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武侠ものの何たるかと原作の掘り下げと 分解刑『東離劍遊紀 下之巻 刃無鋒』

 TVシリーズ第四期もいよいよクライマックスの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』、その第一期のノベライズの下巻が本書です。神誨魔械・天刑劍を巡り繰り広げられる「義士」たちと玄鬼宗の戦いは、七罪塔を舞台にいよいよ激化。その中で、それぞれの秘めた思惑が明らかになっていきます。

 かつて魔神・妖荼黎を滅ぼした天刑劍を我が物にせんとする玄鬼宗首領・蔑天骸に、兄をはじめ一族を皆殺しにされた少女・丹翡。彼女は謎の美青年・鬼鳥の助けで、風来坊・殤不患と鬼鳥の下に集った「義士」たちと共に、蔑天骸の根城・七罪塔に向かいます。
 しかし七罪塔に至るまでには、亡者の谷・
傀儡の谷・闇の迷宮の三つの関門があります。ところがこれを突破するために集められたはずの仲間たちは実力を発揮せず、一人で戦わされた上に嘲りを受けた殤不患は激怒し、一人別の道を選びます。

 その後を追ってきた丹翡と鬼鳥と共に、一足早く七罪塔に足を踏み入れた殤不患ですが、そこで鬼鳥の裏切りを知ることになります。さらに捕らわれた殤不患と丹翡の前に現れた狩雲霄から、鬼鳥の正体が東離にその名を轟かせる大怪盗・凜雪鴉であり、全ては天刑劍を奪うための企てだと知らされて……


 上巻が舞台設定の説明と「義士」たちの集結を描くものであったとすれば、下巻はいよいよ彼らが玄鬼宗の本拠地に乗り込み、激闘を繰り広げる――と思いきや、その予想を裏切るような意外な展開が連続します。

 確かに癖は強く単純な正義の味方ではないものの、頼もしい味方と思われた「義士」の面々は、様々な形で殤不患そして丹翡を裏切り、それどころか全ては凜雪鴉の奸計であったと明かされる始末。我々読者も振り回しながら、物語は悪党同士の騙し合いへと突入していきます。
 これはもちろん原作(人形劇)のままではありますが、改めて見ても展開の皮肉さ、ドライさは強烈で、この辺りの味わいは、ある意味実に原作者らしいといえるでしょう。

 しかし、そんな悪党ばかりの渡世だからこそ、その中で正しきものが輝くのもまた事実。殤不患の侠気、丹翡の清心、捲殘雲の熱血――この三人の姿は、大きな試練に遭ってさらに光を増すことになります。
 特に上巻でも描写が大幅に補強されていた丹翡と捲殘雲は、この下巻において、さらに丹念にその心の動きが描かれます。江湖の何たるかを知らずにいた丹翡と、江湖に理想を抱いていた捲殘雲。この二人が江湖の現実にぶつかり、打ちのめされ、しかしそこで互いに通じるものを見つけ、手を携えて立ち上がる――それは、そのまま二人の人間としての成長の過程であり、そしてラストで描かれる二人の姿に大きな説得力を与えています。

 そしてそんな二人の前に巨大な背中を見せて立つ真の好漢、傷の痛みも患わず、謀られてなお笑う奴――誰もが親指を立てて讃えたくなる痛快無比な殤不患は、「武侠」という概念を人間の姿にしたとすら感じられます。
(ちなみに本作からは、生き様という点では、殤不患と凜雪鴉が根を同じくする一種のあわせ鏡であることに気付くのですが……)

 上巻の紹介で、本作は悪党たちを描くことにより、逆説的に「武侠」という概念の何たるかを描くものではないかと書きましたが、その予感は間違っていなかったと感じます。
 本作は見事に武侠ものの味わいを再現した文章のみならず、マニアであってもなかなか説明しにくい、「武侠」の精神を浮き彫りにしてみせた――武侠ものに初めて触れる者(そしてそれは丹翡と捲殘雲の視点に重なることは言うまでもありません)にとって、その何たるかを示した、一種の入門書とすら言えるのではないでしょうか。

 さて、本作を楽しめるのは、そんな武侠ものに、そして『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の世界に初めて触れる読者だけではもちろんありません。特に終盤の展開は、既に作品をよく知るファンにとっても新鮮に楽しめるものとなっています。
 その中でも、実は作中でその人物像があまり掘り下げられなかった、ある登場人物の過去について語られる意外な真実は、その描かれるシチュエーションも含め必見です。

 そして原作とは全く異なる展開を辿るラストバトルも――原作の野放図で豪快極まりない結末も素晴らしいのですが、本作のそれは、あくまでも剣を振るう者は人間であることを示すものとして、納得のいくものといえるでしょう。(少々描写がわかりにくいきらいはありますが)

 武侠ものの何たるかを、作品を通じて無言のうちに示すとともに、原作の物語世界そのものを大きく掘り下げてみせる――ノベライズという媒体の中でも最良のものの一つである、というのは褒め過ぎかもしれませんが、偽らざる心境でもあります。

上巻の紹介はこちら


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