(やくしにょらい)とはよく耳にする信仰の対象ですが、いったいどんなご利益のある仏様なのでしょうか。
阿弥陀如来(あみだにょらい)が死後の安らぎ、極楽浄土を与えてくれるのに対し、薬師如来は、現世での願いをかなえてくれるということです。病気や苦しみ、寒さ、飢えや渇き、暴力、といった現世のあらゆる悩みに手を差し伸べます。
名古屋の「乳花薬師」は名のとおり、「乳」の願いによく答えたという言い伝えが残っています。
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昔話では死んだ姉の子を妹が預かりますが、保護者となったからにはなんとか育てなければという、焦り。乳への熱望と執着は他人事とは思えません。
私も母乳育児を経験しましたが、少なかったり出すぎたり、時には乳腺が詰まったりと体調に左右されるうえに、それで体重がきちんと増えているのか検診でチェックされるのですから、なかなか心配ごとは尽きず。大変なんですよ。
それでも今は粉ミルクを上手に使えば乗り切れるでしょうが、乳のあるなしが子の死活問題だった時代、薬師様にすがった女の思いはとても分かります。
海上寺の薬師様
その薬師様があるとされた御園筋の「東光寺」は廃寺になり残念ながら現存していませんが、薬師様は瑞穂区の「海上寺」に伝わっています。
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「海上寺」(愛知県名古屋市瑞穂区直来町5丁目5)は瑞穂区の町中にある真言宗のお寺です。現在は周りには海は見当たりませんが、かつては海が迫っていたので海上に建つ寺のようだったのでしょう。
「尾張名所図会」によると、ここの本尊の薬師様は「弘法大使の手によるもの」で霊験が高く、訪れる人が「粟」を持参して参ったので「粟薬師」と呼ばれていたのだそう。
「粟薬師」と、後でやってきた「乳花薬師」ともに人々の現世での苦しみに、長らくこの地で耳を傾けてきたのでしょう。
お寺には保育園が併設されています。
看板がとてもかわいいです。
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門をくぐると大きな彫刻が鎮座していました!
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ぽってりとかわいいフォルム。石彫ながらまるで温度があるかのようです。
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本堂の脇には乳をかたどった絵馬が飾られていました。
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無事に赤ちゃんが生まれてきますように、健康で過ごせますように、安産祈願、母乳満足、家内安全、合格祈願も・・・ 薬師様に手を合わせる人の願いが綴られています。
保育園からは、かわいらしい子供たちの声が聞こえてきました。少子化が言われていますが、こんな大変な世の中に生まれてきてくれた命や、苦労しながら子育てをがんばっている親の力には尊いものを感じます。みんなにとって平和で幸せな世の中でありますように・・と願うのでした。
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参考:日本の民話66『尾張の民話』小島勝彦 編(未來社)
海上寺 案内板
『尾張名所図会』 岡田 啓著(国会図書館デジタルライブラリー)
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