怖がらずに向き合えば、勉強は「痛快な体験になる」/人気教育YouTuber・葉一さんインタビュー
☆様々な分野の「学びのプロ」に桜木建二が話を聞く連載企画!
圧倒的な支持を得る教育系ユーチューバー
「昔からコミック読んでます。家に全巻そろってますよ。人の感情の動きを大切にした桜木先生の教え方や思考法、大好きです」
お会いしたとたん、そう、ほめていただいてしまったぞ。話のつかみのうまさ、弁舌のさわやかさは、さすが日々の動画出演で鍛えられているだけのことはある。
YouTubeで小学3年生から高校3年生までを対象とした授業動画「とある男が授業をしてみた」を投稿し続けている、葉一(はいち)さんのことだ。
葉一(はいち)
1985年、福岡県生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。営業職、学習塾講師を経て、塾に通えない生徒にも学習の幅を広げる機会を与えたいというモチベーションから、2012年に教育系ユーチューバーとなる。運営するYouTubeチャンネルは、「とある男が授業をしてみた」。小3~高3の授業をカバーする。チャンネル登録者数は約80万人。
主な著書に『一生の武器になる勉強法』(KADOKAWA)などがある。
「教育系ユーチューバー」の第一人者として高い人気を誇る彼のもとを訪ねてみたぞ。
同じように授業形式で教育動画を配信している人は数多いが、葉一さんへの支持の熱さは図抜けているな。とりわけ中学生世代からの信頼は厚い。
なぜそうなっているのか。まずは「先駆者だから」という点が大きいな。葉一さんは2012年から動画配信を始めている。
「そうですね。これまでに上げた授業は3千本以上になります。『勉強で困ったときにはこのチャンネルを見ればなんとかなる』と、思ってもらえているのかなと。
特に、中学校の単元をここまでそろえている例はほかにないので、そこは強みになっているのかもしれません」
しかも、だ。すべての学習範囲を、葉一さんというひとりの人物が教えてくれるというのが効いているのだろうな。
大手の業者が人海戦術でたくさんの講師を使って、全単元の授業を取りそろえることは、やろうと思えば短期間で可能だろう。
が、それははたして動画を見る子どもたちにとって、魅力的なのかどうか。
どの単元でも変わらずお気に入りの先生から教えてもらえるという安心感と喜びこそ、勉強のモチベーションになるのだ。
わかりやすくシンプルな内容がウケる
さらには人気の秘密が、内容の充実ぶりとわかりやすさによるところにあるのは、言うまでもないな。
葉一さんの授業は、冒頭からある問題が提示される。そうして、「一本だけ見終われば、この問題がきっと解けるようになる」という構成でできている。
動画のつくりとしては非常にシンプルだ。
「塾や学校の授業なら、生徒たちの関心を引きつけるための組み立ても必要でしょうし、彼らの表情やリアクションによって対応を変えたり、興味を持ってもらうための雑談も必要になったりするかもしれない。
でも、動画はそもそもそういうインタラクティブなことができません。ならば、できるかぎりシンプルにして、生徒がつまずいている目の前の問題を解けるよう導くことだけに特化していますね」
「葉一オリジナルフォント」が親しみやすさを演出
YouTube上の人気講師、葉一さんの授業動画で特筆すべきは、板書のわかりやすさだ。
基本的に画面にはホワイトボードと葉一さんしか映らない。板書の字は見やすく、内容も必要最低限に絞り込んである。
「2012年に授業動画を始めたときからのこだわりとして、ライブ感を残したいので授業部分の動画に編集は加えないということがあります。
これまでずっとそれを守ってきているのですが、となると画面にはホワイトボードと自分だけ、という形になりますね。
できるだけ、ホワイトボードに書かれていることだけに視線を集中してもらいたいのですが、ならば板書はきれいで読みやすくないといけませんよね。そこは心がけている点です。
かつては塾講師をしていたのですが、そのころからホワイトボードへの板書については、だれよりもたくさん練習してきました。
自分の頭のなかには、自分なりのフォントがたたき込まれているんです。それに沿って一字ずつていねいに書いていきます。
ですから、ふだん日常で書く字と板書の字はまったく違いますね。
板書用のオリジナルのフォントは、丸文字と角文字のあいだのちょうどいいバランスを追求しています。
男性っぽい角ばった字だと、女の子にそっぽを向かれますし、丸みがありすぎると男の子や保護者が離れてしまいますので」
教科書を研究し尽くして授業内容を構成
授業内容については、各学校で使われている教科書をじっくりと研究。ベーシックかつ最も本質的な解法と説明を見つけ出して、それをどう伝えたらすんなりと聞く側の腑に落ちるのか考え抜くそうだ。
授業で発する言葉の一つひとつを吟味し、板書も無駄を削ぎ落としていく。
「とはいえ削り過ぎると味気なさすぎて、見てもらえないものになりますから、注意が必要です。
ぶつ切りの知識だけ与えられても、咀嚼もできなければ頭にも入ってきませんからね。
せっかく授業形式にしているのだから、考え方の流れがわかるような話と板書にしようと気をつけています。
『なるほど』『そうか』『ふむふむ』などと思わずつぶやきながら聞いてもらえるくらいのほうが、しっかり知識として定着していくだろうと思います」
人間が集中できる時間は限られている
葉一さんはYouTubeや著書『一生の武器になる勉強法』(KADOKAWA)などで、効果的かつ持続可能な勉強法についても説いている。
「世に勉強法や、やる気の出し方について書いてあるものはたくさん出回っていますよね。
そうした定説はよくできたものだと思うので、加えて僕が言えるとしたら、どうしたらその勉強法を実践して、勉強を継続していけるかのコツみたいなものです。
たとえば、平日に学校から帰宅したあとの勉強をどうするか。
疲れているし、毎日やる気を出せと言われても、なかなかそうもいかない人は多いはず。そんなときは、帰宅後の勉強時間を3〜4分割してみるといいですよ。
毎日2〜3時間くらいはまとめて勉強時間をとらなければ、などと考えると気が重くなるばかり。
だったら帰宅後、まずは何をおいてもちょっとだけ勉強に手をつけてしまう。たとえ一問でもいいから問題を解く。
そこで30分でも勉強できたら、食事をしたり風呂に入ったりしてリフレッシュ。それでまた、なんとか1時間くらいは机に向かう。
時間がきたら無理せず手を止めて、休憩すればいいでしょう。テレビを見るなりスマホをさわるなりして時間を過ごす。
そして、キリのいいところでもうひと踏ん張りだけ。寝るまでの時間に、できる範囲で勉強時間をとり、眠くなったらちゃんと就寝。
どのみち人間の集中力はそれほど長く続かないのですから、時間を自分の都合に合わせて分割しながら、短くとも集中して勉強に取り組める時間を確保したほうが効果は上がりますよ」
新しい知識を記憶し定着させるのが勉強
勉強する中身についても、ひとつコツを挙げるとすれば、勉強にはふたつの側面があることを意識するべきだという。
「勉強というのは、『新しいことを覚える』側面と、『覚えたことを忘れない』側面に分けられます。
新しいことを覚える側面のほうがやっていて新鮮ですし、勉強した気になるので、ついそちらに比重をかけてしまいがち。
ですが、学力・成績に結びつくのは覚えたことを忘れない側面のほうです。
勉強とは新しい知識を自分の中に記憶し定着してこそ完了します。こまめに復習して、覚えたことを忘れないようにしましょう。
先に勉強時間は分割したほうがいいとも言いましたね。分割された勉強時間ごとに、覚えるべきことの復習を短時間でもいいからこなしていくべきです。
新しく覚えたあとは、なるべく早いタイミングで繰り返し復習をするのが、知識定着の最良の方法ですから」
高校の数学の先生の影響で「教える仕事」に就く
YouTubeで発信を始める前の葉一さんは、塾講師として生徒の個別指導にあたっていたという。なぜ教えることを仕事にしたのだろう。
「高校のときに数学を教わった先生の影響ですね。その授業が僕にとっては理想的で、いまもそれを追いかけ続けている感じがしています。
もともと数学は得意じゃなかったんですが、授業はすごくわかりやすくて、数学こそ自分の武器だと言えるほどまでに学力が伸びました。」
勉強はいい方向に回り出すとやる気も高まる
「先生はまず問題を解くにあたって、無駄な部分をとことん省いていって、何を覚えておきさえすれば解けるのかを明確に示してくれたんです。
この形式の問題では、何がポイントか、どの部分を覚えておけばいいのかがわかると、「自分で解けた」という実感が得られます。
覚えるポイントが的確だから、類似問題にも対応できて、ますます「できる!」という自信がつく。
いちどいい方向に回り出すと、やる気も生まれてきて、自分からどんどん前向きに勉強するようになるものですよね。
数学に苦手意識を持っている子は多いと思いますけど、
・まずはどこから手をつければいいか
・最低限覚えることは何か
そのあたりを明瞭にしてイチから勉強してみれば、きっと克服し挽回できるはずですよ。
しかも数学は、勉強した分だけは確実に伸びるタイプの教科です。まず押さえておくべき問題パターンも、単元ごとにきちんと分けて考えていけば、じつはそれほど多くないんです。
いったん『自分は数学ができない』と思い込んでしまった子は、何やら広大な大海原に一人で立っているような気分になってしまうでしょうけど、そんなふうに思う必要はありません。
怖がらずに、まずはいったん向き合ってみれば、やった分だけ自分の解ける問題が増えていきます。それはけっこう痛快な体験になると思うんです」
YouTubeで学びの機会均等を実現
高校時代の数学教諭にあこがれて、教える仕事に就いた葉一さんだが、ではなぜYouTubeでの授業配信を始めたのか。
「塾講師をやっていたころ、月謝の負担があるから塾には来れないという子が、想像以上にたくさんいることを知りました。
なんとかならないものかなと考えていたところ、YouTubeのことが頭に浮かびました。
自分もよくいろんな動画を見ていましたけど、そういえばこれって無料でだれでも見ることができるな、ここに問題の解き方を出せば参考にしてくれる子はけっこういるかもしれない。そう思いついて、翌日から投稿を始めました。
やっているうちに、動画を見ながら勉強するというのもアリなんだと、どんどん子どもたちに認めていってもらえたのでよかったです」
学びの機会均等を実現するのに、ひと役買ったというわけだ。
親の小言は成績アップではねのけろ!
子どもたちがすぐ「動画で勉強」になじんでいったのは、確かに実感するところだが、親の世代は子どもと同じ速度で受容ができていないのは気にかかるな。
実際のところ葉一さんの耳にも、「スマホで勉強なんて……。真面目にやっているんだか遊んでいるんだか、よくわからない」といった親からの意見が届くことはあるそうだ。
「YouTubeで勉強しているんだよと言っても、そんなの勉強じゃない、成果が上がるわけないと頭ごなしに言われるとの声をよく聞きます。
子どもの側からすると、せっかくがんばっているのに小言を言われるというのは、いちばんモチベーションが下がってしまうパターンです。
ただ、もうそろそろ親御さんの世代にもちゃんと認知していただける段階に達するんじゃないか、それこそ今年あたりにぐっと浸透してくれるんじゃないかというのが、日々YouTubeで発信している者としての肌感覚なのですが……」
もうひとつ懸念を挙げるなら、YouTubeで勉強となれば、多くの場合は手元にスマホを置いていることとなる。
スマホといえばだれもが知る通り、ゲーム、動画、SNSと、そこに遊ぶためのツールもたっぷり入っている。勉強するつもりが、つい誘惑に負けて遊びにふけってしまう……、ということはないのかどうか。
「それは正直なところ、ありますね。スマホが誘惑のかたまりであることはまちがいありません。だからこそ親御さんにも否定的な目で見られることになるのだと思います。
これは一人ひとりが、自分の意志の力でどうにかするしかないでしょうね。あとはそうですね、成果をしっかり出すことが重要になります。
ゲームやSNSで遊ぶことが、一概にいけないわけではないと思うのです。ただ、そればかりにふけって、勉強や生活がおろそかになってしまうと問題がある。
だったら、スマホを使って勉強することでちゃんと学力をつけて、成績のアップ・維持を実現してみる。それができてさえいれば、合間にスマホで遊んでいたって、さほどガミガミ言われずに済みますよね。
スマホは私たちの生活と、もはや切っても切り離せないもの。排除するよりもうまく活用し、付き合っていく方法を編み出すほうが、おそらくは健全といえるんじゃないでしょうか」
* * *
ライター・山内宏泰
主な著書に、『親が知っておきたい 学びの本質の教科書 教科別編』(朝日学生新聞社)、『ドラゴン桜・桜木建二の東大合格徹底指南』(宝島社)、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社新書)、『文学とワイン』(青幻舎)などがある。
☆この連載はLINE NEWS「朝日こども新聞」(月、水、金 8:30配信)でも配信されています。LINEアプリ(news.line.me/about)をインストールして「朝日こども新聞」を検索!
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