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【ショートショート】ロボット社会

「ご夕食の準備ができました」

「あぁ・・・・・・」

男は無愛想な返事をしながら、無表情のまま自室からダイニングへと移動した。

テーブルの上には具だくさんの味噌汁に焼き魚、キュウリとわかめの酢の物、炊き込みご飯が整然と並べられている。

表情一つ変えずに席に着いた男は、静かに手だけを合わせた後、そそくさと食事を始めた。

「本日は和食を準備致しました。ここのところ、脂っこいお食事が続いておりましたので、時には胃に優しいお食事をお召し上がりください」

「あぁ・・・・・・」

男は再び無愛想な返事をした。


一人につき一台の専属ロボットがつくようになって、半世紀が過ぎた。

人々の生活は全てロボットがサポートし、家事という言葉は死語になって久しい。

最初こそ人間がロボットを管理していたが、徐々に管理するためのロボットも開発され、今では人間が働かずとも世の中が回っていくシステムが構築されている。もはや仕事という概念さえなくなったといっても過言ではない。

時代にあらがうように自力で生活を続ける者も少なからずいたが、その人たちのことを多くの人は変わり者だとあざ笑った。


ぼんやりとした表情で食事を続ける男に、ロボットは世の中の情勢や男の生活習慣の乱れを忠告したりする。

「先日、最新AIの開発に成功し、試験運用が始まりました。今回の開発は管理側ロボットに対するもので、日常生活への影響はほぼないと想定しております。ご心配なさらぬよう・・・・。それにしましても、最近のあなた様の生活といいましたら、少々見直しが必要とお見受け致します。二十八歳にしてはお腹も出てきていますし、今後のことも考えて明日からは朝のウォーキングの時間を十五分ばかり長く致しましょう」


ロボットの話に、男は返事ともいえない返しをしながら、聞き流すように味噌汁を流し込んだ。

腹が満たされた男は自室へ戻る。ダイニングに長居したところで、ロボットからあれやこれやと話しかけられ落ち着かないのだ。

男はベッドに横になり、天井を見上げる。すると、部屋はだんだんと暗くなっていき、それと同時に天井は星空へと姿を変えた。これは最近流行っている自宅型プラネタリウムである。もはや本物の星空よりも美しく見え、時折流れ星を拝むこともできる。

天体観測をしているうちに、いつの間にか眠ってしまう・・・・・・それが男の日常となっている。この日も同様であった。


チュンチュンチュン・・・・・・。

小鳥の鳴き声と共に男は目覚めた。起きる時間になるとベッドから流れてくる目覚まし音だ。

男が目をパチパチさせていると、小鳥の鳴き声は徐々に消えていき、ベッドの背もたれが自動で上がってくる。ベッドの動きに身を預けている間に、男はいつの間にか座った姿勢になった。その直後、ノック音が聞こえ、扉の外からロボットの声がした。

「おはようございます。お目覚めでしょうか」

「あぁ・・・・・・起きているよ」

男がボソボソと返事をすると、扉がガチャッと開き、ロボットが部屋に入ってくる。

「それでは、本日の健康チェックを致します」

そう言ったロボットは男の前へと移動した。男はまるで操り人形のようにスッと立ち上がり、マネキンのごとく微動だにせず、その場に立ち続ける。すると、ロボットは男のつま先から頭の先までレーザーを当て、くまなく検査をした。

「本日も異常なしでございます」

こんな風に人々は毎朝ロボットからの健康チェックを受け、病気は超早期に発見でき、大抵の病気は治せるようになった。その甲斐あって人間の平均寿命は、今や百二十歳にまで延びている。

「それでは、朝のウォーキングと致しましょう。昨晩ご提案した通り、本日より十五分ほど長いお時間で設定させていただきます。ご気分など優れない場合は、お申し付けくださいませ」

「あぁ・・・・・・」

ロボットからの提案に男は反論一つせずにすんなり応じる。同時にロボットは男に背を向け、背中からトレーニングウェアを出した。男がそれを受け取ると、ロボットはサッと部屋を後にした。

男はそそくさと受け取ったスポーツウェアに着替え、枕元に置いてあるゴーグルを装着した。すると男の目に映る景色は、木漏れ日あふれる清涼な森の中になる。もちろん本当に森の中にいるわけではない。しかし、眺めのみならず空気感も森の中を再現できるほどのテクノロジーは進化を果たし、わざわざ森へ行く必要もなくなった。なんとも便利な時代になったのだ。

柔らかな日差しに、おいしい空気。十五分延びたウォーキングも、さほど苦痛に感じることはなかった。

「お疲れ様でした。終了のお時間です。深呼吸をし、ゴーグルを外してください」

耳元でアナウンスが流れ、男はゆっくりとゴーグルを外す。額にかいた汗を手で拭いながらダイニングへ移動すると、いつもの通り、できたての朝食が準備されていた。男は用意された朝食に手をつける。

何不自由なく過ごす日々が日常であり、当たり前の景色となっている。この日もいつものように穏やかな一日が過ぎていき、気づけば夕方を迎えていた。

夕飯を食べ自室に戻り、星空を見上げる。そして、いつの間にか眠りについていた。


パチパチパチ・・・・・・。

男は目を覚ました。しかし、小鳥のさえずりは聞こえない。まばたきをしていてもベッドの背もたれも上がってこない。その上、いつもならノック音が聞こえ、ロボットが話しかけてくるのに、この日は違った。

無音の時間だけが男を包み、得体の知れない不安に襲われる。確認しようと一度立ち上がってみたものの、どうしたらよいのか分からず、再びベッドの上に座った。しかし、待っていてもロボットは入ってこない。

「どうなっているんだ・・・・・・」

男はポツリとつぶやき立ち上がった。そして、自室からダイニングに移動する。

廊下の電気は全て消え、辺りはシーンと静まりかえっていた。テーブルの上にも何も置かれておらず、いつもと違う状況であることは一目瞭然であった。

鼓動が体を駆け巡る。その勢いに任せ、玄関の扉から顔を出してみた。すると一直線に続く廊下には、困った様子でキョロキョロと辺りを見渡している人が何人もいた。

どうやら異変が起きているのは自分だけではないようだと悟った男は、誰かに背中を押されるように扉の外へと出た。

時を同じくして、隣の扉もゆっくりと開き、中から中年の男が不安げな表情で出てきた。男と中年男は目が合い、互いに会釈をし合う。

「・・・・・・僕は隣に住む九二〇五号の者なのですが・・・・・・もしかして、そちらもロボットがいなくなりましたか・・・・・・?」

男はしどろもどろな口調で中年男に問いかけた。

「あぁ・・・・・・そうなんです・・・・・・。一体どうなってしまったのでしょうね・・・・・・」

中年男も弱々しく答え、会話はそれ以上続かなかった。

世の中の情勢なども全てはロボットから聞かされる生活が定着し、ロボットなしでは情報すら手に入らない。会話を続けたところで、何も分かることはないのだ。

中年男はしばらく呆然と扉の前に立っていたが、やがて力なく再び扉を開け、部屋に戻っていった。

男はそれを見送ったのと同時に、外へ出る決意をした。エレベーターに乗り、一階のボタンを押す。頭上のスクリーンに表示される数字が徐々に小さくなっていき、耳の奥に圧がかかる感覚がしばらく続く。まだかまだかと念じるように数字を見守り、やがて「チン!」という音と共にエレベーターの扉が開いた。

外に出るのはいつぶりだろう・・・・・・。


日差しが眩しく、男は思わず手で目を覆った。慣らすように少しずつ指のすき間を開いていくと、外にも大勢の人が出てきているのが見て取れた。

男は当てもなく外をさまよった。誰かに声をかけてみようと思いつつ、まごついている間に無情にも時間だけが過ぎていく。

空がオレンジ色に染まり始めた頃、男はある人だかりを見つけた。わらにもすがる思いで、人の波に揉まれながら中心へと向かう。すると、一人の青年が号外と書かれた紙を配っていた。

男はその一枚をなんとか受け取り、命からがら人だかりから抜け出した。くしゃくしゃになってしまったそれを手で伸ばしながら読んでみる。

そこには、現在起きている騒動についての事の詳細が書かれていた。どうやら最近始まった最新AIの試験運用が事の発端だったようだ。進化し過ぎた頭脳によって、管理側ロボットたちが暴走し始めたらしい。人間の世話なんかはやめてロボット王国を作ろうと、全ロボットが招集され、すでに宇宙に旅立ってしまったと書いてある。

「あの青年は一体何者なんだ・・・・・・」

ポツリとこぼれ落ちた男の疑問に、近くにいた白髪交じりのおじさんが答えた。

「あの人はロボットに頼らず自力で生活してきた変わり者だそうだ・・・・・・。自ら情報を集めていて、少し前からこの異変に気づいていたらしい・・・・・・」

男はおじさんの話にうなずきながらも、自分の震える手を止めるので必死であった。

気づけば辺りは暗くなり、男はひとまず自宅へ戻ることにした。真っ暗な道を進み、自宅の扉を開ける。シーンと静まりかえった部屋は、まるで別の場所になってしまったかのようだった。

風呂にも入らず力なくベッドに横になり、天井を見上げる。しかし、もうそこに星空は現れない。

これからどうなっていくのだろう・・・・・・と漠然とした不安に包まれながら、男は気絶するかのように眠りについた。


パチパチパチ・・・・・・。

男は空腹と共に目覚めた。部屋を見渡すも、昨日と状況は変わらない様子だった。これは現実なのだと改めて認識する。

グゥと鳴るお腹をさすりながら、とぼとぼとキッチンへと向かった。冷蔵庫の中には所狭しと食材が並んでいる。しかし、男はどう調理してよいのかも分からず、目の前の食材たちを指をくわえて眺めるだけだった。

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