イエス「The Ice Bridge」はELPのどの曲に似ているのか問題
イエスの最新作『THE QUEST』からの先行配信曲「The Ice Bridge」を最初に聞いた時、私の抱いた感想は「イントロ(具体的には最初の二音)がエマーソン・レイク・アンド・パウエルの『Touch And Go』にそっくりだな」であった。同じように感じた人が多かったのだろう、公開されてすぐにTwitterやインターネット上で「ELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)っぽい」という感想が多く見られるようになった。
この時点で少々不穏な空気を感じつつも、ここまではまだ許容範囲内だった。
問題は、同曲の公開から数日してネット上の「ELPっぽい」という感想が徐々に「ELPの『庶民のファンファーレ』っぽい」に置き換わっていったことにある。
いや、そっちじゃねぇだろうと。
聞き比べてみてほしい。↓
イエス「The Ice Bridge」
エマーソン・レイク・アンド・パウエル「Touch And Go」
エマーソン・レイク・アンド・パーマー「庶民のファンファーレ」
ね? どう考えても 「庶民のファンファーレ」よりも「Touch And Go」に似てるじゃないですか。
「庶民のファンファーレ」における当該箇所というのは、おそらく1:30をはじめ何度も登場するメインリフのことを言っているのだと思うが、それよりも「Touch And Go」のイントロの方が、
・音色
・メロディ
・リズム
・コードではなく単音である
・シンセ以外が無音
と、あらゆる点で「The Ice Bridge」のイントロに近いのである。
実際、ネット上には少数ながら「『Touch And Go』に似ている」という声もあるにはあった。しかし、結局は先述の通り「『庶民のファンファーレ』に似ている」という意見が大半を占めたまま、現在に至るのである。
どうしてこういうことが起きるのか?
理由は単純で、「『Touch And Go』はエマーソン・レイク・アンド・パーマーの曲ではなく、ドラムがカール・パーマーからコージー・パウエルに交代した別名義バンド、エマーソン・レイク・アンド・パウエルの曲だから」である。これが何を意味するか。
これは推測だが、結果的に「『庶民のファンファーレ』に似ている」という感想を持った人々の脳内にも、もともとは「Touch And Go」が正解としてぼんやりとは浮かんでいたはずなのだ。だって似てるからね。しかし、そこから彼らの思考は、以下のような順序で展開されていったと考えられる。
1 「The Ice Bridge」のイントロが何かの曲に似ている
↓
2 確かELPか何かの曲だった気がする
↓
3 ELPのディスコグラフィを見返す(あるいは脳内で思い返す)が、思ったよりドンピシャな曲は見つからない
↓
4 ドンピシャではないながらも、一番近かったので(あるいはそういう意見を目にしたので)「庶民のファンファーレ」に似ている、と結論づける
ELPの曲じゃないのだから、いくら探しても「Touch And Go」にたどり着かないのは当然である。似ている曲を探す過程で、対象とすべき曲を「ELPとその周辺の曲」ではなく「ELPの曲」に限定してしまっている点と、ドンピシャな曲が見つからなかったにもかかわらず、そこから今度は範囲を広げて曲を探すということをせず、とりあえず手近な所で結論を得ようとしてしまった点の二つが、彼らを「庶民のファンファーレ」という結論に導いたと言える。
ただまあ、勘違いや思い込みは誰にでもある。この集団的な誤認は、「The Ice Bridge」のイントロが、そこまで詳しくなくても何となく知ってる人なら反射的に「なんか聞いたことある」と思ってしまうほど「Touch And Go」に似ていたこと、その「Touch And Go」がELPというメジャーどころではなく、その派生バンドの曲だったことなど、様々な複合的要因によって引き起こされたと言っていいだろう。
ここまでは事実関係の整理であって、ここから先が私がこの記事を書く理由であり、言いたいことである。
先ほども書いたように、「The Ice Bridge」のイントロを聞いて「庶民のファンファーレ」に似ているという誤った判断(あえてそう断言させていただきます)をしてしまうこと自体は別に悪いことでも何でもない。勘違いや思い込みは人間誰しもするものである。当たり前だが私も例外ではない。
それよりも危機感を覚えるのは、そうした誤った判断を自身の脳内で下すだけならともかく、それを実際に言語化してインターネットに投稿してしまうことである。
私はイエスも好きだしELPも好きだ。そしてELPの関連バンドであるエマーソン・レイク・アンド・パウエルもちゃんと聞いている。だから「The Ice Bridge」を聞いて、「『庶民のファンファーレ』みたいだな」ではなく「『Touch And Go』みたいだな」という感想を持ったのである。勘違いして欲しくないのだが、「ちゃんと聞いていない」ことも悪いとは言っていない。だが、ちゃんと聞いていれば「『Touch And Go』みたいだな」と思えたはずである。逆に言えば、「The Ice Bridge」を聞いて、「『庶民のファンファーレ』みたいだな」という感想を持ったということは「エマーソン・レイク・アンド・パーマー(少なくともエマーソン・レイク・アンド・パウエル)をちゃんと聞いていない」ということになる。それは別にいいんだけど、それをわざわざ全世界に公言しちゃって、あなたは良いんですか? と心配になるのである。
「『The Ice Bridge』のイントロがELPっぽい問題」は、同曲の公開直後からしばらくの間、プログレ界隈という狭いコミュニティの一大トピックだった(そうか?)。そのビッグウェーブに乗らんとして(もっとハッキリ言えば、取り残されまいとして)、よく聞いてもいない癖に、何となくのイメージだけで投稿したであろう「イエスの新曲、庶民のファンファーレみたいだなw」などという文面を見る度に、当時の私は何かこう釈然としない、嫌な気分にさせられた。というかこのビッグウェーブ自体が、元々は小さな話題だったのを、それに乗らんとする人々がどんどん大きくしていっただけの虚構だったのかも知れない。
(なお、いないとは思いますが「『Touch And Go』を聞いたことがなく、『The Ice Bridge』を聞いて直接的に『庶民のファンファーレ』に似ていると感じ、その旨を投稿した人」はこの記事には関係がないので気にしないでください)
ちなみに同曲の公開後、今度は似ているどころではない別の問題が持ち上がったことで、この話題は数日で勢いを失くしてしまった。ここをはじめ、調べれば色々出てくるので詳しくは書かないが、ジェフ・ダウンズには悪気はなかった、ということだけは本人の名誉のために書いておきます。
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